9話 帰還後の夜
「そうか……迷惑をかけてすまなかったな」
ジークはベッドから半身を起こしリルとクラウスに詫びた。
幸いなことにジーク含めて三人の中に負傷者はいない。
「結果的に助かったんだ。良かったよ」
「ジーク本当に凄かった! 一瞬で"人食い"を全滅! しかもほら!」
リルは不規則な形の青い結晶を見せつける。
これは主の体内から摘出した魔力の結晶だ。
この結晶は砕いて粉薬に出来る。
どんな病気にも一定の効果が出るということで医者やギルドに高く売れる。
「グレイシープと合わせて充分な収穫だ。村の肉屋に頼んでグレイシープの肉は日持ちするよう干し肉にしてもらった。旅の準備は万全だ」
クラウスはグレイシープの干し肉を詰めた麻の袋を取り出した。
「出発は万全を期して明後日の朝にしよう。いくら怪我がないとはいえ、疲労は蓄積するからね」
「そうだな……俺も今すぐに出発することには反対だ」
ジークの言葉に、リルは意外そうに首を傾げる。
「ジークのことだから、明日には出発したいって言うと思ってた」
ジークはそれに少しだけ俯いた。
「今回でよく分かった。修行が足りねえよ」
「修行か……」
ジークの暴走はイレギュラーな事態だ。
だが白蓮が共にあれば、そのイレギュラーがいつか再発するかもしれない。
「修行はしよう。だけどこの村に長居は出来ない。前にも言ったけど、経験は実戦の中で積むものだ。今回のことだって、未然に予測を立てることは不可能だった。こうしたことの積み重ねでセンスと勘を磨いていくんだ」
「だが、もし実戦でまた同じ事が起きたら……」
剣で斬れないものを斬る。
そのためには剣の力ではなく、意思の力で斬る必要がある。
それをジークは白蓮なしで再現した。
ただ"斬り殺したいという意思の力"で。
「もう同じことは起こさせない。そのためにも、暫くは危険なダンジョンは避けて進もう。対策を見つけてしまえば、予期せぬアクシデントは予期したアクシデントに変わる。予め予期しているなら、すぐに対応が出来る。そのための方策を得るためにも、今は前に進むべきだ」
クラウスは懐から白蓮を取り出し、それをジークに渡した。
「修練にはこれを使うといい」
「白蓮……でもこれはお前の剣だろ。受け取るわけにはいかねえよ。それに、俺が使える代物でもないんだろ?」
「白蓮は元々シンの作り出した剣だ。僕は護身用にと預けられていただけで、本当は真空の剣の担い手が握るべき代物だ。だから、この剣は君が持つべきだ。そして、その剣を完全に扱えるようになって欲しい。それが修行の代わりになる」
「親父の形見ってわけか」
「君の暴走は剣に心を預けすぎたことが原因だ。聖樹の粉塵がそれに過敏に反応して、からっぽになった肉体を乗っ取った。剣に心を喰われた」
ジークは無我の境地へと辿り着き、それを剣の技にする力がある。
意思の力を、そのまま剣の力に変える素養がある。
その副作用として、今回のような暴走が起きた。
それならば担い手の意思を力に変える"白蓮"を日常的に扱うべきだろう。
習うより慣れろの理屈だ。
ただの鉄の剣を"神霊葬"と同等の存在として扱い、それを御しきれずに暴走するのなら、普段から神霊葬に触れて慣れておくのが最善解だ。
「だがお前はいいのか? 白蓮は扱い慣れた剣なんだろ?」
「たまには普通の剣を使わないとね」
そう言うと、クラウスは椅子から立ちあがり、部屋の戸を開いた。
「今日はもう遅い。続きは明日にしよう」
「ああ」
ダンジョンの稼ぎのお陰で、宿代にも余裕が出来た。
ジークを床に寝かせるのに不満があるとリルが言い出したからなのだが、クラウスはそのまま自分の部屋へと戻っていった。
「お前は自分の部屋に戻らないのか?」
「追加した部屋はクラウスのぶんだけ。わたしの部屋はさっきキャンセルしといた」
ニタリと笑う狼にジークは大きく溜息を付いた。
「クラウスだけ別室じゃ意味ねえだろ。お前は床で寝るのか?」
「そうするつもり。まあジークが一緒のベッドでいいって言うなら、わたしはそれでも構わないけど?」
さすがにそれは問題があるだろと軽く流す。
リルはたまにこういう類いの冗談を言うが、長年幼馴染みとして付きあってきた間柄、彼女の冗談は軽く触れて次の話題に移るのがいつもの決まりだ。
ジークはベッドの横に立て掛けられたボロボロの剣を見ると、今一度リルに頭を下げた。
「今日はすまなかったな」
「何回謝んだよー! 結果的に無事だったんだから、それでいいじゃん」
呆れたような表情でそう言うが、ジークにとっては「それでいい」では済まないことだ。
「俺はあの時お前を斬ってたかもしれないんだ。もしもクラウスが止めてくれてなかったら……そう考えただけでゾッとする」
「ゾッとすんな」
ジークの頭をワシャワシャとし、自分のほうへと向かせる。
「ジークは、わたしの保護者のつもりなの? わたしは最強の剣士の仲間で、最強の魔法使いなんだよ。その程度のことで怖がられるほど私は弱くないし、今日だって、ダンジョンの主を一人で抑え込んでたのは私だったでしょ?」
たしかにリルがいなければ二人はあそこまで粘れなかった。
クラウスは彼女の、障壁を連続で貼り続ける芸当を「化け物染みた曲芸」だとも言っていた。
長年一緒にいた上、彼女以外の魔法使いを見たことがなかったから知らなかったが、本当に魔法の才能に恵まれているらしい。
「だから、もしジークが私を斬ろうとしても、私はそれを止めてみせる。だって仲間なんだから!」
そう言うとリルはクラウスの部屋のほうに目を向け、「アイツ手柄を横取りしやがって」とおちゃらけたような表情で舌を出す。
そんなリルの姿に、ジークは少しだけ安心した。
「ありがとな。……お前は最高の相棒だよ」
「な……っ!」
「なんだ?」
リルは不意打ちを食らったように顔を真っ赤にして口をぱくぱくしている。
「ジ、ジークは! 急にそういうことを言うからっ!」
「なんだよ。変なこと言ったか?」
「馬鹿っ!」
ジークはよく分からないといった様子で鉄の剣を握る。
「俺は最強の剣士にならなきゃならねえ。俺が剣を握って、周りの人の悲しみだとか苦しみだとかを少しでも減らして、みんなで笑顔でいられるように。だから、俺はまず最初にお前を笑わせたい。いつも一緒にいる相棒だからな」
リルは口元をきゅっと結ぶと、そのまま「う゛ぅ゛~」と突っ伏してしまった。
「おい急にどうしたんだよ。さっきから様子が変だぞ」
「馬鹿! なんなんだよ~もう!」
リルはそのままジークの毛布を引っ剥がして、ハロウィンの仮装のように頭の上から被ったまま、部屋の隅にいって縮こまってしまう。
「おい、俺の毛布だぞ……」
ジークは代わりに床に敷いてあるリルの布団から毛布を引っ張り寄せた。
あれだけの戦いの後だと言うのに、ジークの体には全く痛みがない。
多少の疲労はあるものの、剣を振り続けた右腕も、今戦えと言われても全く問題が無いほどに快調だ。
(不思議なこともあるもんだな)
鉄の剣をそっと撫で、リルに聞こえないほどの小さな声で「ご苦労さん」と労った。
心喰の剣だとかジークの体を乗っ取っただとか、アクシデントも散々あったが、この剣もジークにとっては相棒のようなものだ。
ボロボロで剣としての機能は見る影もないが、このまま捨てるには名残惜しい。
「どこかで打ち直してもらうか」
こう見えて物には愛着を持つほうだ。
だが、剣を打ち直してもらうにも、この辺境の村に鍛冶職人などいるはずもない。
何をするにも、まずはジードフィルに着いてからだ。
「それまではコイツを借りるか」
机の上に置かれた小瓶を手のひらに乗せる。
神霊葬――
白蓮――
クラウスが言うには、これをしっかりと扱えるようになれば、今日のような暴走は起きないらしい。
ジークにとってもあのようなアクシデントの回避は至上の急務だ。
本当なら暫くここに留まって修練に励みたいところだが、クラウスの事情もある。
旅の中で、実戦を通じて慣れていくことにしよう。
そんなことを考えながら、小瓶を机の上に戻した。
「リル、そろそろ寝るから明かりを消すぞ」
「勝手にどうぞ……」
「さっきから本当になんなんだ……」




