第5話:最下層の世界
それを見ていたリーダーは腕を組むと、和姫を庇うように自分の後ろに回した。
「じゃかぁしい。女で村の1年分以上の儲けが出るんじゃ。お前ぇのせいでそれがぱぁに出来るか」
自分以外の全員の非難の目にも、男は口を尖らせる。
「でも、ばれな、かまわねぇだ」
「ばれないわけねぇ。奴等ぁ全部調べる。文句があるなら、さっさとこの村から出てけ」
眦を上げながらがなるリーダーに彼は周りを見回す。
食料となる草木は殆ど枯れはて、栄養となるものは人の屍と金で購入する上級階級の人間が売りつける食品のみ。屍とて、集落ごとに奪いあうこの世界だ。一人で行動することがそのまま死を意味することぐらい、愚鈍な彼でも本能的にわかっていた。
「じょ、冗談……言うただけだぁ。本心じゃねぇ。それだけは簡便してくれぇ」
男の見苦しい命乞いにリーダーは鼻を鳴らすと、
「ここぉ、最近、うちの商品が安く買い叩かれてるのはお前ぇのせいじゃねぇかと疑う者もぉ出てきとるからな。言動ぉにゃ気をつけるぅこった」
と毒づき、男以外の村人に視線で指示を出す。
彼らは蔑むように舌打ちをし、怯えて声も出せずにいる和姫を両脇から持ち上げた。
「や……いや……」
喘ぐようにあげられる抵抗の声は、完璧に無視される。
嫌悪であの時みたいに自分の身体から『能力』が出そうになる。
しかし、『暴走』は目の端に写った光景により終息した。
(………あ)
先ほど和姫の髪をなでていた女性が、子供の方へと歩いていく。子供は大人より優遇されているのか痩せてはいるものの大人よりも肉付きはいい。
子供は彼女の息子らしく、笑顔で女性を迎えていた。
笑顔につられたのか彼女も先ほど和姫に見せていたのとは違う表情で応え、その表情のまま和姫の方を指差す。
子供はそこで和姫の存在に気づいた。その瞳は和姫を珍しそうに瞬く。そんな子供の耳に母親が何事かを告げると子供は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
「子供を見るのぁ、珍しいかぁ」
脇を抱えていた男の質問に和姫は小さく首を振った。
自分がいた世界には普通に子供がいた。母親と話す姿などは、みすぼらしい恰好以外、殆ど自分のよく見知っている家族の姿と変わらない。
その光景は彼女の恐怖に凍える心を少しだけ柔らかくした。
「そういえばぁ、お前ぇさんは何歳だぁ?」
「………十五」
その誕生日にここへと落ちてきたのだから、間違いはないだろう。
「そぉか、じゃあ、最後に男を咥えてからどれぐらい経つ?」
続けられた質問に和姫は首を傾げた。
「咥えるって?え?」
思考が付いていかない。男の質問の意味がしっかりと理解できずに目を白黒させている和姫に、男達は答えを促す。
なかなか答えを出さない彼女に、先を歩いていたリーダー格の男は足を止め振り返る。その眉根は不思議そうに寄っていた。
「妊娠してると、その子供ぉ生ませるまで村で保管せにゃならん」
「妊娠って……そ……そんなこと、するわけないでしょっ!」
やっと男の設問の意味を理解した彼女は先ほどまで生気のなかった顔を真っ赤に染めた。
そんな質問を中学生の自分にされるなんて思ってもいなかった。
だが男達はそんな彼女の反応に更に訝しげな視線を送る。
「恥ずかしがらんとぉ、正直に報告すればいい」
今度は猫なで声で問いかけてきたリーダーに和姫は大きく否定した。
「してないっ!私、まだ中学生なのよっ!するわけないじゃない」
確かに早熟な子はすでに処女を捨てていると聞いてはいるが、自分はそういうことには道徳を持っている。リスクを負ってまで快楽を追いたいとは思わない。
「本当に、まさか未通か」
彼女の表情にやっと真意をさとった男の顔が喜色で彩られた。両脇の男達も驚きと、それ以上に歓喜の表情を浮かべていた。
少しずつ『第一の世界』の世界観が出てきました。
村人にとり、自分の村以外の人間は『商品』か『食料』か『労働力』です。男だけの集落の場合は『繁殖器』としても使いますが、よっぽどの場合は自分の集落だけで賄います。そうしなければ、『下級世界』で生き残れないからです。
だから、商品に手を出した人間は村のみんなに総スカンを食らいます。