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献身の少女【完結済】  作者: 冬草
1/4

絶望

初めましての方は初めまして。

そうでも無い方ごきげんよう。

そして、この話を読みに来てくださってありがとうございます。

冬草です。


あらすじにも記載しましたが、このお話は私が見た夢の話を多少改変した物です。


全4部分に分けました。

約17000文字です。


1



暗い、暗い世界。

その世界は頽廃していた。

そんな世を儚んだ少女が居た。

これはそんな少女と小さな奇跡の物語。



世界に戦争が起こっていた。

世界は戦争に溢れていた。

そんな世界の小さな町。

そこに、何の変哲もない少女が居た。

小柄な少女だ。

煤けた長い金の髪。

靴など無く、傷だらけの足。

所々解れた襤褸を身に纏うその姿は正に、戦争中の孤児そのものだった。

見た目は14,5歳、否、更に幼くすら捉えられるほど痩せている。

触れば折れそうな少女は暗い路地に、折り重なる死体の下に居た。

銃弾に怯え、榴弾に怯え、焼夷弾に怯え、空爆に怯え。

少女は怯えながらそこにいた。

死なないように、頭を下げて、ただ怯えて。

少女には何故戦争が起こっているかなどわからない。

少女の物心がついた時から戦争は当たり前のようにそこにあった。

とは言っても、この場所がこんな状況になったのはついこの間のことだ。

運命の日まではこの場所も平和なただの町にすぎなかったのだが、今では平和という言葉が消え去ったかの様に瓦礫の山と硝煙の臭い、それに肉の焼ける臭いと腐敗した臭いとゴムの溶けた臭いや何か生臭い臭いに溢れている。

そんなこの場所はまさにこの世の地獄というに相応しいのだろう。

そんな場所に辛うじて生きている少女の耳に聞きなれた音が響く。

軽快なアサルトライフルの音。

車の止まる音、機銃の掃射の音。

高らかに響く軍靴の音。

ナイフが肉をえぐる音。

嘆き、苦しむ声。

溜め息。

断末魔。

それにまぎれて命乞いする声。

苦しそうな息遣い。

何かを詰められる音。

爆発音。

汚らしい笑い声。

布を破る音。

泣き声と罵る声。

それを掻き消すように、辺りに響く銃声。

崩れ落ちる音。

荒れる息遣い。

近づく足音。

耳元まで近づく音。

横腹に激痛。

声は、声にならず霧消する。

足音がどんどんと遠ざかる。

車の扉が開き閉まる音。

エンジン音、車の走り去る音。

その音が完全に消えて1時間ほどしてから、少女は死体の下から身を出した。

今の状況と比べればまだ平和だった世界など数日前に消えてなくなり既に少女の頭の中にあるのは、弾に当たれば死ぬという事だけ。

目の前で、何人もの人が死んで逝くのを見たから、動かなくなるのを知ったから、少女は生きるのに懸命になった。


ーー母は死んだ。

少女を守る為に自らの体を盾にして死んだ。

三日程前の事だ。

その日の空爆は何時もと違う本格的なものだった。

兵士の士気と意志を削ぐ為の空爆などでは無く、人を殺す為の空爆。

つまり、すぐそこまで敵が来ている事を示唆していた。

その日、少女は母親と買い物に歩いていた。

食事の買いだし。

既に、貴金属や小麦は全て軍に納めた後であり、食事をするのにも何かを売る必要があった。

結果手に入ったのは僅かばかりの芋。

それを、質屋に服を入れた金で購入し、帰る最中の事だった。

飛行機械が少女たちの通りの上を通った。

一瞬で通り過ぎたその後に、けたたましい警報が鳴り響く。

少女は不思議そうに首をかしげる、母親が何かを叫んでいる。

――直後、遠くの方で轟音が鳴り響き耳を押さえながら少女は今来た道を振り返った。

小高い丘に巻き起こった土煙と爆炎が見えた。

濛々と立ち込める煙、先ほどまであった筈の丘の公園は目の前から姿を消した。

距離は近くは無いが其処まで遠いわけでもない、母親が叫ぶ、叫んでいる。

轟音で一時的とはいえ聴力を失っている少女にその声は届かない、だが、凄まじい形相で此方を見て叫ぶ母親に危機感を覚えた少女は母親と共に走り出した。

上空を通りすぎる影、飛行機械が頭上を通り過ぎ少女達の走る先に爆弾を投げ込んだ。

稲妻でも落ちたかと錯覚するような巨大な音と共に大量の砂と肉片と火の粉が雨のように降り注いだ。

少女の頭の中が真っ白になる、がそれも一瞬の事で母親が腕を引き少女は引きずられるように路地裏に逃げ込んだ。

母親は少女に覆いかぶさるように少女を建物の壁に押し付け抱え込んだ。

少女の聴力が徐々に回復していく、其処からはさらなる地獄の始まりだった。

人の叫び声、爆音、飛行機械の飛行音、風を切る音、建物が崩れる音、人の叫び声、断末魔、爆音――。

まさに地獄がこの世界と同期したかのような阿鼻叫喚が少女の耳を覆い尽くした。

母親が口を開いて何かを言っている。

何を言ってるか聞こえない、少女の耳にはそれが聞こえないほど圧倒的な量の聞いた事のない音が流入してきている。

一際大きな爆音が少女の耳を貫いた。

それは至近距離で爆薬が落ちた事を示唆しており、母親の背後にあった建物が音を立て崩れ落ちる。

ビシャッと言う音と共に少女の目の前が赤に染まる。

目の端に涙を浮かべた少女、それを見た母親の口は苦悶に歪んでいたがすぐに笑顔に変わる。

口から赤い液を垂らしながら轟音と爆音が響く中少女は確かに母親の声を聞いた。

「大丈夫よ、お母さんは大丈夫だから…きっと神様が私達を見守ってくれてるはずよ」

大丈夫、大丈夫お母さんがすぐそばにいるから。

まるで子守唄のように響くその声に耳を傾けその言葉を聞きながら少女は轟音の中ゆっくりと目を閉じた。


少女が目を覚ますと其処には灰色の空。

そして、地獄が広がっていた。

眼が覚める前も地獄、眼がさめてからも地獄。

少女の心にはそれがどう映ったのだろうか。

やはり、ただただ地獄としか映らないのであろう。

覆いかぶさっていた筈の母親は布に変わり何処かに消えていた。

其処らに散乱する瓦礫、死体、黒い塊、傷痕、焼痕。

街を形成していたものは八割以上が壊され最早瓦礫だらけの更地と化していた。

鼻をつく異臭、激臭。

視角に映る人の破片。

少女は耐えきれずに胃の内容物をぶちまける。

ただでさえ何もなかった胃の中が空になり、胃酸と苦みが口の中に広がっても何かを吐きだそうとする。

拒絶反応、今までの極貧の生活にすら有り得ないものを一気に脳に取り込んでしまったその影響。

しかしてその刹那にタァンッと空虚な更地に音が響く。

続いて短い悲鳴、そしてもう一度響く音。

叫ぶ声、銃声、すすり泣く声、銃声、悲鳴、銃声、銃声。

押し殺したような声、銃声、泣き叫ぶ子供の声、銃声。

声が止む。

そして哄笑、ブーツの音。

無機質なその音は同族を殺しながらゆっくりと少女の元に軍靴の音と共に近寄ってくる。

何も知らない少女もそれが死を告げる音だという事に気付いた。

また銃声と声が聞こえる。

少女は布に包まり震える事しかできない。

徐々に近づいてくる音、悲鳴と銃声。

途絶える声。

嗤う声。

女性の叫ぶ声。

それは攻撃的な音を孕み、銃声の主に怒声をぶつけていた。

銃声、しかしそれでも変わらぬ声。

もう一度銃声、怒声、呼応するように女性の声。

布に包まった少女の身体がピクリと動く。

叫び出したい衝動を抑え、少女は声をあげない、あげられない。

更に響く銃声、少女は涙を流しながら両手で口を塞ぎ嗚咽を飲み込む。

撃たれている相手が自分の母親だと解っていて、解っているからこそ少女の元から泣き叫ぶという選択肢が失われた

幼いながらに解っているのだろう、自分自身を守る為に母親が身を挺している事を。

瓦礫の街に何度も無機質に響く乾いた音と、弱まっていく母親の声。

カチンッっと音が鳴る、それは弾が無くなった音。

舌打ち、金属が瓦礫にぶつかる音、そのまま様々な悪態と共に軍靴の音が逆方向へと遠ざかって行った。

少女の耳に聞こえたのは母親のか細い声。

ボソボソと幽かに話すその声に対し駆け出したい衝動を抑え少女は布に包まる。


やがて、軍靴の音が完全に消え去り数分経ち、少女はようやく布を捲りその姿を現した。

被っていた布を口に入れ声を上げないようにしながら、声のした方にゆっくりと歩いていく。

やがてたどり着く大通り、其処には赤く染まった脚のない母親が血の海に沈んでいた。

手元には包みに入った食べ物らしき物が落ちていたが、それも赤く染まっていた。

膝から崩れ落ち、口から布が外れ、少女は血の海に沈んだ母親の頬に手を当てる。

反応は無い。

声をかける。

反応は無い。

頬をつつく。

反応は無い。

少女の眼から涙があふれ出す。

それと同時に雨がポツリ、ポツリと振りだした。

灰の空から降り出した雨。

少女の涙と混ざり合い地面に吸い込まれていく。

雨の音と共に、少女は声を上げて泣いた。

服が濡れるのも厭わず、大声で泣いた。


少女は「死」を理解した。


それから三日、少女は死体のふりをして、時には路地裏に隠れて、生き延びてきた。

雨水をすすり、骸の懐から食料を手に入れ、布に包まり、何とか生きてきたのだ。

少女はその日もこの三日と同じように銃撃の音が止んだのを確認してから足を引きずり、布を引きずり、水と食料を探して歩きだした。

三日前から変わらぬ曇る空、雨こそ止みはしたものの服と布切れ一枚のその身に冷たい風は堪えるものがあるのだろうか、少女は軽く身震いをする。

相変わらず死体も片付けられる事は無く、人の焼ける異臭の代わりに腐敗臭が漂い始めている。

肉が崩れ始める者、相変わらず黒い塊のままの者。

鼻すら麻痺したのだろうか、少女は鼻を覆う事も無くその中を歩いていく。

蛆の沸く所々黒く焼け爛れた殆ど裸の死体の前で少女が立ち止まり少女は膝をつくとそのままおもむろになにかを抱え込むように蹲る死体の懐に手を突っ込んだ。

プチュッという音が断続につながり、えも言えぬハーモニーを奏でるがそれすら意に介さず少女は死体をまさぐった。

数秒程経っただろうかピクリと少女の手が止まり死体から手が引き抜かれる。

その手には手のひらサイズの小さな包みが握られていた。

手に着いた蛆を払い、血塗れの手と包みを死体の近くにあった瓦礫にこすりつける。

瓦礫は赤に染まり、少女の手は血と砂が混ざった色をしている。

悲しそうな瞳すら見せず溜め息をつき少女は別の死体を見つけた。

足を引きずりその死体に少女は向かう。

少女の歩む以外の人の生活音は何一つしない。

聞こえるのは虫の這う音、蝿の飛ぶ音、生き物の這う音。

まるで少女以外の全ての人が世界から居なくなったかのように錯覚するほどに音は無く。

また、ガサゴソと少女が死体を弄る音が聞こえてきた。

今度は何もなかったのだろうか、死体を弄る手が止まる気配は無い。

やがて、その死体から手を離し思い立ったかのように死体の服の汚れていない部分で手をぬぐう。

拭う最中手と肩がピクッと動き手が止まる。

多量に水分を含む臭い、それと空の彼方から響く唸りを上げる風を裂く鉄の塊の音。

全部で4つ。

足を引きずり走る、3日前に見つけた人が二人程度なら入れる程の瓦礫の山に。

僅か20メートル足らずのその場所に走り中に潜り込み布に包まる。

この3日の間に少女は何度も見てきたからだ。

機銃の掃射から逃げようとする人間を、動いていたが故に爆散させられた人間を。

あの飛行機械は動く物を殺す。

少女の頭の中にはその言葉だけがうずたかく積み重ねられていた。

故に隠れ生き延びる、何時ものように、獣の様に。

だが、今日は何かが違った。

何時ものように上空より鳴り響く発砲音、だが着弾音が地上から聴こえない。

上を撃っている、少女には間違いなくそう聴こえた。

瓦礫の隙間からこそりと上を覗く。

青色一つ、続いて赤が3つ。

それは自国と敵国の色。

そして響く破裂音。

ボンッという音と共に青が紅蓮に呑み込まれていく。

そのまま消える赤。

少女は赤が去ったのを確認すると瓦礫から外に出て走り出した。


しばらく走り見つかったのは広場だった場所の中心にあった青の残骸だった。

少女は恐る恐る未だ火の消え切らない飛行機械の残骸に近付くと翼の部分に登りその中を覗いた。

中には三日ぶりに見る人の姿。

青いヘルメットを被った髭を蓄えた男が居た。

だが、その男には膝から先が無かった。

少女が何かを言おうと口を薄く開くと同じかそれより早く男は少女を視認し叫ぶ。

「脚が動かない、助けてくれ」

ビクッと少女の身体が強張る。

男の眼には力が篭り、口から漏れる荒い息と共に吐き出されるその言葉には威圧するような雰囲気が孕んでいた。

無論、男は少女を脅し付けている訳ではない。

ただ自分が墜落しているという状況が分かっているから焦っているだけなのだ。

否、だけでは無い。

片足の感覚が無い事も男が焦る要因となっていた。

だが、男はしくじった。

助けてくれーーとまたも少女を睨みつけながら叫ぶ。

少女は身体を強張らせたまま後方に、翼から落ちた。

男が喚く。

助けてくれ、頼む、死にたくない、頼むーー

声に震えが足されていき最後には掠れたような声だけになる。

が、少女にその祈りは届かない。

恐怖を感じた少女は涙を目に貯めて逃げ出した。

もはや少女の耳には届かない言葉を男は発し続け、火が周り始めていた飛行機械は遂に爆発した。

背後からの爆風。

少女はそれに吹き飛ばされ地面を転がった。

ただでさえ傷だらけだったその身に更に多数の生傷を作りながらも何が起こったのか少女は確認するために後ろを振り向いた。

火と鉄の塊だけが其処にはあった。

あったはずの物が、者が無い。

残っているのが火と鉄の塊、よく見れば桃色のブヨブヨとした物が鉄の塊の一部に引っかかっているようにも見える。

それはこの3日の間に何度も見た内側からはみ出たもの。


少女は自分が『人を見殺しにした』事に気付いた。


そうして少女は泣いた、自分のした事に気付いて、してしまった事に気が付いて。

その涙が雨を呼んだのか、三日前の様に少女は雨と涙をその目に貯めて声をあげて泣き、そのまま泣き潰れ、泣き疲れて微睡みに少女は沈んだ。




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