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献身の少女【完結済】  作者: 冬草
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眼が覚める。

視界が揺れる事に少女は気が付いた。

身体が起き上がらない。

脚はある、手はある、なのに何故か身体が重く起き上がらない。

全身を覆う熱。

少女は風邪をひいていた。

だが少女は風邪をひいてることに気付かないのかしきりに起き上がろうとし倒れ、息を荒げ、仰向けになり、重い瞼を上げる。

空にある薄暗い雲はあいも変わらず少女に影を落とす。

そんな少女の頬を伝い一雫。

少女の胸奥に飛来したのはどの様な想いだろうか。

何故、如何してこんなに苦しいのか。

何故、如何してこんなに不幸なのか。

何故、如何してーーー。

恐らくはこの様な凡ゆる感情が混じってしまっているのだろう、収拾がつかないほどに。

故に喉すら枯れた少女は泣くことしかできなかった。

死んだ母親に想いを馳せて、消えた父親に願いを込めて。

か細い声で「助けて」と。

刹那、アレだけ密集していた暗い雲が切れ天から何かが落ちて来る。

其れは光を反射しながら少女の横にあった泥だまりの上に音も無く落ちた。

そして雲間は埋まり、またただの薄暗い雲が空を覆う。

少女は熱のこもった身体をもう一度反転させ泥だまりの上のそれに手を伸ばす。

が、掌一つ分届かない。

雨を吸った挙句泥がつき重くなった服、こもる熱、少女の痩せ細った身体では自らを引きずることすら困難な筈なのに、少女は何かに憑かれた様に泥だまりの上のそれを取るために無理矢理身体を引きずった。

声にならない声、言葉にならない言葉、口からは荒い息だけが吐き出され、伸ばした腕から露出している顔からあぶら汗が滲む。

それでも尚身体を引き摺り、少女は手を伸ばす。

指一関節分、届かない。

もう一度、もう一度。

チカチカする目の前、息を大きく吸い少女は思い切り身体を前にずらす。

全力で動いて僅か数センチ前にずれただけ。

だが、それで少女の手は泥の上に届いた。

泥の上の何かを掴み息を荒げうつ伏せのまま倒れる。

薄く、目を開ける。

歪む視界に映ったのは数珠の付いていないロザリオだった。

少女が手に掴んだロザリオには側面に「La...el」と掠れた文字が書かれている。

aとeの間は擦り切れて読めない。

其処まで確認して体力の限界が来たのか、少女は口を薄く開けたまま、死んだ様に目を瞑った。


ふと少女が目を覚ます。

いつもどおり暗く曇る瓦礫の街の中、見栄えも何も変わらないその場所で一つ少女は違和感を覚えた。

身体が動かない。

起き上がろうとしている脳の電気信号すらも遮断されたかの様に、腕も足も動かない。

声も出ず、指先すら動かすことが出来ない。

そして、もう一つの最大の違和感は目の前にあった。

頭に輪を付けた男性とも女性とも大人とも子供とも言い切れないそんな人が薄く光りながら寝転んでいる少女の目の前に寝転んでいる。

その人はニコニコと笑いながら少女の額に母親が病気の子供に添い寝をして手を額に当てるように手を当て、離した。

そうして、口を開かず言葉を伝えた。


「貴女に此れを授けましょう。貴女の好きに使うと良い。貴女の思う通りに使うと良い。だが、此れは貴女にしか使うことは出来ない。貴女は聖人にも大悪にもなり得るだろう。私達はただそれを見届ける。」


抑揚のない声でそう伝える間もずっと笑顔のまま、スゥッと手を引きそのまま、少女の目の前から存在が薄れ消えていく。

そのまま、トンネルを後退しながら入ったかの様に急速に少女の周囲の景色が消えていく。

全ての景色が暗闇に埋もれていく。

その恐怖に耐え切れず、少女の額に脂汗が流れ落ち、遂に景色が消え去ったその瞬間ーー。

少女は目を覚まし跳ね起きた。

激しい動悸と荒い息。

微睡みに落ちる前と何も変わらないかのような状態の中、少女は気付いた。

熱が無い、全身の倦怠感も存在しない。

それに気付いた瞬間、額から何かが剥がれ右掌に落ちた。

銀の十字架、何の変哲もない数珠の付いていないロザリオ。

側面にはLとAとEと掠れて消えかけている文字。

それは間違いなく昨日手に取ったロザリオに違いなかった。

何処までが夢だったのだろうか、何処までが現実だったのだろうか。

少女は立ち上がろうとロザリオを持つのと逆の手を地面につき、ぐにゃりと何かやけに暖かい毛皮の様な物が触れたのを感じた。

ひっ、という声と共に少女は手を避ける。

其処には小さな鼠が居た。

だがどこか様子がおかしい。

少女はこの数日間のうちに何度か鼠を見ていたが、こんなにもぐったりとしている鼠は初めて見た、どこか目は虚ろで息が荒い。

まるで熱病にでも浮かされているようなーー。

少女の背中に怖気が奔る、それと同時にこの鼠を助けねばならないという想いが少女を襲った。

少女は左手で鼠を包み込み走り出す。

が、自分の身に纏った襤褸を踏み強かに額を打った。

何かヌルッとした液体が額を滑り落ちてくる感覚を感じながらも立ち上がり、泣くのを堪えて左手の鼠の安否を確認した後に額をロザリオを持ったままの右手で少女は触れた。

血は流れていた、だが傷はない。

赤く粘つく液体は間違いなく少女の掌とロザリオに付いていたが、傷は無くなっていた。

違和感はあった、だがそんな事より鼠を助けなければならない。

その想いが少女の足を突き動かした。

隠れ家の様に使っている崩れた瓦礫までは約4、500mはあっただろうか。

其処まで止まる事なく息を切らしながら少女は駆け込んだ。

駆け込みすぐに鼠を自分のボロ切れに包んで辛うじて焼け残っていた段ボール箱のベットの上にそっと乗せる。

だが、少女にできたのはそこまでで力なく虚ろな目をしている鼠を見守る事しか出来なかった。

取り敢えずボトルキャップの中に入れた水を置くが、鼠はそれを飲むことすらままならない程に衰弱していた。

鼠の熱を払うために自らのボロ切れを少し千切り、水を含ませ鼠の全身を濡れた布で拭う。

自らが熱にうなされた時に母親にしてもらったように全身を何度も何度も拭いてやる。


ーーふと、気付く。

布が紅い。

それは勿論の事、血液であった。

少なくとも最初グッタリとしていた時には手にすら付いていなかったものだ。

ならばそこの傷を防がなければ。

そう少女は考え、前に拾っていた絆創膏を寝床の下から取り出し傷を探す。

鼠の目と耳の対角線上にその傷は付いていた。

裂傷、皮が捲れ薄く骨が見えている。

一瞬怯えたが、生唾を呑み込みそのまま少女は額に絆創膏を貼った。

そしてそのまま献身的ともいえる位に少女は鼠の看病を行った。

寝る事もせずに濡れた布で身体を拭い、濡れた身体を乾いた布で拭い、小指に水を浸けそれを鼠の口に注ぐ。

拾い蓄えてあった缶詰や、クラッカーを割り水でふやかしちょっとずつ口に押し込む。

そして、頭を出した状態で布に包んで暖める。

汗をかけば濡れた布で身体を拭い、乾いた布で身体を拭うーーー。

そうこうして2日ほど経った頃だろうか、ついに少女は意識をふと失った。

献身的すぎる看護は自らの事を顧みなかった少女に疲労という形で襲いかかったのだ。

意識が無くなり、目の前がスッと黒くなっていく。

そんな暗闇の中で少女は確かに声を聴いた。

「成る程、確かにーーは面白いものだーー貴女にはもう一つーー。」

「それーーー私もーー。」

途切れ途切れに聞こえた声の意味を理解しきる事は出来ず少女は本能に身を任せた。


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