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誰ガ為ノ御伽噺(おとぎばなし)  作者: 桜井 美花
第一章 〜再誕〜
5/8

・第5話・「宵闇の出会い」

 

 ガサ、ガサ、ガサ


「…………」


 ガサ、ガサ、ガサ


「………………」


 ガサ、ガサ、ガサ


「…………ッッ!?」


 バッと、反射的に叫びそうになった己の口を両手で塞ぎ、エルシャは近くの木の幹の陰へ倒れるように座り込んだ。


(…………何あれ何あれ何あれ!?)


 震える両手をゆっくり下ろし、その内の片手でうるさく脈打つ心臓を押さえつつ、そっと覗き見る。


 視線の先には、()()()()()()()()()()()()()、エルシャと同い年くらいの少女が背を向けて立っていた。


(半透明……? え、人間……じゃ、ないよね? いや、でも見た目は人間…………え、どっち……?)


 形は人間だ。

 しかし明らかにおかしい───その異質さは、種類は違えどアゼルに通じるところがあるかもしれない───。


 生命と呼べるのか、呼んでいいのか。それさえ不確かなモノ。


 危険を感じはしない。だが、本能的な恐怖が呼び起こされるような。


 アレはなんだ。


 心音がどんどん早く、大きくなっているように感じる。あんまりうるさ過ぎて、向こうに聞こえてしまうのではないかとエルシャの不安はどんどん大きくなり、嫌な汗が背中をつたっていくのがわかった。

 それでも目を離すことも動くこともできず。

 ただ茫然と、生きているのかさえ怪しいソレを見つめ続ける。


 エルシャの心中をよそに、少女の形をしたソレはその場でしばらくユラユラと揺れた後、ゆっくりと滑るようにどこかへ移動していった。


「…………ッハァ! ハッ!ふぅ…はぁ……!」


 姿が木の影に隠れて見えなくなってからも、知らず息を止めていたらしい。


 慌てて意識的に呼吸を再開する。

 何度も繰り返し、ようやく少し落ち着いた頃、エルシャはまた少女が向かっていった方角へ視線を向けた。


「……………………」


 追いかけるべきでは、ない。

 せめてメリアの元に戻って、一声かけるか、付いてきてくれるように頼んでから行くべきだ。

 頭の中では、そう思っていた。そちらのほうが正しいだろうと、理解していた。

 しかし間を置いて、エルシャはゆっくりと足を踏み出した。


 何故かはわからない。

 説明できる理由など浮かばない。

 最早直感と呼ぶしかない。


 それでも、『()、行かなければ』という思いに駆られたが故に、エルシャは緊張しつつも一歩ずつ、森の奥へ進んでいったのだった。



 *****



 ガササッ


「…………あれ?」


 暫く歩いて行った先。

 視界を遮っていた草を掻き分けると、件の少女の姿が見えなくなっていた。


「え、なんで? どこ行ったの?」


 見失わないようにとそれなりの距離を保っていたので、草に視界を取られていたのはほんの数秒だった。そんな一瞬で消えるはずがない。


 一体どこへ、と慌てて少女が最後に立っていたのを見た場所まで進み、辺りを見回す。


「───……ん? ヒッ! ……痛ッ!!」


 思わず飛び退ってバランスを崩し、尻もちをついた。木の根っこにお尻を強かに打ち付け、痛みに涙目になりつつ慌てて原因となったそれを見遣る。


 先程は死角になっていた、側の木の影。

 そこには片腕がちぎれかけている薄汚れた少年が、力無くもたれかかっていた。


 普通ならこの傷だ。その周りに夥しい量の血があって当然だろう。

 しかしその傷口からは、()()()()()()()()()()()()()

 エルシャは大いに混乱した。恐怖もあった。

 だが血がなかったせいか、完全に恐怖に呑まれることはなかった。そしてそれにより、何かおかしい、とひどく冷静な思考の一部が少年の姿をした《何か》を観察しろと囁いた。


「…………」


 尻もちをついた状態から四つん這いになり、無言でずりずりと少年の側に這い寄る。

 ちょうど月明かりが陰り、周りが暗くなる。


「……あれ?」


 先程は月明かりで見えなくなっていたようだ。腕の断面にあたる部分が僅かに発光していることに気が付いた。

 弱々しい水色の光は、暗がりの中ではよく見える。腕の隙間を忙しなく行ったり来たりしているようだ。その様子を見ながらエルシャは考え、ふと思いつく。もしかすると────


「……腕、繋げようとしてる?」


 顔を近付け、光に向かって声をかけてみる。

 すると光は一瞬動きを止めた。エルシャの存在に今気付いた、と言わんばかりの数秒の硬直の後、隙間から勢いよく飛び出してエルシャの眼前で上下に激しく動いた。

 どうやら言葉は通じていて、エルシャの勘も当たったようだ。


「わかった。手伝うね」


 光は腕の境目を繋げる力はあるようだが、持ち上げる力はないようだ。ちぎれかけている、と見えた腕は、残された繋がっている部分がちぎれていく度に光が必死に繋げ直そうと奮闘した結果、維持されていた状態らしい。

 エルシャが腕を持ち上げて隙間を埋めると、光は勢いよく腕の周りを回転し始めた。

 十数分後、光が動きを止める。

 エルシャもそれを確認して、ゆっくりと手を離した。

 傷口部分のギザギザの後は残っていたが、腕は引っ張っても取れない。しっかりとくっついていた。どうやら光の試みは成功したようだ。


「君すごいね」

 チカッチカッ


 エルシャの感嘆に気をよくしたのだろうか。

 光は明滅しながらエルシャの周りをくるくると数周した。その後また少年のほうに戻っていく。そして何故か、近付いたり遠ざかったり上下したり。不思議な動きを繰り返した。

 その様子に、何をしているのかと首を傾げながら見守る。

 しばらく動き回っていた光は、その内少しずつ動きが鈍くなり、やがて少年の顔の近くで止まった。どうしたのかとまたエルシャは声をかけようとしたが、その前に光が再び動いた。

 するりと少年の胸元の辺りへと入っていったのだ。

 それに驚く間もなく少年の体が淡く光り始め、エルシャは思わず声をあげる。


「……え!? 何!?」


 慌てて距離を取り、少年の変化を見守る。

 先程の光と同じ水色の輝きが、少しずつ収まっていく。その中で、少年の髪がくすんだ茶髪から水色へと変化していくのが見えた。

 やがて完全に光が収まる。


『…………』


 ゆっくりと、少年の瞼が開いていく。その瞳もまた、鮮やかな水色をしていた。

 静かに、呆然とするエルシャのほうへ顔を向ける。


『…………君』

「ひゃいっ!!」


 ()()()()()()()()()()。しかしその《声》は少年から発されたものだと、エルシャは不思議と理解した。


『……手伝ってくれて、ありがとう』

「ど……う、いたしまし、て?」


 腕の接合を手伝ったことへの礼かと考えた。しかし少年は意識を失っていたはず。何故状況を把握しているのかとエルシャは不思議に思う。

 しかしそんな疑問を口にする前に、勢いよく立ち上がった少年がエルシャを背に庇って立った。

 何事かとエルシャも少年の目線の先を見ると────


「……ッ!!」

『…………』

 グルルルゥ……


 そこにいたのは、紫色の霧を纏った大きな獣。

 死に瀕した生物の体内に残った魔力が濁ることによって起こる、魔物化。それによって保有する能力の向上と、周囲への例外のない凶暴性を発現させた存在。

 眼前の二人を蹂躙しようと唸る、普通の命の終わりを迎えられなかった、悲しい魔獣の姿だった。


 刺激しないようにと悲鳴を飲み込み、必死に気持ちを落ち着かせながらエルシャはどうにか打開策を、と頭を回転させようとする。しかしどうしても気持ちは逸り、妙案も浮かばない。


 戦うには武器がない。

 逃げるには、距離が近過ぎる。


(どうするどうするどうする!?)

『……お嬢さん、聞こえますか?』


 半ばパニックになっていたエルシャの耳に、落ち着いた少年の声が届く。

 勢いよく少年のほうへ顔を向けそうになったが、魔獣を刺激するかもしれないという一部冷静な思考がギリギリで動きを止めた。ぎこちなく、視線だけを少年へ向ける。すると少年と目があった。


『静かに。───アレに気付かれないように、目だけで右側を見て。地面から少し出っ張っている場所、そこに穴があるのがわかりますか?』


 言われてゆっくりと視線を向けた。

 確かに草むらに隠れているが、それらしい場所が見える。


『恐らく洞窟のようなものでしょう。中に空間があるはずです。……三つ、数えます。ゼロ、であの中へ走ってください。入口部分が小さいので、アレは通れないでしょう。流石に穴がどこまで広がっているかは賭けですが、このまま立っているよりはマシなはずです。……いいですね?』

「……!」


 ゆっくりと、魔獣を刺激しないように小さく頷く。

 それを確認したらしい少年は。


『…………三、二、一、ゼロッ!』

「……ッ!!」

 ガアアアアアア!!!!!


 三者の動きは、ほぼ同時だった。

 少年が合図と共に魔獣の目を狙って石を投げ、ほんの一瞬意識を逸らしたことが功を奏したのだろう。


 エルシャと少年は魔獣に追いつかれることなく洞窟内へ飛び込んだ。すかさず少年が先程のような小さな光を手元に出し、前方を照らす。


『走って!!』

「うん!」

 ドガンッ!!


 そのまま走り出した二人の背後で、轟音が響く。

 チラリと視線を向けると、魔獣が入口へ体当たりして壁を破壊してしまったようだ。それによって余計に通れる部分が狭まっていったのが、外から漏れる月明かりの小ささで僅かに確認できた。


 ガアアアアアアッ!!!!!!

「……〜〜〜ッ」


 魔獣の怒りの咆哮を背に、二人は少しでも長く距離を取るために全速力で走り続けた。




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