間章 一話
――少し前、コミューン合同会議にて――
「ありえない」
眼の前の現実を、俺の脳が受け入れることを拒否している。なぜか? 当然だ。眼前にあるのは――かつて俺が設計を進めていた、幻の強化外骨格なのだから。
紫を基調とした合金の装甲が、入口に立つ装着者の全身を覆っている。装甲は電灯を受けて鈍く光っていて、顔もフルフェイスのマスクに隠されていた。中に入っているのがどんな人間なのかもまったく分からない。
――モミジが生まれる前に頓挫したはずの計画が、なぜ完遂されている? 設計すら完成せず、試作機も作られていなかったというのに。これじゃ、まるで亡霊じゃないか。
「みなさんにご紹介します。これが、モミジの開発した最新の強化外骨格……量産型戦闘用の『参型』です」
部屋にスーツを招き入れた准が、澄ました顔で淡々と説明する。会議の頭から妙に落ち着いてやがると思っていたが、クソ野郎……
「量産型ってことは、もう完成してるってことかな」
表情を平静に保ったまま、和葉さんが確認した。一方で表情とは裏腹に、普段よりも声が上ずっているように聞こえる。なにせ想定外の状況だ、焦らないほうが不自然だろう。
「ええ。レーンにはまだ乗せていませんが、月あたり数機は製造できる見込みです」
「ふーん。で、それを使って何をするつもりなんだい? ひょっとして、サクラを武力でねじ伏せるつもりとか」
「まさか。武力行使なんてしたら、そちらの女帝……艺涵さんは迷わず我々を制裁するでしょう。土地柄、モミジは食料や燃料をツバキからの輸入に頼らざるを得ない。つまり、コミューン協定に背けば全て終わりです……さながら、数年前のヒマワリのように」
そう意味深な発言をして、准が部屋の奥に座る艺涵に鋭い視線を向けた。何を考えてるかまでは読めないが、彼女を相当警戒しているらしい。一方の艺涵は自身を睨みつける准を意に介さず、終始、穏やかな表情を崩さなかった。
「あら、そんな睨まないでください。モミジ――間接的にはサクラも――ツバキにとって大事な取引相手です。モミジの機械はツバキの産業にも大きく貢献していますし、資源を盾に脅すような真似はしませんよ。そんなことが露見したら、ツバキもタダでは済みません」
「ええ、我々もツバキが脅しをかけてくるとは思っていません。ただ……コミューンが勝手に内紛を起こす分には、ツバキに何のリスクもない」
「……些か抽象的すぎますね。どうぞ、はっきり仰ってください」
「いいでしょう。端的に言えば――ヒマワリ崩壊直後、土地と扇動者の両方がツバキに移ったと聞いています。あまりに都合が良すぎませんか」
「空いた土地を使うのも、難民の方を暖かく迎え入れるのも、コミューンとして当然のことでは?」
「なるほど、さすがは大陸屈指の実業家だ。随分と寛大な心をお持ちのようですね」
「そんな昔話を持ち出すなんて、随分と品がいいですこと」
二人が互いにバチバチと火花を散らす。ヒマワリの事件について、准はツバキが糸を引いてると思ってるらしい。ああ、艺涵を警戒していたのはそういうことか。
イライラして頭を掻きむしる。ふざけんなよ、こっちは決闘についての会議をしに来てんだ。関係ねえことをツラツラ語ってんじゃねえよ。
「おい、くだらねえ喧嘩なら後にしろ! 俺は決闘の申し入れのためにここへ来てんだよ」
そう怒鳴ると、准は鋭い目つきのままこちらに視線を戻した。まだ不満そうだが、ここで争うのはやめたらしい。艺涵は変わらず微笑を顔に張り付けたままだった。俺は仕切り直してスーツの詳細を尋ねる。
「そのスーツ、どうやって作った? 戦闘用は俺が途中まで設計したきりだったはずだ」
「ええ。確かに、英生さんの設計は未完成でした。ですが、スーツに携わっていた技術者はあなただけではありません。私と他の技術者も数名、初期設計に関わっていたことは当然ご存知でしょう?」
「チッ――」
「結論、戦時中に英生さんが作っていた初期設計と作業用の壱型をベースに、我々が再設計して完成させたのがこの参型となります。この分野であなたほど腕がいい技術者はいませんから、設計には二年半ほど要しましたが」
俺は無意識のうちに舌打ちしていた。話の通り、准が戦闘用の初期設計に関わっていたことを思い出したからだ。追加の設計完了に二年半は長いが、俺がいなけりゃそれくらいかかるだろう。それでもきっちり完成させてくるあたり、腐っても天才設計者と言われるだけはある。モミジの製造設備が当時以上なら組み上げに半年もかからないだろうし、ハードについては辻褄が合う。だが……モミジにとっての弱点はそこじゃない。
「制御用プログラムはどうした? 戦闘用スーツ向けのプログラムをサクラが請け負うなら、俺のところに話が来ないなんてありえねえよな。だが俺はそんな話を知らん。そして、お前らで内製できるほど単純な代物じゃないのも分かってる」
「もちろん内製はしていませんよ。仰る通り、我々だけで作れるものではないでしょう」
「だろうな」
「ですからファームウェアは、弐型向けに発注したものを利用しました」
「……ふざけてんのか?」
「いいえ」
咄嗟に訊き返した俺を、准は首を横に振って否定した。弐型? 何を言ってる、あれは作業用だろう。ファームウェアは俺と柚で書いたのを覚えてるが、戦闘用の挙動なんて一切サポートした覚えがない。あんなの使いまわせるわけが――
「納品された弐型のファームウェアをモジュールごとに小分けし、新製品用のプログラム改修としてサクラの方々に発注し直しました。時間はかかりましたが、サクラの開発力は流石でしたね」
耳を疑う。小分け? 再発注? 新製品用って、つまり嘘の説明をしてたってことか?
本当に、コイツの行動原理が全く理解できない。
なあ、准、どうしてだよ? なんで、そこまでして俺たちを追い詰めようとする? そんなにもサクラが憎いのか? そんなにもサクラを潰したいのか?
なあ、准。お前は、俺たちサクラの人間を……一体、何だと思っているんだ?
「……それってつまり、私の書いたコードが使われてるってことですか?」
隣で柚がそう尋ねると、准は一言「はい」とだけ答えた。それを聞いた柚は、小刻みに震えながら、心底可笑しそうに笑い始める。部屋に彼女の笑い声だけが響いた。
「あ、あはは……そっか、私が父さんのために張り切ってコードを書いたせいで、参型が……」
「……」
「こんなバカバカしいことって、なかなかないよね? あははっ……ははっ!」
パチン。強がって痛々しく笑う柚の声が、とうとう、俺の頭の中の何かを派手に断ち切った。
俺は椅子を蹴り飛ばして立ち上がる。もう我慢の限界だ。ああそうだ、コイツにはこれ以上付き合ってられねえ――
「ぶっ殺す――――――――」
「やめろ! 二人とも落ち着くんだ!」
飛び出そうとした俺の腰に、梓が組み付いてくる。振りほどこうとするが、足元や腕も掴んできているせいでうまく力が入らない。なぜ邪魔をするんだ! どけよ、どいてくれ! 俺は内側から燃え上がる衝動に身を任せて叫ぶ。
「離せッ! コイツは一線を超えた! 俺だけじゃねえ、柚も利用して傷つけやがって――」
「手を出せば協定違反、サクラは終わりだ! そうなったら、英生さんの努力も全部無駄になる!」
「んなこと、言われなくたって分かってるよ! だが、こんな……クソ、クソがっ……」
分かっている、分かっているんだ。艺涵の見ているこんな場所で准を襲えば、協定違反としてサクラが吊るし上げられかねない。参型だって完成してしまっている。仮にコイツを殺せたとしても既に遅い。何も得られるものはない。
梓に押さえつけられている体から、徐々に力が抜けていく。表情一つ変えない准を、俺は刺し殺せるくらいの強さで睨みつけた。
「なあ、なんでここまでする必要があるんだ? 分かってんだろ、こっちはただ幸せに生きたいだけだって……それが悪いのかよ」
俺はよたよたと移動して、蹴り飛ばした椅子に再び腰を下ろす。梓はそこでようやく俺の体から離れると、何度か咳き込んでから自分の席へと戻っていった。
「ご質問に対する回答は二つあります」
准は声のトーンを維持したまま、こちらを睨み返して答える。
「まず一つ目。私は十年前に『近い将来、元に戻す』と宣言しました。約束を守るのが信条の身として、これはきちんと果たさせていただきたい」
「……」
「二つ目。現状、お互いにコミューンが小規模過ぎます。このままでは、今後大きな敵が現れたときに太刀打ちできません。参型もそのために開発しましたが、完璧には遠い。この性能と完成度を高めるには、電気・機械系だけでなく、情報系の力が必要です」
「ハッ、ふざけんなよ。元はといえば、全部お前らが――」
「切り離しは苦渋の決断だったと、あのときも言ったはずですが」
俺が話している途中で、准が食い気味に割り込んできた。思わぬ態度に言葉が詰まる。准も過熱の自覚があったのか、こめかみに手を当てると何回か大きく呼吸をした。
「……十年かけて、モミジは最悪の状況から立て直しました。製品輸出で安定した資源の獲得に成功し、サクラを受け入れてもやっていけるだけの体力が戻った」
そう言葉を続ける准からの話し方からは、既に過熱した印象が感じられない。数度の呼吸で落ち着くあたり、相変わらず機械みたいなやつだ。
「併合後、サクラ側の待遇改善も約束します。私たちはもう一度手を取り合うべきだ」
「チッ、クソが」
俺が苦し紛れにそう吐き捨てる隣で、話を聞いていた梓が大きく息を吐き出した。
「和葉、これは」
「うん。悔しいけど、この場は仕方ないかな」
梓と和葉がお互いに頷きあう。それからすぐに、梓がこう切り出した。
「准さん。紹介いただいた参型の件も含め、我々は一度持ち帰って検討しなおしたい」
「もちろんです。実のところ、こちらも最初からそのつもりでした」
「なら、こちらが決闘を申し入れた段階で情報共有いただくのが筋だったのでは。そうすれば、ここまで混乱することもなかった」
「モミジとして、サクラ側の反応を直接確認したかったものですから。配慮に欠けた点があったことは、深くお詫びします」
「……」
恭しく頭を下げた准を、俺たちは全員冷めた目で見つめていた。ハナから詫びるつもりなんかなかったのは一目瞭然だろう。コイツは会議を利用して、参型を誇示した上で俺らの意欲を削ぎ落とそうとしただけだ。
「一週間待ちます。その間、決闘するか改めてご検討ください。ただ――何事も早いほうがよろしいかと」
「それはこちらが決めることだ」
「失礼。では、いい返事をお待ちしています」
そう告げると准は立ち上がって、颯爽と部屋の入口へ向かって歩き出す。が、途中で「ああ、そういえば」と立ち止まり、部屋の反対側で微笑み続けている艺涵へ振り返った。
「艺涵さん、ここに来る途中でわざわざ下車したそうですね。もしご不快でなければ、その理由をお伺いしたい」
思わせぶりな問いかけを聞いた艺涵は、クックッと小さく声を出して笑う。抑えられた笑い声はどこか演技じみていて、全く不気味だ。
「いえ、湖があまりに綺麗だったもので。風景を眺めながら向かおうと思ったんですが、おかげで道に迷ってしまいました。フフ、ツバキにも欲しいくらいに美しい光景でしたよ」
「……なるほど。ご回答ありがとうございます」
准は再び踵を返すと部屋の外へと去っていく。その後ろを、アクチュエーターの機械音を響かせながら参型が追いかけていった。
二人が出ていってまもなく、音もたてずに扉が閉まる。部屋にはシンとした静けさが戻った。俺は出ていった参型の姿と、作業部屋に残してきたスーツの両方を思い出す。脳内でその二つを比べようとしたところで、俺の胃から急激に、強い不快感がこみ上げてくるのを――
「うぷっ――」
咄嗟に口元を抑えようとした。だが、せり上がる液体の速度に勝てず、防ぎ損ねたものが勢いよく外へと吹き出す。
「っ…………」
指の間を縫って、ぽたり、ぽたりと、粘ついた体液が滴り落ちる様を眺める。咥内にも広がったそれは、すえた苦味と――
――言葉では表しきれないほどに、屈辱的な味がした。
本作品は、文芸サークル「変態美少女ふぃろそふぃ。」が2022年に発行した同人誌「東雲銀座広報 ゆり時計」に寄稿・収録されたものを修正・加筆したものです。