第1話:最後の平穏
静かな空間の中で、石川和姫は静かに目を開いた。
そこは見慣れた部屋────自分が職務を遂行すべき、中等部生徒会室の風景だ。
自分が腰をおろしているのは、そこにある一番大きな机の前、机の上には先ごろ行った文化祭の報告書などが拡げられていた。
生徒たちにとり祭りは始まるまでと翌日の片付けまでが忙しい。
しかし、生徒会はそれ以降も仕事が続く。とくに学校側に提出する書類の量などは始まる前とさほど変わらないぐらいになる。
それでも始まる前は、これが『祭』につながるからと気分も高揚するが、『祭』が終わってしまえば気抜けしてしまい、仕事をする手も遅くなってしまう。
「はぁあああ」
生徒会役員がいないことをいいことに、彼女は大きなため息をついた。
(よく先輩たちはこんな書類をぱぱぱっと片付けてたなぁ)
伝説の生徒会とも呼ばれる前生徒会を仕切っていた副理事長の息子はその高い能力でいろんな書類を一瞬で処理してしまっていた。
今、会長の椅子についている彼女もそれほど書類処理が遅いわけではないが、スーパーマンではないかとの呼び声の高かった彼と比べればただの人。ため息は止まらなくなる。
「あれぇ、石川会長、まだ残ってたんですかぁ」
からからと音をたてて扉を開けたのは、副会長をしている政野ゆかりだった。
「うん、まだ、書類が終わらなくってね」
半分泣き言をいいながらも書類整理の作業を続けている和姫の姿に、彼女は微笑む。なんだかんだといって彼女のこの真摯なる姿が、この学園内での人気の元だ。
しかし、今日はそんな彼女にも帰って貰わなければいけない。ゆかりは「よぉし」と自分に気合を入れると和姫の手から書類を奪い取った。
「だめですよぉ、これ、明日でもいい書類じゃないですかぁ。今日、会長はぁ、誕生日でしょ。おうち、早く帰らなきゃ、だめですよぉ」
独特の喋り方で和姫を窘めるゆかりに、会長は口をへの字に曲げる。
「それでも、先輩たちはやってたし」
「彼らはぁ、スペシャルハードな化け物じゃぁないですかぁ。会長はぁ、人間なんだからぁ、今日は帰ってぇ、明日またやればいいですぅ」
ゆかりはそう結論づけると、さっさと机の上に散らばる書類をも片づけてしまう。
そんな彼女の行動に和姫は苦笑すると、その申し出にありがたく乗せてもらうことにした。
「それじゃ、お言葉に甘えて」
「片付けもぉ、やっておきますのでぇ、明日からの業務のためにぃ、英気を養ってくださいねぇ」
そういうと、彼女はポケットの中から小さな包みを出した。
「これはぁ、生徒会一同からですぅ。お誕生日、おめでとうございますぅ」
「ありがと、みんなに愛してるって伝えておいて」
和姫は満面の笑顔でそれを受け取ると、軽やかな足取りで生徒会室をでた。マンモス校特有の長い廊下を進むと、まだ残っていた生徒が挨拶をしていく。
空は夜の帳を迎えるために、緩やかな深みを増しその裾を紅く染めている。
『早く帰ってきてね』と明るく送り出してくれた母の顔を思い出し、彼女は足早に帰路へとついた。そういえば、今日は父も残業を断って早く帰ってきてくれると言っていた。この分では主役である和姫が一番最後に帰ることになるだろう。
(ま、誕生日ってことで大目にみてもらいましょう)
彼女はそう心の中で結論付け、夕闇せまる道を小走りに走りぬけていった。
新しいシリーズ開始です。主人公の和姫は『至空の時』の麻樹理の後輩で、彼の次の生徒会長になります。
和姫は今まで主人公の中で普通に近いので、今まで以上に重い話になるかもしれないです。書きにくいことこの上ないと、自分でも思います。
たぶん、この話は一番、遅筆になると思いますので、気を長く見守ってください。