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第二章 三話

***



「目標の車両、予定通り北東よりこちらへ接近! 会議所前にてエンゲージ、残り時間推定数秒。まもなくだ、柚。構えろ!」

「イエッサー!」

「……よし、車両の停止を確認した。目標出現までカウント開始、三、二、一、ゼロだッッッ!」

「もらったああぁぁぁぁぁ!!」


夕方。会議所の玄関前に停車した小型の元軍用車両から男が降りてきたタイミングで、玄関前の柚と英生さんがカメラをすかさず連写する。ミラーレス一眼とコンパクトデジカメのフラッシュが何度も激しく明滅し、向かいの男――灰色のスーツを着た茶髪、モミジ代表の准さんが、右手で目元を覆いながら心底嫌そうに顔をしかめた。敵とはいえ、この仕打ちは素直にかわいそうだ。


「これがサクラ流のお出迎えというわけです、か。まったく呆れますね。状況次第では攻撃とみなされうる危険なことだというのに、あまつさえ自分の子供にやらせるとは――」

「おいおい勘違いするなよ、准。俺たちは久々の再開が嬉しすぎて、思わずカメラを連写しただけだ。ちなみに、写真を撮っていいかは確認済みだから抗議も無駄だぞ」

「そーだそーだ!  准サンおひさ〜、昔過ぎて記憶にないけど。あ、その嫌そうな顔も激写しちゃお」

「ぐっ」


文句を言ったそばから点滅が再開したのを嫌がって、准さんが正面から顔をそらす。その結果、眺めていた私の目線と視線がマッチして、目と目が合ってしまった。想像していたよりもずっと整った顔立ちだ。が、その表情に苛立ちが浮かんでいるのがはっきりと見えて、部外者にも関わらず私は反射的に頭を下げる。


「私はやめようって言ったんですよ……私は悪くない……」


相手がサクラの敵とはいえ、二人の恥ずかしさの方が圧倒的に勝っている。見ていられなくて、私は下を向きながらぶつぶつと自分を正当化する呪文を唱え続けた。


露骨なため息が聞こえて、准さんの足音が去っていくのを確認してから頭を上げる。彼は玄関前で物々しく立つ戦闘服の警備員に短く挨拶をして、そのまま建物の中へと消えていった。それを後ろから二人がニヤニヤしながら見つめているあたり、もうどちらが悪役か分からない。私は玄関から目を離して、建物の外観全体を見渡す。鉄筋コンクリート二階建てのこじんまりとした会議所は戦前の自治体で使われていたものだったらしいけれど、今ではコミューン間の会談の場所として利用されている。二階には採光用の大きな窓があって、落ちてきた陽を反射して茜色に光っていた。戦前の建物の中でも比較的新しいし、モミジとサクラの狭間という立地はお互い都合が良いに違いない。


「ねえ芽衣、さっきの見てた!? あの顔傑作だったよ。写真もバッチリだし現像して家中に飾ろうかな」

「ああ、うん。見てた」


柚が私に声をかけてきたので視線を元に戻す。彼女は心底満足げな表情をしていて、まるでモミジを倒してやったと言わんばかりだ。まだ決闘すら正式に決まっていないというのに。


「ん、なんか元気ないな」

「別にそうでもないよ。それより、柚の方は緊張とかしてないの?」

「私はまあ……そりゃしてるけど。でも、さっきのでだいぶ楽になったかなー。巨悪も所詮はただの人、枯れ尾花。だから、後は自信持って話せばいいやって」


柚はそう言って軽く笑う。なるほど、さっきの過剰なまでの悪戯は緊張をごまかすためのものだったのか。そう理解すると、二人の行動が途端に納得感あるものに思えてくる。恥ずかしかったことに変わりはないけど。


「なら良かった。柚たちはもう中に入る? 梓さんと和葉さんはもう中なんだよね」

「うん、すぐ入るよ。外で待ってたのは(ヤツ)を煽るためだけだったし。芽衣はこの後どうするの? このあたり、何もないでしょ」


柚が言う通り、会議所の立地は政治的な意味以外でよくない。いや、最悪と言って良かった。建物は山と湖の間にある細長い陸地の山際に建てられているせいで、片方には山で進めず、反対側に進んでも道路を超えてすぐに浜と湖に突き当たってしまう。周囲にある建物といえば民宿の廃屋があるくらいだ。事前に予想していた何倍もの虚無な空間に、覚悟していたとはいえ、意思が若干弱っているのを感じる。だって、ここから会議が終わるまでの間、時間を潰せる場所が湖畔くらいしかないわけで……


「と、とりあえず、湖畔でもブラブラしてようかな」

「……やっぱりアパートに戻ってた方が良かったんじゃないの?」


ジトッとした目で柚がそんな正論をぶつけてきて、弱った精神にいくらかダメージが入る。今なら帰るとしても間に合うかな……なんて考えが脳裏をよぎったけど、頭を横に振って追い出した。そんなことをしたら、ますます柚と英生さんに気を遣わせて距離が開いてしまう。それに……まだ到着していないツバキの長の顔を見る機会は、やっぱり貴重だった。


「いいの、自分で決めたことだから」

「まあ、こういうときの芽衣って何言っても聞かないよね。そこは素直に偉いよ、多分」


私の返事に柚は半ば感心するような声でそう答えたが、その実、私は後ろ髪を引かれる思いだった。が、そうとは口が裂けても言えない。ええい、我慢だ我慢。


「とにかく、湖で体冷やしすぎて風邪とか引かないように。夏だから大丈夫だろうけどさ……っと、父さんが呼んでる。じゃ、行ってくるね」

「うん、行ってらっしゃい」


手を振る英生さんに向かって小走りで走っていく柚を見送る。二人は合流してすぐに会議所の中へと消えていった。

要人や関係者が既にほとんど建物に入ったためか、外にいる人は大分減っていた。まだ残っているのは警備の人と、時折荷物を持って出入りをする設営担当らしき人くらいだ。


「……さて」


私は会議所の壁際、玄関から少し離れた位置に陣取って、唯一姿を現していない()()を待つ。私たちが到着してからずっと見ているが、ツバキの長はまだやってきていなかった。

とはいえ、私がなんでツバキをここまで気にしているのかは自分でも分かっていない。やっぱり三年前に終わったことが理由なんだろうか。でも、それは私の主義に反している。「過去は振り返らない」から自分が生き延びられたのだと思うし、そこを譲るわけにはいかない。

だからこれは……近隣で最も大きなコミューンのトップがどんな人間なのかを見たいだけの、純粋な好奇心。きっとそれだけだ。


「あのう」


会議所の前に伸びる道路を眺めながら考え事をしていると、ふいに隣から声がする。見ると、畑に出るときに着る灰色の作業着に身を包んだ初老の女の人が立っていた。彼女の顔には年齢を感じさせる皺が浮かんでいて、こちらの顔色を伺うように上目遣いで不安げだ。作業着には土の汚れが残っているし、髪の毛も目にかからない程度に短い。ひょっとして農家の方だろうか。相手を怖がらせないよう、私は慌てて笑顔を作った。


「どうしました?」

「大変お恥ずかしい話なのですが、散歩がてら湖沿いに道を歩いてきたら……迷ってしまいまして」

「えっ、このあたりって一本道ですよね」

「そうなんですが。湖が綺麗だなと浜辺を歩いていたら、見失ってしまったんです」

「何をですか」

「言うなれば、冷静さ、理性と呼ぶべきでしょうか。ふふ、人間というのは欲深い生き物ですね」

「はあ?」


言っている意味が全く理解できない。新手の冗談かと思ったものの、声色からして嘘ではなさそうだし。このあたりは湖と山に挟まれた一本道しかないわけで、歩いて来る限りは迷いそうにもないはず……いや、浜辺だけをずっと歩いていたら感覚を失うのかも。相当な方向音痴というか、天然さがないと場所を見落とすことはなさそうだけど。でも理性云々は本当に見当がつかない。


「まあいいです。それで、目的地はどこなんですか?」

「サクラとモミジの『共同会議所』という場所でして。ご存知ですか?」

「えっ?」


彼女の口から飛び出した目的地の名前を聞いて、思わず変な声が出てしまう。思考が一瞬止まってから、改めてゆっくりと回り出した。

いや、でも、よく考えてみればありえない話ではないはず。普段の会議所は一般の会議にも利用されているらしいし、今日が貸し切りなんだと知らずに来てしまったのかもしれない。サクラでは見かけない顔だからモミジの人かな。事前に周知はされていたと思うけど、わざわざ来たのだとしたらちょっと気の毒だ……


「……ここが会議所です。でも今日は大事な会議があって、関係者以外入れませんよ」

「あら、ここだったんですね。ご親切にどうも」


女の人はペコリと品よくお辞儀をして、私の注意を聞かずに玄関へと向かっていく。私は理解が追いつかずに混乱した。どういうことだろう、今日は関係者以外絶対に通ることはできないはず――

とそこまで考えて、ようやくその正体に気がついたのは、彼女が玄関前で警備員とにこやかに会話した瞬間だった。脳に凄まじい衝撃が走ると同時に心臓が大きく跳ねて、脈が一気に加速する。まさか。豪華な車でも、整った格好でもない。農業を仕事にするだけの普通な人みたいな人が?


「――すみません!」

「はい?」


我慢できず、大きな声で女の人を呼び止める。ガラス扉を押して中に入ろうとした()()()は、目を丸くしてこちらへ顔を向けた。


「あなたの名前、教えてもらえませんか」

「ああ、これはとんだ失礼を」


私が名前を尋ねると、彼女は申し訳なさそうに頭を下げて、


「申し遅れました。私は、ツバキ代表の艺涵(イーハン)と申します。以後お見知りおきいただけますと」


まるで本当に農家の人が自己紹介をするかのように謙虚な態度で、あまりにも大きすぎる肩書を述べた。私は頭の芯がピリピリと痺れているのを感じながら、その言葉を咀嚼する。間違いない。いかにも普通そうなこの人こそ、一大コミューンであるツバキのトップ――艺涵さんなのだ。


「差し支えなければ、私からもお名前をお伺いしていいですか?」

「……芽衣といいます。三年前に、ヒマワリからサクラへ移り住みました」

「ヒマワリ、ヒマワリ。ああ、なるほど」


私がぼんやりとしたまま名前を名乗り返す。それを聞いた艺涵さんは背景を察したのか、穏やかな表情を浮かべて答えた。


「芽衣さん、お元気そうで何よりです。過去の決定はともかく、これは今の私の本心ですよ」


本作品は、文芸サークル「変態美少女ふぃろそふぃ。」が2022年に発行した同人誌「東雲銀座広報 ゆり時計」に寄稿・収録されたものを修正・加筆したものです。

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