第3話:操人形の夜
遅くなった自分に文句をいいながらも、笑顔で迎えてくれるはずだった。
帰ってきた娘に祝いの言葉を告げるはずの口はだらんと開き、だらしなく舌が垂れ下がっている。
笑いかけてくれるはずの目は、暗く淀み、焦点は合わないままこちらを向いている。
いつも整えられている髪は乱れて、所々血でぬれていた。
そして、顔の下にある首……その下には見慣れたテーブルクロスが歪んだ形で敷かれている。
テーブルの上にある料理だけが豪華に並んでいて、光景の異常さを更に増加させている。
「こういう時は、この世界のこの国ではなんか変な歌を歌うんでしょ?僕、歌ってあげるよっ!」
口元の笑みを壊さないまま少年は勝手に話を進め、楽しそうに歌い始めた。
誕生日を祝うための歌は、呆れるほどに醜悪に響き終わった。そして終わると同時にサイレンのようにけたたましい笑い声が響いた。
「きゃはははははははは」
「ひゃぁははははははは」
「あぁはははははははは」
見回すと目の前の少年と同じように作られた笑みの仮面をかぶった複数の人間が彼女を囲んでいた。
その服装は統一されたようにゴシックなフォーマル服で統一されている。
何よりも恐ろしいのはその瞳だ。
何も映していないそれは、口元とは真反対で一切の心を宿していなかった。
恐怖に硬くなる和姫を捕まえようと、複数の手が彼女に伸ばされる。
「女神の誕生を祝おう。これで我々が世界のすべてを………すべての世界を」
その言葉を断ち切るように声のない悲鳴が和姫の口から発せられた。
流れる事のない、血のような涙が世界を壊そうと爆発的な光を放つ。
荒れ狂う感情は嵐を巻き起こした。
「──────っ!」
彼女に伸ばされた手は光に灼かれ、暴風によって引きちぎられる。
自分以外の生ある者を排除するようにそれらは動くもの全てを攻撃した。
「「女神っ!」」
どこかから、『意思』の篭った対の声が自分に呼びかけた。
しかし和姫はそれに鷹揚な動きで反応するが、絶望を映した瞳には答えるだけの精神は残っていなかった。
そしてそのまま、また、机の方へと視線を向ける。次の瞬間、和姫の体は引き寄せられるように机の直前へと移動した。
彼女の目の前に転がる二つの頭へと彼女はゆっくりと手を伸ばした。
「きゃはははっ」
耳に付く甲高い笑い声が緊張する空間を裂いた。
「いっつあ。しょーたいむ、だね」
奇妙なイントネーションの言葉と共に和姫の足元に黒い暗い穴が開き、彼女の体は一瞬にして落っことされた。
和姫を飲み込んだ穴はすばやく口を閉じ、そこにそんなものがあった痕跡すら残さない。
彼女が消えたと同時に、爆発的な光も風もすべて収まり、悲劇の痕跡だけが家の中に残っていた。
「ちくしょうっ!出遅れるなんて」
先ほど和姫を呼んだ二つの声の一つの持ち主の女性が口惜しそうに穴が消えた床をこぶしで殴る。
もう一つの声の持ち主だと思われる青年も、口惜しそうに舌打ちをすると血肉の臭いが立ち込める室内を忌々しそうに一瞥した。
「あの『穴』は照準が甘い。巧くすればこっちのサーチで追い着けるかもしれん」
「穴を呼び出してたのは『操人形』だったから、誤差は当たり前か。わかった」
女性は立ち上がり、彼の前に出すと手のひらを彼に向かって翳す。
彼もその手の平に自分の手のひらが合わさるように添え、静かに目蓋を閉じた。
それと同時に彼らの体を無数の光が舞い始める。それらはしゃんしゃんとまるで幾多の鈴が奏でるような音を残して、彼らを覆い隠した。
光はそのまま集約し、ぱっと霧散した。
そして、辺りに静寂が訪れる。
ただただ惨劇の後だけが生々しく、誰一人としていない空間の残されていた。
やっとこさ和姫が異世界へと飛んでくれました。
和姫が行く世界には3つの種類の人形があります。
その一つが操人形です。作り方は魂を剥いだ人間の体に術者が糸念という操作ようのラインを引きます。
ラインの先には制御月器が付けられ、そこから与えられる命令により操人形は動きます。
剥ぎ取られた魂は魂器と呼ばれる武器として、使い捨てられます。
他にも『生人形』と『自動人形』というものが出てきますが、説明は出てきたときにします。