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強そうな奴に喧嘩を売られて困ってたら、怪しいおっさんが「今買った喧嘩、転売しませんか?」と言ってきた

 俺はワルだ。

 ガキの頃から弱い者イジメや乱暴が大好きで、クラスメイトを泣かすなんてことはしょっちゅうだった。

 中学ん時は陰キャを徹底的にいじめまくって、登校拒否にまで追い込んだことがある。あれは本当に楽しかったぜ。

 もちろん、俺の悪さはそんなものじゃない。

 煙草は吸うし、万引きや恐喝も当たり前、親や教師を殴ったこともある。

 そんな俺だから、高校は中退しちまって、家も出た。今は繁華街を拠点にしながら、ぶらぶらとチンピラをやっている。


 ある夜のことだった。

 俺がいつものように街をぶらついてると、派手なアロハを着た男がガン飛ばしてきやがった。

 俺は睨み返す。俺らがいる世界はナメられたら終わりだからな。これで相手が目を背ければ、そっから「目ぇ逸らしてんじゃねえよ!」と追い込めるんだが、そうはいかなかった。

 相手もなかなか視線を外さねえ。こうなると、俺としてもとことんまでやるしかなくなる。格下だと思われたらオシマイだからな。

 それに俺には勝算があった。相手は背が低く、万が一殴り合いになっても勝てそうだったからだ。

 やがて、睨み合いに痺れを切らしたのか、アロハチビが向こうからやってくる。


「やんのかコラァ!」


 負けてはいられない。もちろん、俺も応じる。


「やってやんよ、コラァ!」


 だが、チビが近づいてくるにつれて、俺は気づく。

 こいつ腕太くないか、と。

 背は低いが、袖から出ている二の腕はかなりのムキムキだ。明らかに鍛えられている。拳も膨らんでおり、人や物を殴り慣れてることが窺える。確かに俺もよく人は殴っているが、その相手はほとんど弱い奴や無抵抗な奴ばかりだった。ガチな喧嘩になるとかなりまずい。


 チビがヒュンヒュンと拳を振るう。明らかに空手やボクシングをやっているというフォームだ。

 俺の心が急速に冷え込んでいく。


「さあ、やろうぜ!」チビが吠える。


「や、やってやんよ!」俺も応じる。少し声が裏返ってしまう。


 チビの構えはかなり本格的なもので、俺がボコられる未来しか見えない。

 俺もとりあえず構えるが、勝てる気がしない。どうしよう。


「おや……喧嘩ですか?」


 突然、割って入るように怪しい男が話しかけてきた。グレーのシャツとズボンを着て、顔にはほうれい線が目立ち、ちょうど俺の親父と同じぐらいの中年を思わせるおっさんだった。

 なんていうか“長年熟成させた何か”を感じさせる容貌だった。


「誰だてめえ、邪魔だ!」


 チビがおっさんを怒鳴りつけるが、おっさんは無視する。すごい度胸だ。

 なんだこいつ、俺に用があるのか。


「今買った喧嘩、転売しませんか?」


 おっさんは俺にこう語りかけてきた。


「……へ?」


「喧嘩を私に転売しないか、と申し上げているのです。ようするに私に任せてもらえませんか?」


「あんた、喧嘩なんかできるのかよ?」


 俺が聞くと、男はにっこり笑った。


「お任せ下さい」


 よく分からないが、俺の代わりにあの手強そうなチビの相手をしてくれるってんなら助かるってもんだ。


「じゃあ、あんたに売るよ! あいつとの喧嘩!」


「分かりました」


 おっさんがチビの前に出る。

 よく観察するとチビの腕はやっぱりムキムキで、とてもおっさんが勝てる相手には見えない。


「あ? なんだよ、おっさん」


「あなたとの喧嘩、私がやることになりました。どうぞよろしく」


「ナメやがって……だったらまず、てめえから片付けてやる!」


 チビがおっさんに飛びかかる。だが、おっさんはチビに軽く拳を放つと、チビは派手に吹っ飛んだ。

 信じられない光景だった。


「ぐあっ! い、いでえ……!」


「ふふふ、どうしました?」おっさんは笑顔で挑発する。


「やりやがったなァ!」


 チビが再び殴りかかるが、それをかわすと、おっさんは再びチビの腹に拳を放つ。


「ぶげえっ!?」


 軽く当たっただけのように見えたのに、これだけでチビは苦しそうに転げ回った。


「ひっ、強すぎる……!」


「まだやりますか?」


「ギブ……ギブアップだ! 許して下さい……」


 腹を押さえながらチビは逃げていった。

 おっさんは俺に振り返ると、微笑んだ。


「いかがでした?」


「いや……すごかったよ。あんた、何かやってるのか?」


「ええ、まあ……武術を多少。それで最近は腕試しをしたくなりまして、こうして繁華街をうろついているのですよ」


「へえ~……」


 物騒なおっさんがいるもんだと俺は思った。


「もしまた、誰かから喧嘩を買ったら、私に転売して下さい。私がやっつけて差し上げますから」


「ど、どうも……」


 そう言うと、おっさんは去っていった。

 第一印象も、強さも、雰囲気も、内に秘めた何かも、まさしく只者じゃないおっさんだった。



***



 数日後、俺はとあるバーで安酒を飲んでいた。

 すると、同じく店にいたスーツ姿の男が突っかかってきた。


「へっ、しょぼい酒飲んでるねえ」


 酔っ払いだろうか。

 俺もカチンときて、すぐ口で応戦してしまう。


「なんだとコラァ!」


「お? やんのかい?」


「いいだろう、やってやろうじゃねえか!」


 売り言葉に買い言葉であっさり喧嘩が成立する。

 だが、スーツ男が椅子から立ち上がると、俺は絶句してしまった。

 かなりでかいのだ。肩幅は広く、胸板は厚く、絶対勝てないってのが一瞬で分かってしまった。

 やばい、どうしよう。しかし、今から謝るってのも情けない。

 俺が焦っていると不意に声をかけられた。


「おや……また喧嘩をしているのですか?」


 振り返ると、この間会った怪しいおっさんがいた。相変わらず格好は上下グレーだ。


「あんた、この前の……!?」


「ええ、奇遇ですね」


 俺がこのバーを行きつけにしてるのを知ってるような奇遇っぷりだった。相変わらず不気味だ。

 だが、同時に俺にとっては救いの神でもあった。


「あのさ……あの時は俺が買った喧嘩を、代わりに買ってくれたよな?」


「ええ、そうですね。転売してもらいました」


「あれをまた……やってくんねえかな?」


 我ながら虫のいい頼みだと思ったが、おっさんはにっこりと笑った。


「いいですよ。そういうお約束をしていましたしね」


「ホ、ホントか! じゃあ頼む!」


「お任せを」


 俺とおっさんとスーツ男は表に出た。


「相手が替わっちまったが、まあいい。ブッ飛ばしてやる!」


 スーツ男も相手は誰でもよかったようで、おっさんに突進する。

 しかし――


「むんっ!」


 男が拳を軽く当てると、あっさりダウンしてしまった。


「う、うげえ……! 強すぎる……!」


 スーツ男は逃げていく。

 一度ならず二度までも、強そうな奴を倒してしまった。このおっさん、マジで強い。


「また喧嘩を買ってしまったら、ぜひ」


「ああ、そうするよ!」


 俺はとてつもない“武器”を手に入れたのでは、ということに気づき始めていた。


 それから数日後、今度はプロレスラーのような体格の奴と喧嘩になりかける。

 ところがどこからともなくおっさんが現れ、「喧嘩を転売しませんか?」と俺の代わりに戦ってくれた。

 そして、やはりあっさり勝ってしまった。


 俺が褒め称えると、


「あの程度の輩なら、たとえ10人いようと20人いようと敵じゃありませんよ」


 自信満々に答えてみせた。


 もう間違いない。おっさんの実力は本物だ。

 そして、俺はあるアイディアを思いついた。



***



 俺はおっさんに言った。


「あんたに最高の喧嘩相手を用意するぜ」


「ほう?」


「相手はこの街を牛耳ってる半グレ集団ってやつでな。俺もちょっとぶつかっただけで殴られたことがあって、いつか借りを返したいと思ってたんだ」


 泣き寝入りするしかないと思ってた。だが、このおっさんがいれば――


「だから、あんたの手で倒して欲しいんだ!」


「いいでしょう。ただし、私は自分から喧嘩を売るのは趣味ではありません。あくまであなたから転売してもらう、という形でお願いします」


「分かったぜ!」


 おっさんは快諾してくれた。

 さっそく俺たちは半グレ集団のアジトであるクラブに向かう。


 中では十数人のチンピラが、派手な曲とともに女をはべらして酒を飲んで、騒いでやがる。

 だが、お前らの天下も終わりだ。

 なにしろ俺にはおっさんがいる。お前らを潰して、俺がこの街を牛耳ってやる。

 守り神がついている気分で、俺は奴らに向かって叫んだ。


「オラオラオラァ、ゴミども! よく聞け! 今日ここでてめえらは終わりだ! 俺に喧嘩を売る度胸がある奴がいたらジャンジャンかかってきやがれ! 全部買ってやんよ!」



***



「ご協力ありがとうございました」


 グレーのシャツとズボンを着た中年男が頭を下げる。

 彼の前には三人の男がいた。

 それは中年男があっさり倒したはずの男たちであった。

 その中で最も背の低い男が言う。


「あなたもよく頑張りましたよ。我々の道場に通い詰めて、我々を倒す演技をしっかり学ばれましたからね」


「おかげで犯罪者になることなく、“奴”に復讐することができました。“奴”は今頃半グレの集団によって……」


 全ては演技だった。

 中年男を都合のいい守り神だと思わせ、“奴”を調子に乗らせ、自滅させるための。

 三人の男たちはいずれも格闘技経験者で、中年男のアイディアに協力してくれたのである。


「これで息子の恨みを少しは晴らすことができました」


「ところで息子さんは?」背の低い男が聞く。


「奴にいじめられ、学校に行くどころか家から出ることもままなりませんでしたが、最近は外出もできるようになってきました」


「そうですか、それはよかった」


 長年熟成させた恨みを晴らすことができた中年男の顔は、とても晴れやかなものだった。






お読み下さいましてありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 普通にショートショートうまいな
[良い点] これは痛快。 最後「そうきたかぁ!」て言っちゃいました。納得のオチ。面白かったです!
[一言]  ずいぶんと好戦的なおっさんだなあと思って、最後になにか裏があるとは考えていたのですが、まさか絡んできた連中も全部仲間で計画通りだったとは。  主人公は、力を持つと調子に乗って、悪いことを…
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