「生きた証」
断捨離と言う言葉に
恋をした私はついに
禁断の
開かずの扉を開けてしまった
そこには
魔物も悪魔も
棲んではいないが
彼女の「生きた証」が
眠っていた
祖母が亡くなって一年半
祖母が遺していった物を前に
思わず手が止まる
黒電話とか
破れた襖とか
足の折れた机とか
何でこんな物を と思う物が
まぁ 出てくる出てくる
包装されたままのタオルとか
封の開いていない石けんとか
これは使う物であって
山積みにする物じゃないよ と苦笑する
戦争と言う黒歴史の中を
物の少ない時代を
生き抜いてきた人だから
何かと
「勿体ない、勿体ない」とは
言っていたけど
いくら何でも
これはいささか
封の開いていない
トイレットペーパーの山を
切り崩しながら
考える
気に入った物は
封を開けずに
大切にしまっておく私のクセは
どうやら
あなたの遺伝子らしい
こんなに物を
溜め込まなくても
この遺伝子があなたの
「生きた証」だよ と笑う
最近の私は
あなたの事を思い出して
涙をこぼす事がなくなった代わりに
笑顔が溢れる様になった
生きている者にとって大切なのは
「生きる術」を見出す事だ
だからこれは私にとって
「生きる術」だ
いつまでも
泣いてばかりは
いられないから
あなたは
どうでしたか
生きる事に理由なんていらないなら
幸せな方がいいに決まってる
あなたにすれば
物に囲まれる事で満たされて
幸せだったんだね
ああ、そうか
積み上げられたこの物の山は
私にとって
あなたの「生きた証」でしかないけれど
あなたにとっては
「生きる術」だったのかも知れない
生きている者にとって大切な事は
「生きた証」を残す事ではなく
「生きる術」を見出す事だ
私には
生きる術を教えてくれた
あなたとのサヨナラも
同じくらい大切な事だ
きっと今頃空の上で
「私にはそれも大切な物なのよ」とか
「大切にしてたんだから捨てないで」とか
色々 言われていそうだけど
まぁ、それはさて置き
悠然と佇んでいる
このダンボールの山を
どう攻略するか
それが問題だ
【第38号掲載 「入選」】