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【連載休止】フェンリルは最強剣士の夢を見る  作者: 高橋
第二章 この墓地は見晴らしがいい
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51話 最悪にして最強の剣士

 ――転移直後

 ――洋上。商船甲板上にて


「痛っったぁ……っ!! ぐぅ、重い!!」


「……ッ、ここは……?」


 ジークは顔を上げ、辺りを見回す。

 一面真っ暗闇の中、いくつかの灯りが揺られ、白い大きな布がその光に照らされている。


 穏やかな夜風は潮の香りをまとわせ、時々飛沫や波の音が聞こえてくる。


「ここは……船上か?」


「重い!! 重いって!!!」


 騒がしい声に視線を下ろすと、アアルが下敷きになっているのが見える。


 どうやら転移の直後、バランスを崩して押し倒す形になったらしい。


 この状況はジークとしては都合がいい。

 このまま気絶させて縛りあげ、船を岸へと留めれば一件落着だ。


 そう考えていると、首筋に冷たいものが添えられた。


「アアル様から離れてください」


「……その刃物を引っ込めれば考えてやる」


 ジークは顎で自らの右手を指した。

 ミュシィはその右手にハンティングナイフが握られているのを確認すると、首元からナイフを下ろし、それをジークの上着のポケットの中に潜ませ、その場を離れた。


「私は離れました。次はあなたの番です」


「……そうさせてもらう」


 ジークはゆっくりとアアルから離れ、二人から距離を取ると共に、ポケットのナイフを彼女らの足元に放り捨てた。


「賢明な判断です」


「ここで爆死したらアウスレーゼの二の舞だからな」


 ミュシィはナイフを拾い、それを懐へと戻す。

 アアルは立ち上がり腰に手を当て、困った様子でジークへと視線を向けた。


「アナタがここに来るのは流石に想定外だわ」


「残念だったな。何もかも上手くいくと思ったら大間違いだ、このクソアマ」


「酷いなあ……。でもね、ものは考えようなのよ。アナタと二人きりでゆっくりお話し出来る機会が出来たと思えば、そう悪いことばかりじゃないわ♪」


「ああそうかい……で、ここはどこなんだ? 灯台がいくつか見えるが……赤いのがひとつに、普通のが三つか」


 ジークは遠くに見える特徴的な灯台を眺める。


「ここがどこかは言えないけど、ゼーランディアへと向かう航路ということだけは教えてあげる♪」


 ゼーランディアへの航路ということは、やはりガンドたちの言うように、彼女たちは戦争を起こす腹積もりなのだろう。


 一体なぜ、彼女に何のメリットがあってやっていることなのか。

 そんな純粋な疑問から、その言葉は口をついて出ていた。


「本当に、王と騎士の死体を運んで戦争を起こすつもりなのか……? どうして、なんの目的があって……多くの人の命を奪うようなことをするんだ……」


 ジークは少し俯き、それから彼女のほうへと視線を移した。


 アアルは白い頬に月明かりを受け、ジークに微笑む。


「人を殺すのに理由がいる?」


 逆に問いを投げ返され、ジークは言葉に詰まる。


 人を殺すのに理由がいるかなど、そんなことは知ったことではない。

 そもそも、殺すこと自体が問題なのだ。


 そんな理屈も、目の前のこの女には通用しないのだろう。


 彼女は月明かりの下で、悠遊と、リラックスした様子で、まるで久々に会った旧知の友人を相手にするかのように続ける。


「私にはね、信念があるの。楽しいと思ったこと、面白いと思ったことはぜーんぶやるの!! 正直ね、戦争がどうとかアヘンがどうとか、誰が死んで誰が生きるかなんて全部どうでもいい♪ 私はただ私が面白そうだと思ったことをやってるだけ!! それが今回は偶然、戦争とかアヘンとか騎士の死体だったってだけの話♪」


「それだけの理由で……アウスレーゼたちは死ななきゃならなかったのか……?」


「もちろんアウスレーゼはアウスレーゼで存分に楽しめたわ♪ その弟子の双子ちゃんたちも、宮廷騎士の愉快な仲間たちも、私はその死体まで余すことなく存分に利用したつもりよ?」


 アアルは一向に悪びれる様子もなく、ジークの顔を覗き込む。


「アナタ、自分のことを狩人って言っていたわよね。それなら分かるでしょう? 殺した獲物は皮も肉も用途のある部位なら全部余さず使い切る。それが狩人としての獲物に対するせめてもの礼儀ですものね。私も一緒よ? ただ獲物が獣から人に代わっただけ。まあ、双子ちゃんたちの死体はゴミ箱に捨ててきたけど♪」


 ジークはクレイモアを振り下ろした。

 甲板に亀裂が走り、退いたアアルは肩を竦める。


「そんなに怒らないでよ♪ 私はみんなのためにやったのに♪」


「みんなのためだと……? 多くの人を殺して……これからもっと多くの人たちが死ぬ!!」


「そうよ。戦争が始まれば社会は混沌に呑まれ、窮した人々が麻薬に手を伸ばす」


「そのどこがみんなのためだってんだ……!!」


 それを聞き、アアルはニッと笑う。


「私はね、最強の剣士になりたいのよ……♪」


 アアルは手を広げ、高らかに、歌うように語る。


「人はね、どん詰まりの真っ暗闇の中ではマッチ一本の光でさえ有難がるの。真昼間の陽光の下ではそんなもの全く気にもかけないのにね。だから、戦争で窮して追い詰められた人たちは、きっと色々な幸せに気付くと思うの♪ 失って初めて大切なものに気付くってやつ♪」


 彼女はなおも、月明かりを受けて妖精のように楽しげに舞う。


「そして私は、絶望の暗闇の中で、幸福という光に過敏になった人たちに麻薬を振る舞うの♪ 少しでも絶望から逃れたい人々が、夏の夜の灯火に群がる蠅や蛾のようになって、もう国中が大混乱の大パニック!!! みんなアヘアへ笑顔になって天国にトリップしちゃうの……!! 血飛沫と断末魔と、人間のありとあらゆる醜い欲求が綯い交ぜになって、戦争と麻薬で出来た馬車に揺られて世界中を駆け巡る!!! 私はその光景が見てみたい!! ね、ね? 面白そうでしょ!?」


 子供のような純粋な瞳をキラキラと輝かせ、アアルは笑う。

 満面の笑みを前に、ジークはギリと奥歯を鳴らした。


「それが最強の剣士だと……」


「そう! みんなを麻薬でアヘアへの笑顔にする最強の剣士!!」


 ふざけるな。

 ジークはそう呟き、アアルを睨む。


「俺はお前が人を殺さず、どこかの片田舎でひっそり静かに暮らしていてくれるなら見逃がしたって構わねえと思ってた。死んじまった奴らには悪いが、それで万事済むなら、犠牲者は少ないに越したことはないからな……。だが、お前はこれからも人を殺して生きていく。ただ面白いからというだけの理由で……」


 瞳の奥の、紅く燃える灯火に、黒き騎士の姿を映す。


「いま、俺が剣を取る理由も、てめえの行動原理と同じくらいシンプルだ!! ()()()()()()()()()()!! てめえの悪趣味なおままごとに、これ以上無関係な奴等を巻き込ませてたまるか!!!」


 道理も平和も生命も、傷口から流れ出る薔薇色の血で染め上げる剣と魔法の悪鬼。

 白鉄に月の光を纏わせ、死の世界へと誘う残虐な夜の女神。


 そんな彼女の微笑みに、鉄の刃を振りかざす。


 全ては、この女(アアル)を斬れば終わること。


「アハハ! じゃあせいぜい頑張ってみなよ♪ 三対一で勝てなかった相手に、たった一人でさあ!!」


 光さえ置き去りにして、一対の刃が衝突した。

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