第四話 某神社「クレーム対応に入りますね」
タカヒト・コガ。漢字だと、貴仁 古賀。という表記。
フランスからアメリカに繋がるゲートを使って知人の武器屋に行くまでは長距離バスに乗り、タクシーに乗り継いでようやく到着したタカヒトは【呪い】+αで渋面を作っていた。
それはここに来るまでの出費だ。この一ヶ月で日本のサラリーマンの給料5年分のお金を消費している。冒険者は命を懸けているだけあって収入はかなりある。しかし、出費もその分嵩むので仕方がない。というか、シンデレラ・カウとホーリーボトルで結構散財している。必要経費だと割り切って入るが、ここで武器の修理は痛手になる。
その上、知人へのお土産で赤ちゃん用のシンデレラ・カウの粉ミルクを手土産に購入してしまった。いや、購入の時は少しお高い粉ミルクの予定だったのに、この時に限ってシンデレラ・カウの粉ミルクが特別入荷していた。【呪い】のあんぽんたんが発動してシンデレラ・カウの粉ミルクを買うことになった。しかもゲートを管理している人達に麻薬と勘違いされた。いや、どうして「お前らの年収と同額の粉だ」とか言うんだよ。麻薬と勘違いされてもおかしくないし、ゲート職員にも喧嘩を売るなよ。それ以降でも誰かと話す度に喧嘩を売っているとしか思えない言動を起こすし、本当にこの【呪い】どうにかしたい。どうにかここまで辿り着いたが、ここからが本番。というか人とコミュニケーションを取る時ほど【呪い】は顕著に表れる。どうか失礼なことはするなよ。
海に面したアメリカのとある州。その海岸線にある武器屋。銃以外にもダガーやアーミーナイフと言った軍隊でも使われている武器を取り揃えている『ガンショップ・ツルギ』の扉を潜るとそこにはこの店の主がいた。
歴戦の軍人。それも素手で人を殺していそうなガラの悪い六十代の男が煙草を吹かせながら新聞を読んでいた。この雰囲気から下手な事をすれば背後の棚に置いてあるショットガンをぶっ放されそうだ。無礼は働かないほうが吉だ。
「相も変わらず、不機嫌な店だな」
無礼は働くなって自分に言い聞かせたのにっ。
タカヒトは礼儀正しく。お久しぶりです。メンテをお願いしたいのですが。と言いたかったのに【呪い】で相手を侮辱する言葉になってしまった。それを聞いた店主はノールックでショットガンを手に取り、銃口をこちらに向けた。と、同時にタカヒトも跳び出し引き金がひかれるよりも早くショットガンの銃身を予備のナイフで上にかちあげる。と、同時にショットガンが発砲され、天井に無数の弾痕が刻まれた。
「久しぶりだな。カナタ。腕は落ちていないようだ」
お久しぶりです。カナタさん。少しでも舐めた態度をしただけでショットガンをぶっ放すのは相変わらずっすね。これでこの人が現役だったらハチの巣だったんですけど…。
「…ヒートか。相変わらず無愛想な顔をしているなお前も」
防弾ガラスの中にあるとはいえ、多数の銃と弾丸という火薬がある場所でショットガンをぶっ放すなんて、このダンジョン時代でもアンタぐらいだよ。てか、実弾かよっ。冒険者じゃなかったらただじゃすまなかったぞ。冒険者でもただでは済まないが。
「ナイフのメンテナンスを頼む。土産もある」
そう言って、タカヒトはフランスで購入したシンデレラ・カウの粉ミルクと真空パックに詰めたバトルチキンをマジックバックから取り出し、店主であるカナタに差し出す。半年前に彼の初孫が産まれたことを覚えていたタカヒトはこれでご機嫌を取ろうと持ってきたのだ。【呪い】のバッドコミュニケーションで底値をたたき出した好感度を少しでも上げる為に高い買い物をしたのだ。その事を見抜いたカナタは鼻を鳴らして粉ミルクとチキンを持って店の奥に行きながら自分の息子を呼んだ。
「レイヴン!お前の客だ!相手をしろ!」
六十過ぎのおじいさんとは思えない程の力強さを持った声はまるで『ガンショッ・ツルギ』全体を震わせるほどの声量。幸いなことにタカヒトの他に客は一人だけだったから被害は少ない。というか、ほかに客がいるのに新聞見ながら煙草を吹かすなよ。そして躊躇いなくぶっ放すな。ごめんな見知らぬ一般客人。そりゃ、腰を抜かすよな近くでショットガンを打たれたら。俺も【呪い】の強がりが無かったら初見で腰を抜かしていたわ。
タカヒトが腰を抜かしているお客さんを立たせていると、カナタの代わりに出てきた三十代くらい(実年齢25歳)の太いおじさんが出てきた。軍人じみたカナタの面影がある顔の大きい金髪の髭面。ドワーフを思わせる太くて短い腕と足。ドスドスと足を立てながら出てきた店主の息子。レイヴンはタカヒトを見るなり、勢いを殺さず笑顔で近づいて力強いハグをした。
「ヒートッ!久しぶりだな!一年振りか!」
「半年前だ。レイヴン。ナイフのメンテを頼む」
「はは、相変わらず無愛想な奴だっ。お前の【呪い】も相変わらずのようだな」
普通の人間ならサバ折り出来そうな力で抱きしめられるタカヒトはそっけなく接している様にも見えるが、タカヒトにとっては貴重な友人だ。タカヒトは【呪い】のせいでコミュニケーションがひたすら悪い。にもかかわらず笑顔で接してくれる友人はタカヒトにとってはありがたい存在だ。彼等に頼まれれば今回持ってきたバトルチキンくらいなら無料で狩りに行くくらいにタカヒトは心を許している。
「親父の持っていたでかい肉もお前が持ってきてくれたんだろ。じゃあ、さっそく家に帰って食おうぜ!お客さん、悪いが今日は店じまいだ。また来てくれよ。これはサービスだ」
ハグを解いた後はタカヒトの肩をバンバンと叩いた後、店にいたもう一人のお客には射撃練習で使う耳栓とガムをレイヴンの片手に持てるだけ持って渡した。ドワーフ染みた体格の彼の片手は大きく、それだけで両手では持てない程の量を持たされた客はされるがまま店の外に追い出された。そして、閉店中の札を掛けたレイヴンは店じまいを手早く済ませると自分の父とタカヒトを店の裏に止めていた車に乗せて、自宅へと発進させた。
タカヒトとカナタ。レイヴンの出会いは二年前。最悪と言ってもいい状況だった。
自分達の店の近くで、地元マフィアが秘密裏にダンジョンを隠していた。理由はそこで得られるアイテムとそれから得られる金。そして、モンスターである。彼等は自分達の抗争にモンスターを利用して影響力の増大を狙っていた。もちろんこれは違法行為であり、世界的に見ても重罪だ。その危険性をもってしてでもダンジョンの私有化は魅力的だった。
が、その危険性が運悪く発生してしまった。ダンジョンの外にモスマンと言う蛾と人間を掛け合わせたような毒の鱗粉をまき散らせながらあちこち飛び回るモンスターが大量にダンジョンから這い出てきたのだ。当時、隠していたマフィアは壊滅。警察や軍も出動し、アメリカにいる冒険者総出で対処する事になった。そして、その運悪く現場に居合わせたのがカナタとレイヴンだった。
二人は初孫が出来たことを産婦人科に通ったレイヴンの妻から伝えられ、有頂天になっていた。その時も店を臨時休業して男二人。親子仲良く夜遅くまで酒を飲み、千鳥足で自宅に帰る最中にモスマンの毒に当てられた。騒ぎが大きくなる前。それも隠していたマフィアが異常に気が付くかどうかのタイミングで風に乗ってきたモスマンの毒に当てられ、苦しんでいるところを閉店ギリギリの時間帯に彼等の店にやって来たタカヒト。店が閉まっているので仕方なく、近くのホテルでも探している最中の彼に助けられた。
タカヒトが二人を助けに入ったのは本当にギリギリだった。モスマンは毒で麻痺。または苦しんで動けなくなった人間を襲う。その寸前でタカヒトが救い出した。
この時には既に。というか十歳の時から【呪い】に侵されていたタカヒトにモスマンの毒は効果なかった。それでも咳き込むし、下手に吸い込み過ぎれば肺が傷つく。それでもタカヒトは咳き込みながらも二人を救出。安全な場所に移した後は軍や警察。ギルドの人間が来るまでモスマンと丸一日戦い続けた。その時に持っていた彼の装備は苦無やダガーと言ったギルドや武器屋においてある一般人でも手に入る武器。それら全てを駄目にするまで戦い続けた事を知った。彼はモスマンの死骸から魔石を抉り出す。解毒のアイテムを作り出すモスマンの内臓をはぎ取りなんてこともせずに丸一日不眠不休で戦いつけたことを知った。
モスマンの引き起こした事件とダンジョンが攻略されるまでタカヒトは戦い続けた。ダンジョンコアを手に入れることは出来なかったが事件の初期から尽力した人間の一人として彼は賞与を与えられることなる。
金品に目もくれず戦い続け、モスマンの毒鱗粉を受けても戦い続けたタカヒトに報いる為にカナタは自分の父から受け継いでいる家宝の短刀をナイフの鍛造を行える息子のレイヴンに言って、タカヒトが使いやすいナイフへと鍛え直し、それを与えた。
それから二年経過した彼等の交流はそこそこ続いた。タカヒトの着ている迷彩服もカナタが直々に仕入れている防弾仕様で丈夫。彼の持っている武器はレイヴンが造ったリビング・ウェポンと予備のナイフ三本を持って、タカヒトはダンジョン攻略に挑んでいる。【呪い】の強制行動で装備は良くボロボロになるのでその度にタカヒトは二人の店によっては装備を新調。メンテナンスを願い出ている。その都度、日本人の性なのか、世界各地にダンジョン攻略に出ているタカヒトはお土産を買って彼等に顔を出している。最初はお饅頭や茶葉だったが、バトルチキンやバーサーク・カウといった高級食材の魔物を仕留めた時など、時期が合えば持っていくようにしている。その度に【呪い】が発動。カナタがショットガンをぶっ放すというある意味、恒例になってきたやり取りを二年も行っていた。
タカヒトを名前で呼ぼうとするとタキャヒトゥと訛ってしまうのでヒートでいいと【呪い】の割にはいい呼び名で呼ぶように伝えると、それ以来、彼ら家族では彼の事をヒートと呼ぶことになった。
そんな彼を自宅まで連れてきたカナタ達を出迎えたのは黒髪のふくよかな女性。レイヴンの妻。鞘。元日本人の彼女はタカヒトが来ると聴いて玄関前で待っていてくれた。
「貴仁君。よく来てくれたわね。さぁ、入って入って。あの子にも顔を見せてあげて」
日本人だけあって、彼女だけはタカヒトを貴仁と呼んでくれる。母国語を聴くと安心するのはなぜだろう。
ダンジョンが発生するようになってからは英語を基盤にした世界語というのが世界中で教育され、馴染んでいる。日本人が日本語を使うのは何らかの秘密のやり取りをする時か、地元の方言を使う程度に落ち着いた。他の諸外国も同様。世界語が共通語になっているのは各国を行き来する冒険者にはありがたい言葉になっている。
「こんな顔を見ても喜びはしないだろうに」
逆に泣いてしまわないか?前は平気だったけど大丈夫やろか?
「大丈夫よ。あの子もお義父さんで怖い顔にはなれているから」
「…サヤ。儂は孫の前では怖い顔はしていないぞ」
「そりゃあ、孫の前では常にデレデレかもしれないけど、あの子もちゃんと見ているのよ。寝ぼけて部屋から出てきた渋面のお義父さんを見ても笑っていたじゃない」
「…むう」
「だっはっはっはっ。親父も俺も女房には敵わないな。サヤ、ヒートがでかい肉を持ってきてくれたからステーキにして食べようぜ!」
談笑を交えていると備え付けられていたガーデニングをしていたのだろう。作業着を着た五十代の女性。カナタの妻、ネミが家の奥からやって来た。
「おやおや、珍しい人が来たもんだ。ヒート。これまた大きなお肉だ。結構腕を上げたんじゃないかい」
「そんなことは無い。これぐらいどうという事もない」
でしょー。俺頑張っているでしょー。このバトルチキンも結構手ごわかったんだからー。
「…相変わらず減らず口を。【呪い】をどうにもできんひよっこがほざくわ」
むしろ言葉を省略するから参っているんだよなぁ。もっと喋らせて。いや、やっぱいいわ【呪い】がどんな変換するかわかったもんじゃないし。
生意気な態度を取るタカヒトを笑顔で迎えてくれるカナタ達。彼等の妻が料理をしている間にタカヒトは欠けてしまったリビング・ウェポンを彼等に見せた。それを手に取り、少し困った顔をするカナタとレイヴン。己の技量不足でナイフが欠けた。その事を説教されるかと思いきや出てきた言葉は意外な物だった。
「おいおい。どういうこった。このナイフ。食あたりを起こしてやがる」
「ふん。ヒートの【呪い】を吸い過ぎたか。それともモンスターを屠りすぎたか。吸い上げた力が漏れ出してやがる」
「…妖刀になったという事か?」
そんな呪われたみたいな言い方されると怖、くはないな。もう既に呪われているからな。
「その一歩手前の状態だ。あと少しここに持ってくるのが遅かったら砕け散っていたぞ」
「鍛え直す。と言ってもナイフという容量ではこれが精一杯。もう一本こさえるか防具に同じ作業を施すことになるだろう。尋ねるがヒート。お前に魔法やスキルは発動したか?」
「いや、無い」
冒険者になってある程度、熟練していけば彼等には特殊な天職と能力を授かる。
【剣士】ならば『斬空』という剣を振るった時に衝撃波が発生し、二メートルほど離れた相手にも斬撃を与えることが出来るスキル。
【魔法使い】ならば、何もない所から発火現象や発電。空中の水分を集めて水球を作り出し、それに指向性を持たせて対象を攻撃する魔法。
エリーの【聖女】ならば、対象の怪我を快復。浄化を行える魔法。
【錬金術師】ならば、不思議アイテムの制作。
さらにもっと上の天職になれば『毒無効』や『スタミナ倍増』といったスキルや強力な魔法が使えるようになる。そして、ステータス。身体能力の上昇。
だが、タカヒトはそのどれにも属さない初期の【冒険者】のまま。身体能力は上がっているが、魔法やスキルはまだ発動した試しがない。そしてあるのは【呪い】という行動変換および強制。おそらくだが、タカヒトのスキルスロット全体が【呪い】に侵されてバッドステータスの固定と行動規制を示しているのだろう。
「ふざけたやつだ。お前ほどダンジョンに挑んでいれば【冒険者】ではなくもっと上の天職。【上忍】や【討伐者】にもなれたかもしれんのに」
「まあ、そうなっちまったら国のお偉いさんに抱え込まれちまうけどなっ。だっはっはっ」
なにわろてんねん。それだけ上位の天職ならステータスも上がってダンジョン攻略も楽に出来るってのに。まあ、そうなればこうやってカナタ達との交流も難しくなるだろう。特に【上忍】は欲しい天職だ。なにせ、殆どの人間とモンスターに存在を気取られない。その気になればいつ、誰に、どうやって殺されたのかわからないくらいに潜伏能力が高い。しかも気付かれてもスピードに振り切ったステータスならどんな窮地からも逃げられるだろう。…【呪い】が無ければ。本当に邪魔だなこの【呪い】。これのせいでバッドステータスは受けないという事以外の他の利点を全部潰しているよ。これ。と、タカヒトが内心で悪態をついているとカナタ家の扉が勢いよく開け放たれる。
「ヒートが来ているって本当?!」
そこにいたのは艶のあるウエーブがかかった金髪に吊り上がった金の瞳。豊満なバストとヒップ。くびれたウエストで高身長と言う。日本人離れした体つきをした女性がいた。
イブ・ナイトー。カナタの娘で、レイヴンの妹。十九歳のダンジョンを研究する大学に通う女性。専攻は鍛冶と鉱物学。そして、モンスター学。冒険者ではないがそれに近しい身体能力と知識を持った美女と言ってもよい女性は家に帰ってくるなりタカヒト達が話し合っているところに駆け寄ってくる。その勢いのままタカヒトを見つけると当時に彼の胸に飛び込んだ。
女性の甘い香りと共に意外と筋肉もついている彼女の体当たりに近いそれをタカヒト本人は受け止めようとしたが、【呪い】が発動。彼女の体当たりをひらりとかわす。イブはそのままタカヒトの座っていたソファーに寝転ぶように着地すると同時に顔を上げて非難の声を上げる。
「どうして受け止めないの!」
「受け止める理由がない」
なんでやっ!アメリカンなムチムチ美女を受け止める権利すら俺にはないと言うんか俺の【呪い】は!
「受け止められない理由もあるの?」
タカヒトはムッツリスケベ。というか、【呪い】が無ければ普通に猥談も出来るオープンスケベな性格なのだ。が、【呪い】はそうではないらしい。というか、イブの容姿はタカヒト的にど真ん中ストライク。自分よりも背が高い金髪美女のハグはご褒美だと言うに【呪い】は取り上げる。鬼!悪魔!デーモン!お前の出所廃れ神社!
「お前の色欲を受け止めるにはこの身はまだ純真無垢故」
「なんで急に童貞を宣言するかわからないけど。久しぶりに会ったっていうのにこんな扱いするからそうなんじゃないの」
「…否定はしない」
ぎゃあああああああああああああああっ!!ごもっともです!イブ様ぁああああ!てか、【呪い】てめぇ!カウンターパンチが重すぎるだろうが!こらぁあああっ!変なところで変な事が露呈したじゃねえか!そんなに嫌だったかあの文句!
タカヒトは痛い所をイブにつかれたので内心では絶叫するが、表面上は【呪い】の効果もあって、終始無愛想な表情だった。が、このダンジョン攻略黎明とも言われている中で、最も命の危険があり、最も稼げる職業の【冒険者】が、二十歳を過ぎても経験無しというのは大分珍しい。明日死ぬかもしれないプレッシャーの中で何かを我慢するという行動は最も【冒険者】が嫌う行動とも言われており、タカヒトもその一人だ。【呪い】の潔癖症が無ければ風俗や娼館に行きたいのに行かせてくれない。ユニコーンかよ、こいつ。
そんなタカヒトの様子を見て相も変わらず笑い声をあげるレイヴンとタカヒトの愛用のナイフをいろんな角度から見るカナタ。何かとタカヒトにハグしにかかるイブをあしらう【呪い】持ちのタカヒトの騒動は、サヤとネミがバトルチキンのステーキを持ってくるまで続いた。