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第一章 二話

***



「二〇四二年。第三次世界大戦の勃発と化学兵器と核爆弾により、世界は崩壊してしまいました」


学校の教室の席に座っている私は、()()が話しているのを聞いていた。今日の先生役で来た女の人は淡々としすぎていてハズレだ。というか見覚えがある顔な気がするんだけど、誰だっけ。微妙に思い出しきれず、うーんと悩んだまま窓の外を眺める。青空の下、グラウンドには仮設テントがいくつか建てられている。大人たちはテントの中に色々な荷物や機材を置いて何やら作業しているようだ。窓辺にはモンシロチョウが飛んでいるのも見えた。かわいい。


「芽衣ちゃん、よそ見しない」


外を見てボーッとしていた私は、先生に注意されてしまった。「ごめんなさい」と言って、私は机の上に広げてあった紙に目を通す。紙には文字と絵が鉛筆で手書きされていて、字は少し読みづらかった。少しだけ顔を動かして、こっそり周りの席を見てみる。今日の出席者は八人ほどで、みんなうつらうつらとしているようだ。うーん、やっぱり今日はハズレっぽい。


「戦争の影響で、数十億人だった世界人口は一億人にまで減少したといいます。欧州秩序は完全に崩壊し、アメリカでは大規模な内戦が発生したそうです。ただ、核戦争による破壊とインターネットの遮断により、海外の詳細は伝わっていません……」

「……日本では、東京を中心にいくつもの核爆弾が投下され、各地の主要な基地には化学兵器などが用いられました。結果、多くの街が破壊され、総人口は八百万人ほどまで減少しました。そして日本という国……というより、世界中の国家という仕組みがことごとく崩壊し、代わりに人々は無数の共同体、いわば大きめの村社会に籠もって生きるようになりました。これを、私たちはコミューンと呼んでいます。それぞれのコミューンには名前がついていて、例えば私たちは『ヒマワリ』ですね……」

「……生き残った人々は戦争の悲惨さを反省し、コミューン間の争いは『決闘』という代表同士の戦いに限定することにしました。他にもいくつかの統一ルールが決められていて、これらを破ったコミューンは、他のコミューンから取引や交易を拒否されます。今はコミューン同士の取引がないと生きていけないので、一度破れば……」


先生の濃淡のない話し口調に乗せられて、周りと同じく私もうとうととし始めた。視界がもやもやとし始める。春のうららかな温もり、穏やかな時間。授業の話は、さながら子守唄のようだ。


……ああ、子守唄で思い出した。そうだ、確か、この人は――


ハッと顔を上げる。もう教室はなくなっていて、私はひび割れたアスファルトに立ち尽くしていた。周囲の家の窓ガラスはことごとく叩き割られ、軽自動車が家の塀に突っ込んだまま放置されている。先の脇道にリュックサックと衣類が散乱しているのが見えたので、恐る恐る様子を確認しに行くと、


灰色のブロック塀に挟まれた狭い道を塞ぐように、大人と子どもの死体が横たわっていた。ハエが狂ったように飛び回る下で、地面には大きな赤黒い染みができている。大人の死体の顔には見覚えがあった。

だって、さっきまで黒板の前で話していた人だったから。


「芽衣ちゃん」


死体の口元がゆっくりと動いて私の名前を呼ぶ。生気のない顔なのに、声は不思議と優しく聞こえた。


「ごめんなさい、最後まで名前を覚えてあげられなくて」


私は女の人……先生にそう告げて、ゆっくりと目を閉じる。夢、記憶の狭間から抜け出すために、大きく深呼吸をして。

私は、いつもと同じように目覚めの呪文を唱える。


「終わったことは、振り返らない」



***



気がつくと、既に日が落ちかけていた。風に揺られてリンと風鈴が鳴る。夕方の風鈴はどうしてこうも寂しげに聞こえるんだろう。


ふと手元を見ると、いつの間にかグラスはなくなっていた。代わりに私の隣に柚が座っていて、こちらの肩に頭を預けながら気持ち良さそうに寝息をたてている。柚からちょっとだけ汗の匂いがして、一瞬ドキリとした。


「ごめんな、起こしちゃったか」


食卓の方から声がする。首を回すと、英生さんが机の上から端末や機械を片付けているところだった。声と動作から若干の疲労感が伺える。今日の分の仕事がようやく終わったということなのだろう。


「いえ、私は大丈夫です。そうだ、そろそろご飯……柚も寝ちゃってるので」

「いいよ、作っとくから。どうせ朝も俺がやったんだ、柚の当番は明日にずらしとけばいいし。それより風呂が始まるだろうし、先にそっち行ってきな。今日は燃料の都合で閉めるの早いって連絡来てたろ」

「そういえばそうでした。柚は?」

「起きそうなら連れてってもらえるか? 汗かいてるだろうし。まあ夏は水でいいとか言うかもしれんが」

「りょーかいです」


英生さんが荷物を持って部屋を出ていくのを横目で眺めながら、柚を小突く。「うーん」という声を上げて、柚が目を開けた。とろんとした寝起きの目をしている。


「あー芽衣ぃ。おはよ」

「寝ぼけてないで、もうお風呂の時間だよ。それに、約束したのに英生さんに家事やらせるなんて」

「……え?」


私が時間を告げると、柚は一瞬固まってから慌てて立ち上がる。飛び起きた犬みたいに俊敏な動作だった。普段はグータラしていても、柚の運動神経はかなりいいことを私は知っている。昔近くのおじさんに習ったとかで、なんとか拳法とかいうのもそこそこできるらしい。


「うそ、ちょっとだけ昼寝のつもりだったのに! ごめん芽衣ぃ、約束は破っても、私のこと嫌いにならないでぇ」

「破ったのは柚だけどね……じゃあ、代わりに明日はちゃんとできる?」

「やる! やります! やるから!」

「なら、嫌いにならないであげる」

「さすが芽衣様、芽衣お嬢様、ありがとうございます! 一生ついていきます!」


私の手をとってブンブンと上下に揺らしながら、寝起きの謎テンションで柚が喜ぶ。リンと風鈴が鳴って、彼女のぼさついた長い髪とベージュのシャツがはためく。もう十七だっていうのに、柚は随分と子供っぽい面がある。私と一歳しか変わらないというのが驚き……と言ったら失礼かな。


風の吹き込む窓を開けてベランダに出る。山麓を背景にして、物干し竿からハンガーで吊るされたタオルと衣類がひらひらと揺れていた。弱まった日差しを右手で遮りながら、二人分のタオルを外して手に取ってみる。軽く揉んでみたが、夏の爽やかな天候のおかげでしっかり乾ききっているようだった。部屋にいる柚にそれを手渡して、手早く残りの洗濯物も取り込む。山の天気は変わりやすいので、忘れていると洗濯し直しになりかねない。


「芽衣ー、まだー?」

「文句言う前に手伝うことを覚えなよ、っと」


最後の洗濯物を部屋に放って中へと戻る。念の為窓を閉めてから振り返ると、柚が私のタオルと畳んだ寝間着を差し出してくれた。


「えらい」


そう言って子供みたいに褒めると、やっぱり、柚はまんざらでもないという風に笑ってくれた。

本作品は、文芸サークル「変態美少女ふぃろそふぃ。」が2022年に発行した同人誌「東雲銀座広報 ゆり時計」に寄稿・収録されたものを修正・加筆したものです。

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