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誰ガ為ノ御伽噺(おとぎばなし)  作者: 桜井 美花
第一章 〜再誕〜
2/8

・第2話・「過去と決意」

 



 朝。日の出と共に目覚め、母の手伝いをして朝食を作って摂る。

 昼。庭で体を動かしたり、草詰みや地面に石で絵を描いたりして遊ぶ。母の手伝いで畑の世話をする。

 夜。夕食を摂り、母の子守唄や童話の朗読を聴きながら眠る。


 記憶がある限り、毎日こうして過ごしてきた。

 ほとんど代わり映えのない、穏やかな日々。


 これが当たり前でないと疑う余地さえなく、平和で穏やかであるが故になんの不満も不安もなく、ただ同じように繰り返していた。

 繰り返すことが当然だと思っていた。

 今日、この日までは。


「………………」


 私の両親は、私が赤子の頃に亡くなったらしい。

 その時()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 実母だと思っていた人から告げられた事実を反芻しつつ、服の上から元は傷口だったという、現在は痣のようになっている箇所に触れる。

 この傷が、当時の私の致命傷となった傷だったらしい。


 以前は見る度にただの歪な痣だと思っていたが、死んだ証であり、生き返った証だと思うと少し見方が変わる。

 話によると、母は最期まで自分を守り、父は果敢に戦って村を守ろうとしたらしい。

 それを強い人達だな、と思うと同時に、そのために死んでしまい、顔も思い出せないほど記憶が遠くなった両親のことを考えると、何とも言えない感情も生まれる。

 まったく覚えていない事もあって、寂しいとか、悲しいとかの感情は、ほぼない。

 しかしそれを自覚して尚、ずっしりと心にのしかかる形容し難い〝何か〟があった。


「……本当はね、お前がもう少し大きくなってから言おうと思ってはいたんだよ。こんな話、大人に言うのも酷なものだからね。……でも、お前は私を母だと疑っていないだろう? もちろん、これからもアタシがお前の母として、お前を守ることに変わりは無い。ただ、お前を守ろうとしていた彼らが、いつまでもお前に忘れられたままというのも、彼らにとってもお前にとっても酷だと思ったのさ」


 気遣うように、労わるように。

 養母は優しい眼差しのまま、私の様子を窺う。

 その姿は話を始める前となんら変わらず、いつも通りの、厳しくも優しい《私の母としての顔》のままだった。

 その瞳に微かに見えるのは、やはり話すのが早計だったかもしれないという不安だろうか?


「…………ごめん。よく、わからない」

「……そうかい。……いや、それでいいんだよ。今のお前にとっちゃ、それこそ寝物語みたいな話だろうからね」

「……違うの。ほんとのことなんだろうな、っていうのは、かか様の顔を見てれば、わかる。ただ、ほんとなんだとしても、()()どんな顔すればいいのかが、わかんない」

「…………」


 母に抱きしめられる。

 抱き返しつつ、顔も知らない両親へ思いを馳せる。


 感謝の気持ちは、ある。

 結果として()()()()()()()()()()()()()、両親が私を生かそうとしていた事は、感じ取れたから。

 それはきっと、今私が目の前の母から感じているように、親としての愛情からの行動だったのだろう。


 ただ、それならば。


「……その時の私が、ちゃんと覚えておけるくらい、大きかったらよかったのにね」


 無言で、母の抱きしめる力が強くなる。


 ああ、そうだ。

 仕方ない事だったのだろうとは、わかっている。

 せっかく育った苗が豪雨で流される、獣に踏み荒らされる、なんていう理不尽な現実を、この短い人生の中でさえ、実際に見て知っている。それで悲しんだり怒った事もある。

 それと変わらない。

 これは私にも、両親にも、他の誰にもどうする事もできなかったものなのだろう。襲われるタイミングなんて、選べるようなものではない。


 ただ、それでも。


「……全部聞いても、わかんないや。それって、なんかやだね」


 そうだ。

 これだけ理解して尚、実感が薄い。

 それが嫌なのだ。なんとも言えない不快感のような、居心地の悪さがあるのが、嫌なのだ。

 せめて、思い出せる何かが欲しかった。

 どうしようもない事だとはわかる。私は赤ん坊だった。それが現実だ。それでも───


 義母娘は無言で抱き合い続ける。

 沈黙が破られたのは、しばらく経ってからだった。


「……かか様」

「なんだい?」

「……私ね、長生きしたいな」

「…………ああ、それはとてもいいね。アンタは好き嫌いもないからね。きっと長生きできるさ」


 素直な思いを一つ、言葉にする。

 それに母は、柔らかく温かな声音で同意した。


「それから……───」

「……ん?なんだい?」

「───ううん。なんでも、ない」


 もう一つ。

 言葉にしたかった。けれど形にはならなかった。エルシャ自身でさえ、何を口にしようとしていたかわからないまま、ソレを飲み込んだ。


 コレが、この日が。

 エルシャの人生の中での、一つ目の転機だった。



 *****



 8年前の引き取った当時はまだ1歳になったばかりだったエルシャは、今年9歳になった。やたらと物覚えがよく、教えたことをすぐに吸収していく子どもだった。

 赤子の頃もあまり泣かない手がかからない状態だったため、子育てに身構えていたメリアが拍子抜けしたほどだった。

 好奇心旺盛で、その分いろんな知識を吸収していく。料理を手伝ってみたいと言って鍋をひっくり返しそうになるなど、多少お転婆なところもあって肝を冷やす時もあったが、()()()()()()大事にはいたらなかったし、それはそれで子どもらしい子どもの姿だと安心した。


 大人という訳ではないが、全く無知な子どもという訳でもない。メリアが所蔵している本を読み聞かせたり、寝物語を語って聞かせたりする中で、死とはどういうものかを何となく理解できている様子も見られた。


 そんなエルシャの姿を見てきて、そろそろ実の両親のことや自分が何故育て親になったのかを伝えてもいいのではないか、と思ったメリアだったのだが……。


「……私ね、長生きしたいな」

「…………ああ、それはとてもいいね。アンタは好き嫌いもないからね。きっと長生きできるさ」


 養い子の言葉を聞きながら、メリアは自分の選択が正しかったのかと思案する。


 もう8年。まだ8年。

 思い返せば飛ぶように過ぎ去っていった時間だったが、それでも決して短くは無い時間を、メリアは母として過ごしてきた。────過ごして、しまった。


 親子というものにいい思い出がなかったメリアにとって、それはとても甘美なものだった。最早エルシャを手放すなど考えられないほどに。

 故に尚のこと、何も知らないエルシャが己を実母と認識している事に対する罪悪感のような思いと、エルシャの両親への敬意に似た感情が、いつも渦巻いていた。


 いや、しかし。こんな小さい子に知らせるのは酷だろう。

 もう少し大きくなってから。

 もう少し。もう少し。


 そうやって、今までは何かと理由をつけて先送りにしてきた。しかし今回、もういい加減()()()()にも着手していきたいと思ったメリアは、そのために決断した。


 エルシャの髪を撫でる。

 それはあの時と同じく、薄い灰色のままだった。


 人間は茶髪が基本だが、金や銀の髪を持つ者も多くいる。個々によって濃い、薄いの違いもある。しかしそれでも、「金色」「銀色」と呼ばれる範疇に入る濃淡で収まる者しか見たことも聞いたこともない。


 しかし、エルシャの髪色は明らかにそれらとは別の色だと見てわかるものであった。銀色と呼ぶにも、金色と呼ぶにも、あまりにも白に寄り過ぎている。こんな色、メリアのそれなりに長い生の中でも類するものを見たことがない。


 しかし、薄らとはいえ灰色がかっている、というだけでも希望があるので、まだましかとは思う。


 そうだ。変化したのが完全な〝白〟ではなかっただけ、唯一の不幸中の幸いだろう。


 〝白〟

 それは創世神話において、神とそれに仕える神獣達だけが持っていたとされる色。

 どの国も大体の王侯貴族達は皆、神に近い色の血を継ぐべく婚姻を重ねているが、それでもまったくの白になる事はなく、現在はそれに近い薄い金髪や銀髪であることが婚姻条件になるなど、一種のステータスとさえされている。


 幸いにも〝白〟に近いというだけだ。

 生き返った際に変化した色である、という点さえバレなければ、珍しい薄い銀髪と言い張れないこともない、はずだ。


 今まではひょっとしたら時間をおけば元の色に戻るかもしれない、という淡い期待と、そもそもの原因である《一度死んで生き返った人間》であるという事実をいつ、どうやって伝えるか悩んでいたために対応を先送りにしていた。


 しかしそうこうしている内に、あれから8年も経過してしまった。()()()()()()()()()()()()()()()


 最早期待は捨て、今のままのエルシャが外に出ても不自由しないように、親として子の世界を広げてあげられるように、対応策を考えるべきだと今回の決断に至ったのだった。

 そもそも、いつまでも森の中という閉鎖的な環境にエルシャを閉じ込めておくこと自体、メリアの本意ではない。外の世界を知った上でエルシャが望んでここで過ごしていくのであればいいが、現状は選択肢が与えられてさえいない。言い方は悪いが軟禁と大差ない。何とかしなければ、と考えていた。母性が芽生えてからは尚のこと。

 しかも()()()()()()()()()()のだ。

 それらに着手するためにも、必要なことだとメリアは自分に言い聞かせた。


(……まあそれでも、やっぱり早まったんじゃないかって気はするがね……)


 取り敢えずエルシャが落ち着くまでじっとして、〝白〟云々の話は明日以降にしようと独りごちつつ、メリアはゆっくりと頭を撫で続けた。





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