第2話:誕生日の惨劇
和姫は暗くなった道を急いで帰っていた。
街灯の多い、住宅地を抜けるとすぐに彼女の家はある。こじんまりとした普通の家だ。それでも都心に家があるだけ裕福かもと、彼女は思い直した。
(前会長たちのお屋敷と比べたら親が可哀そうよね)
私立である風原学園の生徒会長を張るには少し迫力がないかもしれないけど、自分の親は頑張っていると思う。だからこそ、彼女も奨学金の範囲から漏れないようにずぅっと頑張ってきた。
窓には明かりが灯っている。両親は首を長くして待ってくれているだろうか。
彼女はそう思い門扉に手をかけた。
どくんっ……
何か言い知れない恐怖が、彼女の体を貫いた。
どくんっ、どくんっ……
何がおかしいわけでもない風景だ。今日の朝も見た。昨日の夜と同じ。
彼女は自分の体に蟠る恐怖を払いのけるように大きく頭を振った。
それでも、抜けない言い知れない恐怖に、和姫は急いで玄関のドアを開ける。
こんな恐怖は暗い所にいるせいだ。だから、悪い予感が……
(──────……っ!)
彼女は目の前に広がる光景に目を疑った。
一面が赤い、赤い、液体で覆われている。その中心にいるのは動かない大きな人形。不気味なことにそれは首がなく、四肢が奇妙な方向に捩じれ曲がっている。
ふとそれが朝、自分の見送った父と同じ背広を着ていることに気づいた。それは父がお祝いの時に必ず着る特別で、今日は娘の誕生日だからといそいそと着込んでいた。
「パ…パ……?」
どうして、それに首がないのだろう。
どうしてそんな人形から、血が流れて……人形?
「いや…い…や……パパ」
声が上ずる、息が詰まる。
彼女の手からスローモーションのように鞄が落ちた。
どすんっ……
鞄が落ちる音に、彼女は意識を現実に戻す。
(パパ……うそっ……ママは……)
和姫はふらつく足取りで、いつも母親が自分を迎えてくれる台所へと向かう。無意識で脱いだ靴のせいで、靴下に真っ赤な液体がこびりつく。それは思ったよりも濡れてなくて、この悲劇が起こってから時間が経過していることを示していた。
廊下には四足の生物の足跡と思われるものが複数点々と刻まれていた。しかし彼女はそれにすら気付かずに歩を進めてゆく。
どくん、どくん、どくん
繰り返す鼓動が耳の奥で煩いくらいに響いている。それ以外の音が認識できない。
「ママ?」
擦れる呼び声は自分が発したものではないようだった。
キィっという高い音と共にドアが開く。
「!」
目の前に広がったのは無残な光景だった。
血肉は床だけではなく壁や天井にまで飛び散り、咽返るような臭いが充満している。部屋の中央のソファにはちぎれた右腕、離れた床に膝部分が歪にへし曲げられた左足が……
和姫は鈍い動きで視線をさまよわせた。
目に映るのは引き裂かれた人形のような四肢────そのすべてに母が朝着ていた服の布が残骸のように纏わりついている。
涙が涸れたように出ない。
咽喉が乾いて声が出ない。
頭がすべてを理解できない。
「やっと、帰ってきたんだ♪」
ふいに何故か照明がついていなかったリビングの方から場違いな声が響いた。
彼女はその不振な声に反応し、のろのろと視線を暗闇へと向けた。
和姫の視線が向くと同時に、リビングのテーブルの上がぽぉっと明るくなる。小さな炎の光が複数ともされそこに見知らぬ少年の────奇妙なほど口角のあがった笑みを作っている顔が映った。
「はっぴばぁすでぃ。今日、誕生日だってね」
暖かくゆれる光に、和姫は夢遊病者のようにふらりふらりと近づいていく。
机の上にはホールのケーキ。並べられているのは和姫の年の数の蝋燭。蝋燭の明かりに照らされたテーブルの上には丸い、二つの顔……
「───………っ!」
上げたと思った悲鳴は音にもならない。
ヒューヒューと咽喉を通る音が静けさの中で響いている。
視線はテーブルの上にある顔から外すことができない。
────見慣れた顔だった。
生気のない両親の『頭』がそこにあった。
久々に残酷描写のオンパレードです。いや、次回もこれと似たような感じで進むのですが。
和姫の家は80坪程度の庭付き一戸建てです。十分立派な家ですが、お金持ちなし率学校の生徒の家とくらべるとこじんまりとして見えます。
頭は良く、とりあえず学年1位をキープして奨学金を得て、家計を助けています。