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ダンジョン・ブレイカー  作者: さわZ
3/10

第二話 主「ええで」

 宝石と間違えるほど美しい青い瞳。白銀と言っても過言ではない程美しい髪を肩まで伸ばした少女の手には箒が握られていた。細身で小柄な体格から保護欲を掻き立てられる。白を基調とした清廉とした修道服を着こんだ少女を見れば十中八九時を忘れて見とれてしまうだろう。それほどまでに彼女は可憐であった。


 「は~い。みんな、ほうきとちり取りは持った?お掃除を始めますよ~」


 「「「は~い。シスターエリー」」」


 フランスにあるとある協会。

 そこに数少ない【聖女】の称号を持つ少女が早朝から孤児院の子ども達と共に教会内の掃除を行っていた。子供たちは眠い目を擦りながらも掃除を手伝ってくれる光景に少女。エリー・クサカベは微笑みながら掃除と子どものお世話をしていた。その微笑みは正に聖女。観る者全てを癒し、心を豊かにしてくれる笑顔を無自覚に披露する。


 「おはよう。エリーちゃん。今日も朝も早くから偉いねぇ」


 「肉屋のおじさん、ありがとうございます。お昼過ぎによらせてもらいますね」


 「お、じゃあ、とっておきの物を残しておくよ」


 少しでも彼女に近づきたくてボランティアを表して朝も早くから老若男女がここに訪れる。愛娘のように孫のように彼女に接してくる者。その微笑みに初恋を奪われた思春期の男子学生。推しの活動を手伝いながら見守る心優しきオタク達が彼女を手伝う。


 「エリーちゃんは偉いねぇ。うちの子になってくれないかしら」


 「すいません。まだ私は聖職についたばかりなので、そういうのにはまだなれません」


 「もう、謝る必要なんてないんだよ。でも気が向いたらいつでも来てね」


 一応、エリー以外にも協会の手入れをするシスターや神父はいる。が、彼女がほぼ中心的な存在だ。同性ならば嫉妬するかと思いきや、彼女の慈愛は満遍なく降り注がれる。そして、彼女の信者になる。「神は信じないけど、エリーちゃんは信じる。エリーちゃんが信じるから神様を信じる」と、いった少しでも間違えれば新たな新興宗教を立ち上げることも出来るだろう。


 「みなさん。今日も朝早くからありがとうございます。お優しい皆様に神の祝福を」


 「べ、別に神様の祝福とかいらねえし。気まぐれだ気まぐれ」


 と、言いつつも学業や部活がない日には必ず手伝いに来るサッカー少年。

 ボーイミーツガールと言う甘酸っぱい雰囲気を醸し出していた。


 「ふひひ。エリーたんの十字切りで拙者たちも三日はダンジョンに潜れますぞ」


 二年前はニートでまん丸だった体型をシャープにしたオタクトリオ。エリーに出会ってから彼等は本当にダンジョンに潜り生計を立てるほどに成長した。ダンジョンに潜って攻略するといった活躍ではなく、ダンジョンに設置した簡易カメラの監視員であり、子どもでも倒せる虫のモンスターの駆除といった雑用だが、エリーに出会えたことで彼等は生まれ変わったかのように成長した。親御さんたちは感激し、エリーには何度もお礼を言った。

 お掃除というファンサービス。もとい、日課を済ませたエリーはボランティアの方々に礼を言って、帰宅していく彼等を見送ると、孤児院の子供を連れて、自分達が利用する宿舎へと赴いた。朝食前の掃除を終えるころ。そこに一台の軽トラがやって来た。


 「ここはいつ来ても騒がしいな。が、礼儀は弁えているらしい」

 訳:子ども達も元気でよろしい。そして、怖がらせてすいません。


 エリー達が掃除用具を片付ける時間帯を見計らったかのように軽トラに乗って現れたのは、迷彩服を着こんだタカヒト。その無愛想な表情と冒険者の雰囲気が柔らかな朝の空気を破壊した。孤児達は彼に怯えてエリーや他のシスター。神父の後ろに隠れる。子ども達からすればタカヒトは月に一回。多ければ週に一回来る怖い大人。

 だが、教会関係者からすればたくさんのお布施をする冒険者(お客様)だ。現在進行形で怯える子ども達を無視しながらも軽トラに載せてきたミルクタンクを下ろして一言「手土産だ」と、彼等に差し出した。今回の差し入れはモンスターから家畜化に成功したシンデレラ・カウのミルクだという。コップ一杯千円はする高級ミルク。飲めるのは一部の豪商か王族といった上流階級の人間くらいであり、一般人では滅多に手が出せない代物。それをタンク四本。おおよそ一千万円分の牛乳を寄付するタカヒトを子どもはともかく寄付される側は邪険には出来なかった。何より、彼はこの教会の要である【聖女】の恩人であり誕生させた人物でもあったからだ。

 【平民】から【シスター】に変化するのは意外と簡単だが、根気がいる。他者を常に思いやるという精神と規律正しい生活を三年間行う。そうする事で天職は変化する。だが、そこから【聖女】に至る方法は未だ解明されていない。

 【聖女】は攻撃やサポートと言った魔法は使えないが、怪我の回復から状態異常からの回復が行える魔法とアイテムを作り出すことが出来る。その力はとても貴重で一国に三人いれば上等と言われるほど。そのため、【聖女】を囲もうとする組織は多くあるが、【聖女】に心変わりや何らかの不備が生じれば即座に天職は【シスター】や【神父】に格落ち。戻ってしまう。そのため、保護はするけど干渉はしない。環境も変えないという風習が根付く。

 だが、エリー自身。【聖女】になった条件を何となくだが、理解している。その条件は人の負の部分。悪戯から戦争に繋がる悪意をその身に受けてなお、誰かに奉仕する精神を失わなかった時。自分は【聖女】に至れたのだと。




 三年前。エリーはまだ見習いの【シスター】であり、地元のアイドルになる前ほど教会関係者もいなかった時、強盗に襲われた。

 強盗は冒険者崩れ。冒険者を続けるほどの強さも精神も持ち合わせていない。かといって、真面目に働く気がない乱暴者。そんな彼が目を付けたのは少し寂れた協会だった。

 早朝。まだ日が昇っていない時間帯に強盗は教会に飾り付けられている装飾品を盗むつもりで忍び込んだ。人手不足でその時はたまたま一人で掃除をしていたエリーと鉢合わせてしまった。強盗の放つ雰囲気と表情から危険を感じたエリーは小さく息を詰まらせ、その場で硬直してしまった。

 エリーはその時からその美貌と可憐さの変身を見せていた。滑るような白金の髪。青い瞳。なにより、小柄で怯えている表情。彼女を攫って裏社会に売りつければ多額の金が手に入ると判断できるほど。

 強盗は悲鳴を上げそうになったエリーに駆け寄り、彼女が悲鳴を上げる前に彼女を拘束。その手に持ったナイフでエリーに声を上げないようにナイフを首元に突きつけ、脅迫した。

 幼い少女であるエリーはそれを受け入れるしかなく、強盗もそれに気分を良くして、教会を出ようとした瞬間、教会の扉が大きな音を立てながら外から開け放たれた。


 「我が名はタカヒト!昨日この地に浄化を求めてやって来た者!複数の浄化について詳細が知りたい!司祭に今一度願い奉る!」

 訳:朝早くからのすいません。昨日、この教会でホーリーボトルを購入したんですが、これを飲む時、他のおポーションとか飲んでしまった場合はどうすればよろしいかお尋ねしたいのですが…。


 言動は粗暴そのものではあるが、内心では細かい事に気が付いたタカヒト。彼はあまり人が込み合わない早朝ならば相手にお手数をかけずに対処してくれると思ってこの教会にやって来たタイミングが、強盗がやってきた少し後。今の状況になる。


 「…そういうことか」

 …どういうことだ?


 涙目のエリーを拘束した強盗の光景を見たタカヒトは、少し呆れた表情と共に言葉を漏らした。タカヒトの体と彼を蝕む【呪い】は正確に事態を飲み込み即座に腰元に装着していたナイフを抜き放つ。そこまで動いて、目の前の小さなシスターが暴漢に襲われているのだとタカヒトは事態を把握した。

 体が勝手に動いた。と表現すれば格好がつくのだが、寝返りみたいなものであり、【呪い】も関与して動いているから褒められたものではない。

 強盗は戦闘態勢に入ったタカヒトを威嚇するようにエリーに突きつけていたナイフを向けた瞬間、その喉元にはタカヒトが握っていたナイフが喉仏を押しつぶすように突き刺さっていた。


 「だ、誰だか知らねえがそこをげぇっ?!」


 「…遅い」

 早い?!反応が早すぎるよ俺?!まずは説得を試みるもんだろう!いや、隙あらばとは俺も思っていたけどさ。機会があればすぐか!チャンスは絶対に逃さないってか!


 何事にも冷酷にオーバーアクションを起こす【呪い】の現象にタカヒトは危うさを覚えた。というか、【呪い】のそそっかしさは今に始まったもんではないが、助けられたエリーもあまりの早業と所業に目を白黒させている。何が起こったのかと、頭が理解するのに時間がかかった。ようこそお嬢さん、タカヒトの世界へ。お前も一緒に、俺の行動で理解に苦しむんだよ。

 強盗が喉にナイフを突き立てられたことにより、声を上げることなく仰向けに垂れる。まだ腕を動かすだけの活力はあったのか、激痛と苦しさから刺さったナイフを取り除こうとしたが、いつの間にか接近したタカヒトに押さえつけられた事で引き抜くことはなかった。タカヒトが止めなければ強盗がナイフを抜いた瞬間に大量出血を引き起こし、死んでしまうだろう。かといって、現状でも少なからず出血は続いているうえに、ナイフで気道を完全に潰しているためこのままでは窒息死もあり得る。


 「が、ああっ」


 「動くな。これ以上動けば、死ぬぞ。…まあ、このまま放置しても死ぬがな」

 今、ナイフを抜こうとしたらアカン!抜いたところから大量出血して死んでしまうぞ!ポーションを使いながら、ナイフを抜いてやるから。…あれぇ、無いぞ?そうだ、昨日のダンジョンから帰還した時にもうすぐで使用期限が切れるから小さい傷を治すために思い切って使い切ったんだった。…やべえよやべえよ。このままじゃこの人死んじゃうよ。


 と言った具合にタカヒトが危うく殺人を犯しかけた時、怯えているエリーが懐から小さな小瓶を取り出しながら二人に近づいてきた。


 「こ、これを。かければその人も助かりますっ。使ってください」


 「…いいのか。不測の事態だったが、こいつはお前を害そうとした人間だぞ」

 回復薬ポーション?!いいのっ!シスターが持っているから結構なお値段がするんでしょ。でも、ありがとーう。モンスターは殺すけど人は殺したくないんだよ。後味悪くなりそうだから。でも、一応、君も襲われていた。…襲われていたんだよね?そういうプレイとかじゃないよね?


 「い、いいんです。この人も悪気があってやったわけではないんだと思います。それにこれで助かるなら、私は助けたいんです」


 いい子だ。と、タカヒトがエリーの献身に感動していたが、【呪い】のせいで口が勝手に彼の本心を暴露する。


 「…いや、こいつは最初から悪意があってやって来た。冒険者用のドッグタグ。常人より優れた能力を有しながら悪事を働いた。押し入ることなく他の事で生計を立てられていたはずなのに蛮行に及んだ」

 うるせえよ、俺!せっかく、この子が助けるって言ってんだ甘えろよ!このままじゃ、俺、殺人犯になっちゃうよ!…あ、本当だ。ドッグタグのネックレスしている。思うんだけど本人より先に現状を把握する体【呪い】とか。怖いわ。時々本人より本人の事を理解している【呪い】が怖いわ!


 「それでも、です」


 「好きにしろ。使うタイミングは合わせてやる」

 それに比べて、目の前の女の子の精神性よ。好きになりそう。


 エリーと強盗もまさかタカヒトが少ない言葉の中でゴチャゴチャ考えているとは思わないだろう。冷徹な冒険者。そんなイメージを抱かせたまま強盗の応急処置が行われた。

 エリーはナイフを通してポーションを男に注いでいく。手に収まるほどのポーションだから少しでもタイミングがずれれば男の喉は大きく切り裂かれた状態で出血死になってしまう。だが、【呪い】に侵されたタカヒトの体は。いや、【呪い】に侵されているからだろうか、通常時より精密的にナイフを抜くことが出来た。この抜き出す精密性が少しでもかけていれば重要な血管を傷つけて出血。スピードが遅くても早くてもポーションが喉を癒すことは出来なかっただろう。

 大量の出血と痛みにより気絶した強盗。しかし、傷は見事に塞がり、浅くでは息もしている。後は警察と救急車を呼ぶだけ。

 窮地を脱したエリーはその場で崩れ落ちた。強盗から解放された時よりも強盗の命が助かった事に安心して腰が抜けた。そんな場面でやっと異常事態に気が付いた他のシスターたちがやって来た。目の前の惨状を見て悲鳴を上げたが、タカヒトの淡々とした説明とエリーのフォローもあり、事態を飲み込めた彼女達は情報端末を使って警察に連絡を入れた。

 警察が来る間、エリーは半ば放心状態だった。

 神の教えを説き、慈愛を伝えるのが彼女の生業だった。しかし、強盗に襲われた時から彼女は神の教えを疑ってしまった。自慢できるかどうかはともかく。紛いなりにも自分は聖職者として頑張ってきた。その証拠に自分の天職は【シスター】だ。だが、そんな自分に降りかかった悪意。強盗の目には明らかな悪意があり、行動で体現していた。

 なぜ、自分が悪意にさらされたのか。もしかしたら自分は神から見放されたのか。こんなにも平穏を祈っているのに神にそれは届かない。それに応えない神なんて…。

 そんな風に信仰心を失いそうになったエリーにタカヒトから声をかけられた。いや、欠けられたというよりも彼の独り言のような言葉を彼女の耳が拾った。


 「大したもんだな。宗教ってものは」

 隣人を愛せよ。だったか。暴漢の手当てをするなんて普通出来ねえって。こういうのが信仰心ってやつなのかね。


 タカヒトの視線の先は強盗に向けられたものだった。次に彼の視線が協会に掛けられた十字架。その視線はやけに優しそうな目つきだった。そして、その表情のままエリーの方を向くと彼女に向かって頭を下げた。


 「助かった。俺も。あいつも。君に救われた」

 危うく人殺しになるところだった。本当にありがとう。


 確かにエリーを救ったのは神の奇跡という物ではない。偶然、この場にやって来たタカヒトだ。しかし、自分を救おうとした彼に人殺しの十字架を背負わせずにしたのも彼女の信仰心からだ。神の教えは彼女を救えなかったかもしれない。だが、彼女を救った者の心を救ったのだ。それに気が付いたエリーは反省し、信仰する神にその場で許しを請う。


 警察と救急車が同時に来ると事情徴収のためにエリーとタカヒトは警察に連れていかれた。その間、タカヒトの【呪い】が暴発。一悶着どころか十悶着を起こしながらも警察から解放されたタカヒトは協会の関係者に色々と尋ねようとしたが【呪い】のせいでなかなか進展しなかった。エリーのフォローがあったお陰で何とか悪印象はつかずに、この時から交流が続くことになる。


 それから三週間後の事。エリーが事件のショックで【シスター】の天職に何らかの変化がないか、天職を見測ることが出来る【長老】の天職を持つ町長がエリーの天職を確認した所、彼女の天職が【聖女】に変化していることに気が付き、一時騒然となる。現在、極稀な天職である【聖女】の誕生に彼女達は驚きながらも、エリーに負担にならないように、【聖女】を失わないように教会の人員を増やして彼女のサポートを行った。

 一般の【シスター】や【神父】が造れるポーションは、【錬金術師】が造るものよりも少しだけ効果が上だが、エリーの作るポーションはそれ以上の効果を発揮。教会の本部にもその知らせが行き、彼女は正式に【聖女】と認められた。その際に、どうやってランクアップしたかを問われたが、彼女は信仰心を持つこと。としか言えなかった。

 【聖女】になりたいから悪を許した。という、不純な動機では至れないと考えたから、無知状態で無償の愛を注ぐ。それが【聖女】なのではないかと考えた。




 それ以降、三年間。現在になるまで、一ヶ月に一回の頻度でタカヒトはエリーのいる協会に訪れては呪いを打ち消す効果があるという聖水。ホーリーボトルを購入しにやってくる。【呪い】のせいでどこでも問題を引き起こしてしまうタカヒトにとって、エリーのいる教会は知人のやっている店くらいには融通が利くようになった。ありていに言えば、ある程度の無礼は許してくれる良心的な教会といったところか。

 タカヒトがやって来るのは人気のない早朝か夕暮れ時が多い。その方が他の人と接触しない。人がいないから問題を起こさない時間帯だからだ。今では「シスター。いつもの」で即座にエリーが造ったホーリーボトルが出されるくらいに常連になった。悲しすぎる常連だ。しかも、【呪い】が強くなっているのか、ホーリーボトルを使う頻度が多くなってきた。最初の一年は素直に「助かった」とお礼を言えたのに今では「…また来る」だ。世話になっているんだから少しはデレてほしい。その事をエリーに相談すると彼女は自分を恥じたのか、頬を少し赤らめながら謝罪をするのだ。


「ご、ごめんなさい。私の力が及ばなくて」


 と、その後に誰にも聞こえない声でこうつぶやいた。


「呪いが解けたら、私に会いに来てくれないじゃないですか」


 こう言った時に限って【呪い】は発動せず、タカヒトの耳はエリーの言葉を拾わなかった。

 タカヒトは持ってきたミルクタンクを孤児院の冷蔵庫付近まで移動させた後、一ヶ月、どう過ごしてきたかをエリーに話しながら、【呪い】の突拍子の無い行動に苦しんでいる事を相談ながらも、ダンジョンで見つけたお宝やモンスターとの戦いといった心躍る活躍劇を【呪い】のフィルター越しにではあるが談笑していた。そんな時間を過ごした後、タカヒトが注文したホーリーボトルを受け取ると教会を後にする。

 また危険なダンジョンに挑む。それが彼の宿願に繋がる事とは言え黙って見送るのは心苦しいので略式ながらも彼に神のご加護があるように十字を切って彼を見送った。

 彼の話は孤児院で子ども達が寝付くまでの絵本代わりにもなる上にダンジョン知識も身につく。子ども達が寝静まった事を確認したエリーはすぐ近くにある自室に戻りタカヒトから返された空のホーリーボトルの器を自分の机の上に並べた。

【聖女】が造ったホーリーボトルの効果凄まじいものがある。この手のひらに収まるほどの小瓶。それに収めた聖水を振りまくだけでいわくつきのマンションや土地が浄化される。実際、ゾンビや骸骨剣士と言ったアンデットモンスターもこれをふりかけるだけで魔石を残して消滅するほど。

 作り方は銀の盃に塩水を入れて三時間祈りこめながら中身をかき混ぜるだけ。【シスター】【神父】にも作れるうえに効果もあるが、【聖女】の作ったものほど強力な効果は無い。だが、それほど強力な聖水を作ってしまい、タカヒトの【呪い】を解いてしまっては、彼はもうここに来ないのではと二年前に気が付いてしまい、少しだけ祈り以外の事を考えながら作りあえてしまうため、ホーリーボトルの効果は少しだけ薄まっている。タカヒトが【呪い】が無くなってもここに来てくれるなら、その嬉しさから今以上のホーリーボトルが造れる自信がある。

 だが、そんなはしたない真似は彼女には出来なかった。十六歳の乙女として、出来る事ならこういうことは男性であるタカヒトから喋ってほしい。そんな事を考えながらタカヒトが丁寧に返してきたホーリーボトルの小瓶。中身が空という事は彼が服用したという事。いや、聖水の効果は体の表面に振りかけても効果は出るので、口をつけて飲んだかわからない。わからない。のだが、服用した可能性がないわけでもない。


 「…しすたー、えりー。…おしっこ」


「ひゃいっ!?あ、ああ、おトイレですね。ついていきましょう」


 そんな考えが頭によぎったエリーの背後で扉が開く音がした。どうやら閉め忘れた扉にトイレで起きた孤児院の子どもの一人がやってきて、エリーにトイレに来て欲しいと声をかけてきた。夜中に声を掛けられたこと以外に後ろめたさのあるエリーは変な声を上げて反応してしまったが、すぐに冷静を装って部屋に訪れた男の子を連れてトイレへと連れて行った。その途中でエリーは懺悔した。


 主よ、不埒な事を考えてしまった私をお許しください。


 エリーの机に置いてあったホーリーボトルの小瓶の一つ。その飲み口に女性用のグロスが付着していた事は彼女しか知らない。小さな罪があった。


 タカヒト「神様、この【呪い】を解いてくださ」


 主「いやや」 


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