第一章 四話
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「柚は髪を乾かした方がいいよ。ほったらかしにするからボサボサになるんじゃないの」
「やだよめんどくさいし、誰に見せるわけでもないんだからさ。それに私にとっては、サクラ全体が家みたいなものなのさ……」
「だったらここらへん裸で歩き回れる?」
「なんで私が裸族の設定なんだよ」
着替え終えて外に出ると、日がすっかり落ちきっていた。テントの入口や道路のところどころに配置されたLED照明が、暗闇の中で燃えるように明るく光っている。
「あれ、涼子さんがいない。私的にはラッキーだけど、あの人がサボるなんて珍しいこともあるもんだねえ」
そう柚が言ったのを聞いて、テント横の椅子を見る。確かに、少し前までそこにいたはずの彼女の姿が消えていた。風呂はまだ営業を続けているはずだから、勝手にどこかに行くなんてことはなさそうなのに……
「待って。なんか騒がしくない?」
「……ホントだ。ってか、今誰か叫んだよね」
柚の返事とほぼ同時に、男が何かを叫んだような声が聞こえた。耳を澄ますと、確かに複数人の話し声がする。しかも数人とかではなく、これはもっと人数が多いような……
「近くで人が集まるって言ったら……方角的にも、広場しかない。行こう芽衣、多分これ普通の騒ぎじゃないよ」
表情を強張らせた柚に頷いて返すと、私は彼女の手を取って広場へと走る。暗がりの中、ポツポツと光るLEDを頼りに広場へと向かった。近づくにつれて段々と声が大きくなってくる。あと十数メートルまで近づいたところで、状況がはっきりと分かった。
広場には移動式のLED照明がいくつか持ち込まれて設置されており、それらが照らす先、空間の中心に人だかりができている。人数は男女合わせて三十人くらいはいそうだ。彼らは相当興奮しているようで、大きな声で罵るような言葉を次々に口にしていた。
「クソッ、クソがっ、ふっざけんじゃねえ!!」
「モミジのゴミ共ッ! こっちが下手に出てりゃあ、俺たちをとことんコケにしやがって――」
モミジ、という言葉を聞いて肌が粟立つ。サクラ風呂での柚との会話を思い出し、一度深呼吸をする。同じ間違いはすまいと心の中で決意して再度辺りを見渡すと、集団から少し離れた場所に涼子さんが佇んでいるのが見えた。
「涼子さん! これは一体どういうことですか?」
「なんだ、君たちまで来たのか」
私が声をかけると、涼子さんは目を大きくして驚いた顔で私たちを見る。
「見ての通り、楽しい集まりでないのは自明だろう。それに、芽衣にはあまり馴染みのない話かもしれない」
「……モミジとサクラの話なんですよね」
「ああ。だが今回のは……一言で言えば、十年前の話の掘り返しみたいなものでね」
「十年前っていうと、サクラが出来たときの話ですか」
涼子さんは黙って頷くと、何やら呆れたように小さくため息をついた。私はますます混乱する。確かにサクラの人たちはモミジをよく思ってないだろうけど、そんな昔のことでいきなりこんな騒ぎになるとは思えない。結局、何があったんだろう。
「まあ、細かい話は私から話すよりも……ほら、噂をすれば適任がやってきたようだ」
涼子さんが広場の端を指さす。その先を追うと、広場にいる人よりも一回り若そうな二人組の男女が小走りで集団へと近づいていくのが見えた。男の人はボブヘアーでベージュのTシャツに黒の短パン、女の人は坊主に近い短髪で全身グレーのパジャマみたいな薄着を着ていた。
サクラにおいて、この対照的な二人組といえば誰もが知っている。そう、この二人こそ――このコミューンの代表、梓さんと和葉さんだからだ。梓さんが比較的冷静なのに対し、和葉さんは場を乱すのが好きな性格で、髪型や服装にもそれらが表れている。二人がコミューン代表になった理由は正直分かっていないけれど、ただ、肝心なときに息がピッタリ合うペアだということは周知の事実だった。
「何事だ! おい、落ち着け」
「ああ、待ってましたよ! みんな、やっと二人が来たぞ!」
男の方が集団に割り込んでいくと、集団から歓声が上がるのが聞こえる。涼子さんはそれを遠目に眺めながら、珍しく面白そうに笑っていた。
「我らがサクラの長のお出ましだ。騒ぎも落ち着くだろうし、私は仕事に戻ろうかな。サボりで目をつけられたりしたら大変だ」
私たちに背を向けて風呂のテントの方へと戻っていこうとする。が、途中でふと立ち止まると、
「二人もあそこに混じって話を聞いてくるといい。カリスマがいれば暴動は絶対に起こらないし、特に柚は、事情を聞きたくてたまらないようだからね」
「うっ、なぜバレた……」
「フフッ。それじゃ二人とも、いい夜を」
最後にキザなセリフだけを言い残して、涼子さんは今度こそ夜の暗がりへと消えていった。
私と柚はお互いに目を見合わせて、どうするかを小声で話しあう。結局すぐに結論は出て、二人で集団へと近づくことにした。涼子さんが言うように柚は話の内容にすごく興味がありそうだったし、私もサクラの一員として騒ぎの理由を知りたかったのだ。
「いいから落ち着いてくれ。おいそこ、どさくさに紛れて服を脱ごうとするな」
「ねえ、興奮してると脳卒中になるリスクも上がるらしいよ。もう歳なんだから、みんな静かにしてくれるかな。あるいは、服を引き裂いてあげる」
「和葉も余計なことは言うな、ややこしくなるだろ」
「でもさ梓。人って、脅せば言うこと聞いてくれるんだよ……?」
「革命で殺される独裁者みたいなことを言うんじゃない」
梓さんと和葉さんの二人が、お互いにじゃれ合いながら騒いでいた集団をなだめにかかる。二人の独特な語り口もあるが、もとより周囲からの信頼がとても厚い。燃え上がっていた炎が水を注がれて鎮火するように、たちまち集団は落ち着きを取り戻していった。
「やれやれ……で、この騒ぎの原因は一体誰なんだ」
人々が静まったタイミングで、梓さんが呼びかける。すると集団の中から、襟の付いた白いワイシャツに黒のスラックスを着た天然パーマの男の人が歩いて出てきた。今どき戦前の整った服装をする人間は珍しい。が、そういう役職なら話は別だ。
「そりゃ多分俺だな、兄妹。実はコトが起きてからすぐ二人に伝えに行こうと思ったんだが、つい口を滑らせちまってよ」
「……孝介、お前の渉外力が高いのは助かってるが、脇が甘いのは外交担当者として致命的だぞ」
「わりぃわりぃ、いやー、俺も歳かねえ」
サクラの顔――外交・渉外役の孝介さんがヘラヘラとごまかすように笑う。一見すると単なるお調子者のように見えるこの人は、その実すこぶるやり手の交渉人らしい。私もサクラへ正式に入るときに話したことがあるけれど、とても話がうまく段取り上手だったのを覚えている。私がサクラで不当な扱いを受けないよう、孝介さんが住人へ事前に根回しや共有をしてくれたというのも、入って数ヶ月後に涼子さんから聞いたんだっけ。単に最初から周りがみんな優しく接してくれていると思っていただけに、影で調整に動いてくれていた人がいたと知ったときは、自分を恥じると同時に一生足を向けて寝られないと思うほどに嬉しかった。
そんな孝介さんがこの騒ぎを起こした原因ということに、私は若干モヤモヤとする。説得が得意なこの人がこんな風に話を大事にするなんて……いや違う、逆にこれを狙ったのだとしたら。
「でもなあ、お二人さん。今回に限っては隠してもしょうがねえんだよ。むしろ、これはサクラ全員が知るべき重要なことなんだ。話さずにはいられねえって」
「つまり意図的か。俺と和葉が黙って事を進めないよう、ここまで騒ぎを大きくしたわけだ」
「何のことやら。俺は二人のこと信頼してんだぜ? まあ、やや合理的すぎる面はあるけどな」
「……忠告は受け取っておく。改めてになるが、何があったか聞かせてくれ」
「よし」
やはり、この状況も孝介さんが思い描いていた通りのものだったらしい。よく分からないけど、サクラのトップ二人への牽制だったのかな。孝介さんは満足げに指をパチンと鳴らすと、表情を真剣なものに一転させて、ようやく真相を話し始めた。
「単刀直入に言おう。つい先程、モミジ側から直々に申し入れがあった。『サクラをモミジに再併合する準備ができた』だそうだ」
その言葉を聞いて、隣で柚が息を飲む音がした。固い表情で孝介さんが話を続ける。
「向こうの言い分としては『交易拡大と製品技術向上のため、緊密かつ対等な関係になりたい』ってことで、サクラの情報技術全体の買収が目的だろう。昔風に言うんならエムアンドエーってやつだな。待遇の改善について、交渉の場を設けているとまで言ってきた」
「……」
「ただ同時に、はっきり言われたことが一つ――『モミジは、十年前の約束を果たすためにここまでやってきた。断るなら、今後の関係については見直さざるを得ない』だそうだ」
「つまり?」
「現状のサクラが、必需品輸入のおよそ六割をモミジに頼らざるを得ない状況ということを踏まえれば……割と直接的な脅迫だな」
既に聞いていた話だからだろう、集団は静まりかえっている。梓と和葉の二人も腕を組んで話の整理と思考を巡らせているようだ。隣の柚は唇を引き結び、拳を握りながら小刻みに震えている。
「フフッ、足元を見られているとみて間違いないのかなー、これは」
最初に沈黙を破ったのは和葉さんだった。不敵な笑みを浮かべながら、どこか楽しげにそう口火を切る。全身グレーという格好も相まって、まるで悪役みたいな存在感を放っていた。
「元はといえばあっちが始めたことじゃん。今も向こうの製品に載せる制御用プログラムの大半はこっちが書いてるのに、得られている資源は渋い」
「だが、モミジがなければサクラは生きていけない。こちらの人数、技能、設備に限りがあるのは事実だ」
「水道・燃料・電気……インフラさえモミジの設備や技師を借りなきゃ維持できない。そういう意味ではありがたい存在だけど」
「だからこそ思惑通りに動かされているというのが正確だろう。俺たちは対価として労働力を差し出すよう仕向けられているわけだ」
好戦的な意見を和葉さんが述べると、対する梓さんが厭戦的に半ば擁護のような意見を出す。その逆もしかり。これを続けて代表同士で意見を出し合い結論を導く――ディベートのような意思決定をサクラが採用しているからこそ、代表が二人存在する必要があるんだと聞いたことがあった。こうして実際の場面を見るのは始めてだけど、二人には迫力が感じられる。カリスマ、と涼子さんが言った意味が少し分かった気がした。
「現状で人員・設備・資源供給を増やすのは困難。だから従うしかない……なんて、あまりに既定路線すぎるね」
「抵抗ゼロとなると今後に支障が出そうだ。いっそストライキでも起こせば、向こうの敷いたレールからは外れられるかもしれんが」
「でも、サクラの強みは情報系技術だよ。資源も少ない現状でストを起こしたところで、持続性は絶望的じゃないかな」
「同感だ。しかもその場合、住人にとっての最善手は……」
「あー、寝返る人が出るのも向こうの計算に入っていると」
「准なら当然、そのための案も練ってるだろう。そうして分裂が起きたら、最悪だ」
「くーっ、こりゃ参ったねえ」
頭を掻きながらぼやく和葉さんと腕を組みながら静かに策を練っている梓さん。二人に対して群衆の中から女の人が一人、手を挙げてこう尋ねた。
「併合によって資源へのアクセスが増えるなら、悪い話じゃないんじゃない? 下手に突っかかるよりは併合を認めた方が得なんじゃ」
「そりゃ、今はそうかもね」
彼女の質問に対し、和葉が小さく笑いながら回答する。
「でもさ、十年前に私たちが何をされたのかを思い出してみなよ」
「それは……」
「当時は情報系技術の価値がなかったから、私たちは切り捨てられた。今のモミジは製品の高度化のために情報系技術が欲しいから、私たちを併合しようとしてる。あっちからすれば人ではなく技術が問題だっていうのは一貫してるわけさ。だからサクラと『緊密な関係』になった現モミジが望んでいた技術を手に入れてしまえば、私たちは用済みになりかねない。素直に信用できない相手だっていうのはみんな分かってるはずで、だからこそ、こちら側に有効な武器がないのが問題なんだ」
和葉に論破された女の人は、残念そうにうなだれて黙ってしまった。梓さんも特に反論がないのか、腕を組んだまま考え込んでいる。情報を整理すればするほど、見えてくるのは現在のサクラの窮状だ。十分な資源はなく、モミジに対する立場は弱い。別のコミューンにパイプがあるわけでもない。しかしこのまま無抵抗に併合を認めてしまえば、有事に至る可能性も否定できない。情報技術が要のサクラから技術が抜かれたら、もはや滅ぶだけ。戦うにしても肝心の武器が見つからない。
私は怒りや焦り、諦めを浮かべる人々を眺めながら、三年前のこと――かつて私が住んでいたコミューンの最期を思い出していた。追い詰められて最悪の手段を選んだ結果、人が死んで、どうしようもなくなって……最後に残ったのは、死んだ人の血と骨だけ。
あの時私は悟った。人と人が繋がり合う原始的な世界で、力のないコミューンは遅かれ早かれ同じ道をたどる。優しさだけで生きていくことはできない。
今の私たちに必要なのは、敵と戦うための、誰かを守るための、生き抜くための――力。
「ねえ芽衣。私たちは、どんな形であれ戦うべきだと思う? たとえ負ける可能性があったとしても」
だから、柚が小さな声で私にそう問いかけてきたとき、
「サクラの政治とか未来とか、そういうことは分からない。でも、大事な居場所を失う悲しみ、何かを奪われる悔しさは分かるよ。だから――そういうのは、もう誰にも経験してほしくない」
はっきりと、私は答えた。
「そのためには、やっぱり『勝つ』しかないって、私は思う」
「よーし。その言葉を待ってた!」
私の返答を聞いて、柚は満足げに頷く。そのまま背後を振り返り、勢いよく広場の入口の方へ走っていって、
「だってさ! ねえ、どうせそこら辺で聞いてんでしょ!」
彼女は、広場の外に向かって大声で叫ぶ。周囲の人は呆気にとられているが、柚は至って本気のようだった。まるで、そこに誰かがいると確信しているかのように――
「十年の結晶……今こそ、アレを使うときだよね!?」
「――ああ、そうなんだろうな」
柚の必死の呼びかけに、男の人の声が答える。外の暗闇から足音がしたかと思うと、誰かがゆっくりとこちらへ歩いてくるのが見えた。
そのシルエットはそのまま広場に足を踏み入れ、中央へと歩みを進める。そして――
「突然どうしたんです、英生さん」
人々がざわつく中に現れたのは、紺色の作業着姿で、凄みを感じるほどに真剣な表情をした英生さんだった。
「梓、なんだその目は。まるで俺の気が狂ったとでも言いたげだな」
「あなたの過去と実力を知っているがゆえにね。今回の件で義憤に燃えて暴走するんじゃないかって、正直ヒヤヒヤしてるんですよ。モミジに対する英生さんは、まるで鬼だ」
「言ってくれるじゃねえか、若造」
「恐縮ですが、事実でしょう」
英生さんが現れるや否や、梓さんと火花を散らすような睨み合いが始まった。見る限り、過去にひと悶着あったらしい。言葉遣いからして敵対しているわけではなさそうに聞こえるけど、良好というわけでもなさそうだった。
ひとしきり二人がお互いに牽制し合ったところで、英生さんがわざとらしく息を吐き出す。
「まあいいさ、今日は喧嘩をしにきたわけじゃない。だが、甘く見てもらっちゃ困るな。俺とてこの十年、ただモミジを憎悪してきたわけじゃない。相手を冷静に評価して、ひたすらを刃を研いできたんだ。なあ、柚」
呼ばれた柚が英生さんの隣に立つ。父親の迫力に負けないくらい、柚も自信に満ちて凛とした表情をしていた。
「父さん、ついにアレを使うときが来たんだね」
「その通りだ、我が娘よ」
「ハハハハハッ」
「クククククッ」
「……この親子は相変わらず訳がわからないな」
親子で悪役みたいに噛み殺した笑い方を始めた二人を、やれやれと冷めた目で和葉さんが観察している。
「二人に確認しておくけど、結局物騒な話になってないよね? 英生さんは機械系の優秀な技術者って知ってるからこそ怖いんだよ、『家でミサイル作ってました』とか言われたら洒落にならないから」
眉間に皺を寄せながら、和葉さんが英生さんに詰問する。態度が厳しいあたり、本気でその可能性を心配しているようだ。そしてもちろん、和葉さんがここまで武力について過敏になっているのには理由がある。
「コミューン協定……ただでさえ人口が減った人類と、第三次大戦の文字通り破滅的な破壊から反省を得て、コミューン間に設けられた数少ないルール。そのうちの一つに『専守防衛を除くあらゆる戦争の禁止』が入ってる。少なくとも日本列島では有効だし、反したら各コミューンから制裁を受けかねない。万が一でも交易や移民を全拒否されたら、全滅間違いなし」
サクラやモミジなどのコミューン同士は『コミューン協定』というルールを介して複雑に絡み合っている。資源や技術などの力がなければやっていけない一方で、武力や暴力を行使すればたちまち制裁……他のコミューンからあらゆる面で相手にされなくなる仕組みだ。これのおかげで、特定のコミューンが一気に勢力を拡大することを防いでいる。
逆に言えば、武力以外を握っているコミューンは、合法的に立場が強いということで――
「大前提として、制裁を受けない程度までなら喧嘩は自由。その上で一応言っておくと、私たちが喧嘩を売ってはいけない相手は決してモミジじゃない。モミジは所詮取引先に過ぎないし、彼らだって資源の面では仲介者でしかないからね。だけど、資源を生産するコミューンには絶対に喧嘩を売っちゃいけない。それはつまり、私たちの隣にあるもう一つのコミューン……一次産業を握る資源大国『ツバキ』だ」
ツバキの名前は誰でも知っている。この周辺地域で最も大きなコミューンで、モミジから渡ってくる資源の多くを輸出している大元だ。生活苦から武装蜂起しようとした『ヒマワリ』を制裁で潰したこともある。協定に逆らえば、息の根を止められるのは間違いない。
私は、ツバキのことならよく知っている。この時代において、資源を握るコミューンがどれだけ強く、恐ろしいかを知っている。だって――生活苦から略奪を画策して制裁された愚かな『ヒマワリ』こそ、私の故郷だったから。
「ツバキに目をつけられたら、たとえ完全な制裁じゃなくたって終わり。武器製造を理由に食料や資源の禁輸措置なんてされたら――」
「んなこと知ってるさ。だからミサイルみたいな破壊兵器はありえんし、そもそも作るだけの資源もねえよ」
「だったら何さ。ぼかさず答えてよ」
やや苛立った口調で英生さんが反論したのに対して、ますます分からないという顔で和葉さんが更に問いただそうとする。英生さんは片手でそれを静止すると、一つ咳払いをして逆に問いかける。
「ここでヒントだ。今の協定――戦争禁止の話において、重要な例外がすっぽ抜けてたのは気づいてるか?」
「……まさか、『決闘』するつもり?」
「そうだ」
驚いて訊き返した和葉さんに、英生さんが堂々と頷く。
「『両コミューンから代表を一名のみ選出し、第三者監視のもとで事前合意した対決の実施については認める』って決まりがある。つまり戦争は禁止だが、一対一のタイマンなら合法だ。さらに、結果に対する合意内容の履行義務もある」
「いや、でも正気? 仮にそれができるとして……モミジが乗るとは思えないよ。あっちの方が現状有利なんだ、わざわざ自分らが不利になるかもしれない決闘なんてするわけない」
「だから相手の得意分野で挑むのさ。こっちが負けたら相手の要求を追加で呑むって条件付きにすりゃ、高を括って乗ってくる可能性は十分ある。幸い、こっちには交渉のプロもいるしな」
そう言って英生さんが孝介さんに目配せすると、彼はまだ対応を考えあぐねているのか苦笑いでお茶を濁した。大胆すぎる発想に困惑している和葉さんの隣で、真剣な面持ちの梓さんが改めて問いかける。
「さて英生さん、具体的に、改めてお訊かせ願えますか。あなたは、一体何を作ったんだ?」
「クク、それはな」
英生さんはニヤリと笑みを浮かべると、一際大きな声ではっきりと答えた。
「戦時中に俺が国からこの地域に呼ばれた理由であり、旧モミジで開発主任をやっていた俺の専門分野。すなわち――――強化外骨格だよ」
本作品は、文芸サークル「変態美少女ふぃろそふぃ。」が2022年に発行した同人誌「東雲銀座広報 ゆり時計」に寄稿・収録されたものを修正・加筆したものです。