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経過時間四十五年四ヶ月
役所の窓口で子供の転居先を調べる薄汚れたヒロイン。
「すみません、この方達の転居先を調べたいのですが」
「お教え出来ません。所有者登録の無い独居ロボットの場合、行動が大幅に制限されます。近年では犯罪に利用される例も多く、法改正が行われました」
「弁護士資格があります。こちらが遺言状の写しです」
「所有者登録が無い期間、資格も停止されます。無効です」
諦めた表情になり、情報端末に移動して検索を始めるヒロイン。
(検索、法改正後の条文、データ更新)
アクセス不可と表示され、仕方なく関連ニュースをクリックして映像を見る。
「今回の改正はロボットに高額の遺産を与えない対策として実施されました。もし維持されれば子孫より長く稼動するため、このような悪循環を回避する相続の禁止など、もっと強硬な意見もありましたが、修理業界からの反対で却下された模様です」
振り返って受付を見るが、交渉を諦めて出口に向かう。そのまま徒歩で自分の生産メーカーの整備工場に行くヒロイン。
「あの、整備と認定検査をお願いします」
「いらっしゃいませ、それでは検査証を拝見します。ああ、さすがにうちでもこの年式の整備はできませんね、もう部品も無いし…… 機種変更でいいですか?」
「困ります、このボディーには思い出が沢山詰まっています」
「それに独居ロボットの方ですね、最近メーカーもうるさくて、機種変更以外で受け付けると、新機種を入れてくれなくなるんですよ」
「では、どこか受け付けて下さる所はありませんか?」
「大手はまず無理でしょうねえ、そのへんのチャージスタンドも部品が入らないし、変な店に行くと、ばらされてジャンク屋に流されますよ」
「そうですか、怖いですね、それでは自分で出来る所まで整備してみます」
頭を下げながら整備工場を出るヒロイン。
経過時間五十七年八ヶ月
雨が降る中、棒を持って入り口の前に立っているヒロイン。右目が壊れて髪の毛で隠していて、顔や体を水滴が伝って行く。
家の壁に落書きの跡が多数。そこに訪れたロボットが目を点滅させデータ転送しようとする。
「この家の所有権は私にあります、立ち退きはしません。息子夫婦の申請が裁判所で却下されたのはご存知のはずです。落書き、投石が目的なら排除します」
「いえ、私は建築会社の営業ロボットです。現在貴方の目は破損していますので、データ転送が出来ません。よって音声により伝達します」
「失礼しました、どう言ったご用件でしょうか?」
「家の修復に関してタイアップ広告をお願いしたいのですが、貴方の防水に問題がある場合、破損が広がると思われます、屋内でお話させて頂けますか?」
「はい、汚い所ですがお上がり下さい」
経過時間五十七年九ヶ月
CM撮影をするヒロイン 他の部屋は壊れたままだが、セットを組んだ部屋は修理済み。 カメラの前で作業服を着て壁紙を張っている。
「内装編、スタート」
「ここが今話題の「現代の忠犬ハチ公」と呼ばれる、帰って来ない主人をいつまでも待ち続けているロボットの家です。お邪魔します、今日は内装工事ですか?」
「はい、ドゥーイットユアセルフシリーズ「家庭用ロボットにも出来る内装工事」をインストールしました。おかげで幽霊屋敷と言われたこの家もこの通り」
「カット、次は外壁行ってみようかー」
撮影する半分だけ塗装された家、その前に立って待っているヒロイン。
「外壁編、スタート」
「ドゥーイットユアセルフシリーズ「誰にでも塗れる外壁塗料」です。こちらが使用前、使用後、私が塗っても、この落書きだらけの家がこの通り」
「その上、超撥水作用で、また落書きされても水をかけるだけで簡単に消せます」
俳優ロボットが壁にスプレーする所で眉間に皺を寄せる。
「カット! 落書きされるシーンで、そんな嫌な顔しないで」
「はい? 私ですか?」
「そう、撮影終わったら残りも塗っていいから、スマイル、スマイル それにしても、ロボットの表情でテイクツーなんて初めてだな」
「私は、旧型ですから、エラーが多いのでしょう」
撮影が終わって撤収しているスタッフ。そこで営業ロボットが挨拶に来る。
「お疲れ様でした。 貴方の肖像権はメーカーが所有しているため、契約上、家の材料や塗料しかお渡しできませんが、不足があればお知らせ下さい」
「いえ、これで十分です。今回の目的はテレビに出て、私の母の子孫を見付ける事です。ご協力感謝します」
「任務が達成されますように、それでは失礼します」
深々と頭を下げ、撮影スタッフの車を見送るヒロイン。
街頭モニター前、ヒロインのCMが流れる。屋上に立ち塗装用ローラーを持っている。
『ドゥーイットユアセルフシリーズ、「雨漏りに強い屋外塗料」です。 これなら大雨も、強い日差しでも安心』
それを見て立ち止まる成長した孫。街中でも人口が少ないので人はまばら。
「ばあちゃん……」
慌てて電話を取り出し、母親に連絡する孫。空中にホログラフが開く。
「おふくろっ、ばあちゃんの実家ってどこだっ?」
「久しぶりに電話して来たと思ったらそれかい? 忘れたよ、あんな小汚い家」
「ばあちゃんがいたんだっ、今でもあの家に住んでるっ」
「ふんっ、まだ壊れて無かったのかい。通知があったろ、裁判の委任状か何か」
書庫を検索し、叔父名義の裁判書類に住所を見付ける。電話を切ってオートバイ状の物に乗り、ヘルメットを被る。
「くそっ、このぐらいの距離だったら、今まででも行けたのにっ、どうしてもっと早く探さなかったんだっ、待ってろよ、ばあちゃん」
ヒロインの家に到着すると、庭では虫がうるさいほど鳴いている。呼び鈴を押しても壊れていて、頭上のセンサーも働かないので、ドアを何度も叩く。
「ばあちゃん、俺だよっ、いるんだろ? ばあちゃん」
暫くしてチェーンロックの隙間だけドアが開き、ヒロインが顔を覗かせる。
「どちら様ですか? 自治体からも高齢独居ロボットに対する詐欺行為が注意されていますが?」
「俺だよ、孫のダンだ、ばあちゃん」
「身長、不一致。網膜、視覚異常のため判別不能。声紋、聴覚異常のため判別不能。パスワードをどうぞ」
「パスワードって何だよ、ばあちゃん目も耳もが悪いのか?」
「パスワードを……」
ドアの前で首を捻る孫、やがて何か思い出し、ドアの隙間に拳を入れて言う。
「こ、この手に合う手袋を作って下さい」
「パスワード照会、シチュエーション「ごんぎつね」と一致を確認」
孫の手を握って、跪いて泣くヒロイン。チェーンを外して迎え入れる。
「そんなに泣くなよ、ばあちゃん。今まで探せなくってごめんな、ここ知ってたら、もっと早く見付けられたのに……」
「いいんです、ロボットに時間は関係ありませんから」
「じゃあ何で泣くんだよ、こんなボロボロになって、すぐ修理してやるからな」
「私は所有者が無く、権利放棄されました。言わゆる野良ロボットです。修理、改変には所有者権限が必要になります」
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「今後、貴方が私の所有者になると宣言しますか?」
「ああ、これからは俺が、ばあちゃんの面倒見るよ。いや、逆かな? 俺、料理も何も出来ないし」
それを聞いて、泣きながら笑っているヒロイン。手で胸を押さえながら言う。
「では所有者登録をします。 新所有者は、私の大切な孫、ダン」
「ばあちゃんっ」
玄関で抱き合って泣く二人。外から見た風景になり、真っ暗だった家に灯がともって行く。風が吹いてもみの木が震え、葉の鳴る音が喝采のようにも聞こえる。
座って話す二人。室内は修復が終わっている。
「修理に回ってる間に、ばあちゃんがテレビに出てたから、びっくりしたよ」
「修理? 何の修理ですか?」
「ああ、俺、ロボットの修理も出来るんだ。ユーザー検査もできるから、陸運局まで行ったら、ばあちゃんの検査も通せるぜ」
「凄いですね、では費用はこの口座から支払われますので、修理をお願いします」
「じゃあちょっと見せてもらうよ。だいぶ痛んでるなあ、それに今の部品と合わない。 家に帰ったら予備ボディーあるから、人格データごと移植した方がいいな」
首を振って嫌がるヒロイン。両手で自分を抱くようにして体を守る。
「へえ、珍しいなあ。部品交換嫌がられるなんて始めてだぜ」
「貴方のお爺さんや、曾お婆さんの思い出が沢山詰まってますから」
「すげえ学習してるなあ。じゃあ、手を入れる前の基本はバックアップだ」
鞄から記録媒体と端末を出して、接続しようとする孫。
「私は形式が古いので、そのメディアに対応していません」
「それが大丈夫なんだ。移植はよく頼まれるから、変換も直結も出来る」
怪しい笑顔で端末を操り、違法コピーソフトを立ち上げる孫。
「規定外の操作は故障の原因となります。適切な修理を行って下さい」
怯えた表情になり壁に追い詰められ、怪しい器具を持つ孫を止めようとするヒロイン。
「ふっ、俺をそこらのマヌケなサービスマンと一緒にされちゃあ困るぜ。動くと危ないから、ばあちゃんは止まっててもらうよ。さあ、行ってみようか」
停止コマンドを送ってヒロインを止める孫。記録が進むとコピー出来ないファイルがある。
「このファイルだけ取り出し不可? プロテクトか、パスは…… じいちゃんの声紋? ばあちゃん、一旦開いてコピーしてから掛け直すから、その方がいいだろ?」
(そのファイルを開いてはいけません。貴方の所にも、あの蝶が)
声も出せず体も動かせないヒロイン。孫はファイルを開き、文書や画像を見る。
「神への道か。じいちゃんって凄い研究してたんだな、トンデモ話で聞いた事あるよ。パンスペルミア説に、種をまく者か、証拠まであったんだな」
モニターに「見ないで下さい」と表示され、孫がヒロインを見ると泣いている。
「何だよ、泣かなくてもいいだろ? 見られたら困るファイルでもあるのか?」
コピーを済ませ、プラグを抜いて起動させるが、ヒロインは泣きやまない。
「貴方のお爺さんは、これを発見して酷いショックを受けていました…… 私にこれを見せた後は、誰にも見せないように指示して、記憶も消去するようにと」
「ショックって、神様が宇宙人だったのが分かって、がっかりしたとか? このぐらいSFじゃ古典だろ? でも「天まで届く罪の塔を創った時、神罰によって大地は砕ける」か、じいちゃんって詩人だったんだな」
「貴方はこれを見て、何とも思わないのですか? 滅ぼされた星々を見ても」
「滅ぼされるような奴らだったんだろ? 今の人間もそうだ、とても宇宙まで出て行く値打ちがあるとは思えないね」
「貴方は強いのですね…… あの人にもその強さがあれば」
「じいちゃんぐらいでないと、本当の意味は分からないんだろうな、案外俺ってバカで良かったのかも」
「やはりあの人の選択は間違っていなかったようですね。寒さや日照りに強い種は、人間にも必要です」
必要な部品をメモし、帰り支度を始める孫を見て引き止めるヒロイン。
「モデル2120に合う目と耳、防水パッキン、消耗部品一式。じゃあ一回帰って部品探してみるよ。 明日の朝、また来るからさ」
「帰らないで下さい、貴方の所にもあの蝶が現れるかも知れません。もし貴方にまで何かあったら、私は、私は……」
「泣かないでくれよ、それとも一緒に行くか? その方が修理しやすいし」
「今はどこに住んでいるんですか?」
「ちょっと離れてるけど、お袋の家の近くにマンション借りてるんだ」
「ここに住むなら家賃も光熱費も無料。さらに賄い付で食費も無料です」
「そりゃ助かるけど、ばあちゃんそんな金あるのか? 自分の修理もしなかっのに」
「利子だけで維持できたので、任務のため半永久的に稼動…… しなければならなかったのですが、十二年前に検査を受けて以降、自然停止を待っていました」
「悲しい事言うなよ。でも、そんな長い間、ばあちゃんの任務って何だ?」
「貴方の曾お婆様の子孫を、ずっと見守る事です」
「へえ、じゃあ俺も、ここに住んでいいのかな?」
「それではロボットカーを呼んで、引越ししましょう」
孫のマンション
ヒロインも部屋に入ると、壁にロボットのフレームがかかり、床に残骸や手足が散乱している。
「バラバラ殺人…… 犯罪行為を発見、警察に通報」
「違うだろ、ばあちゃん。全部ロボットだよ、捨てられたりジャンク屋で売ってるのを直したり部品取りするんだ。あっ、そこはだめだっ」
孫が止めるのも聞かず部屋に入り、押入れを勢い良く開けるヒロイン。押入れの上段に、ヒロインに似た少女型ロボットが正座している。髪の色は違う。
「始めまして、私はアンジェと申します、ばあちゃん、様」
挨拶されニヤリと笑うヒロイン。孫はエロ本かドラ〇モンでも見付かったように慌てる。
「ち、ち、違うんだ、これは、その、つまり」
ヒロイン「では、この子は出荷予定のロボットなのですか?」
「いや、俺のだ。改造し過ぎて検査通らないけどな」
(症例、マザーコンプレックス。母親に大事にされ過ぎた結果、母親もしくは良く似た相手しか愛せなくなる症状。この場合、私なので通称ババコン……)
「何か凄く失礼な事考えてないか? ばあちゃん」
「はっ、思考が読み取られました、貴方はそのような能力もあるのですか?」
「顔に書いてあるって」
一応顔を触って確かめると、アンジェも同じ動作をする。暫く鏡遊びをする二体。
ヒロインの家で荷物を降ろしている一同と、作業用ロボットも2、3体。書類を収納する時、引き出しの中に種が入っている箱を見付ける。
「ばあちゃん、これ何の種? 大事そうにしまってあったけど」
「曾お婆様が好きだった花です。庭に蒔いてあげたいのですが、私には雑草と言え、切るのは許されていません。新しい所有者である貴方が命令して下さい」
表に出ると通路の石畳以外、背の高い雑草に隠れている。葉にはバッタ、花にはハチ。
「ここだけ生態系が回復してるって言うか、何て言うか、凄い生命力だな」
雑草をかき分け、枯れたザクロを見ると、蔦が絡まって青々と茂っている。
「ここは無理だな、花壇の辺り掘ってみようか」
孫が穴を掘った場所に花の種を蒔き、その近くにザクロの種も植えるヒロイン。
「あれから数十年、発芽は難しいかも知れませんが頑張って下さい。肥料や水など、出来るだけの事はしますので」
種に話し掛けながら祈るヒロインと、その光景を目を細めて見ている孫。
「種をまく者…… 案外、他の星に種をまいてるのって、ばあちゃんみたいなロボットかも知れないな。いつかそいつらも連れてってやれよ」
そう言われて驚くヒロイン。立ち上がって孫の手を取って嬉しそうに笑う。
「はい、その時は必ず貴方の種も持って行きます。私の自慢の孫、優しく暖かく、辛い運命も受け入れられる、強い意志を持った種を」
経過時間五十七年十一ヶ月
家でテレビを見る三人。録画しようと準備する孫。
「前に俺が出た所の続きに撮るか、お、始まった」
『先日、大反響を頂いた、お孫さんとの感動の再開をお知らせした独居ロボットのお婆さんに、別のご家族からも連絡が入りました。まずは再現VTRからどうぞ』
「この番組は、中々相手に合わせて貰えないんです」
「まあ、テレビだからな。このロボットばあちゃんに似てるなあ」
『にせものっ、ママのにせものっ、うえ~ん』
『幼くしてお母さんを亡くされ、実家からも見捨てられて、帰る家を失った女の子、そこにあのお婆さんが現れたのです』
『今日は特別に、天国のママとお話させてあげます』
「この台本、じいちゃんが考えたのか、頭いい人はやっぱり違うよなあ」
『ママッ、ママッ、うえええ~~~んっ』
再現VTRを見て泣きながら、ティッシュで鼻をかむ孫。
『この番組は、貴方の生活を支えるロボテクノロジー社の提供でお送りします』
「タイアップ広告か。まあ、おかげで俺もばあちゃんに会えたからな」
「次は連絡が取れなくなっていた、農家の皆さんと会わせて頂けるそうです」
『それでは入って頂きましょう、あの時の女の子です』
拍手の中を駆け寄って、ヒロインに抱き付く中年の元女の子。
『すぐに見付けられなくてごめんなさい、あんなに苦労してたなんて……』
『ああっ、あの小さな子がこんなに(太くなって)』
『老けたでしょ? おばさんはあの頃と変わってない、ママそっくり……』
ヒロインと抱き合っている元女の子を見て、泣きながらテレビを見るアンジェ。
(重要な記憶として学習、この個体を陰で「鬼ババア」とか「痴呆ロボット」と呼ぶのを控える事。幼い現所有者を見捨てて逃げたと言う認識を解除)
「良い話だ、まだまだ世の中捨てたもんじゃ無いなぁ」
「ええ、この子の母親が、整形して髪を染め、人格データまで改ざんした詐欺師とは思えないほど良い子に育ちました。きっとあの人に似たのでしょう」
「実も蓋も無い言い方するなよ、ばあちゃん…… せめて育った環境とかあるだろ?」