5話 旅立ち
あれから二週間。
ジークとリルは旅の準備をしていた。
クラウスの助言を受けながら旅に必要な荷物を揃え、地図に旅のルートを書き込んでいく。
「とりあえず、マルティナから森を抜けて、ロンシャ村を経由してジードフィルに向かうってことでいいんだな?」
「ああ、旅をするなら、まずはパーティの結成届けを出したほうが色々と便利だ。それにジードフィルなら道中で不足だと思ったものを何でも揃えられる」
ジードフィルは国内でも最大級の都市部だ。
この国にはあと四つ同じ規模の大都市があるが、その中でもマルティナに一番近いのがジードフィルだった。
大きな都市のギルドハウスは代行所とは違い、旅に必要な全ての手続きをすることが出来る。ひとまずはパーティを組んで、ここで武器や装備を調える。
「ジーク! 教会のシスターからポーション十瓶も貰ってきたよー!」
「おお、十瓶とは凄いな」
「ひとつはオマケしてくれた!」
リルが持ってきたポーションをバッグに詰め込み、ひとまず最初に必要なものはおおよそ全て揃った。
初期投資はかなり手痛い出費だったが、"人食いの心臓"を売った金でなんとか賄うことが出来た。
「これで明日には出発出来るか。クラウス、お前の稽古のおかげで剣の腕も大分マシになったぜ。ありがとな」
「礼には及ばない。基礎は既に身に付いていたし、君の成長速度は目を見張るものがあった」
この二週間、準備と寝食以外の時間は全て剣の稽古に費やした。
ジークの剣は、シンの教えた基礎訓練と剣舞を模倣したものだった。
基本的な動きと流派の技の型は身についていたものの、それを実戦で活かせるだけの柔軟さ・応用力・対処能力が欠けていた。クラウスはそれを見抜くと、ジークに徹底的に実戦での剣の扱い方を叩き込んだ。
必要があれば剣を無くした時の戦い方も伝授した。
全ての状況に対応するため、弓やクロスボウ、トラップ、槍の扱いも全て一から見直し、実戦仕様に磨き上げる。
そして全ての総仕上げに、リルの魔法との連携を練習した。
リルは極めて強力な支援魔法の使い手で、魔力の障壁を出したり、身体能力の底上げをしてくれる。各魔法の能力を詳細に把握し、それを自らの剣と連携するパーティとしての堅牢さを身に付ける訓練だ。
まだまだ見直すべき点はあるものの、リルの魔法の精度にはクラウスも驚きを隠せなかった。
なにしろリルは、身の回りの家事を全て魔法でやっていたのだ。
複数の魔法を数センチ単位で、正確な場所に、正確な威力で発動出来る。
この世界に、「洗濯板で衣類を洗う」なんて魔法はない。
それをやるには魔力障壁を布と洗濯板に這わせ、水の魔法を組み合わせて数センチ単位で持続的に操り続ける必要がある。
リルはそれを器用にやってのける。
今までの旅の中で、これほど柔軟な魔法使いは一度も見たことがなかった。
(さすが、と言ったところか……)
クラウスは楽しげに話すリルの姿を見て、心のなかでそう呟いた。
しかし、クラウスにとって本当に凄まじいのはジークのほうだった。
彼は一度見た剣を数ミリ単位で完全に模倣する。
本人はまだまだだと言うが、それは完全に誤差範囲の話だ。
普通なら一度見た剣を数ミリ単位で再現するのに数週間から数ヶ月、下手をすれば数年から数十年の月日が必要だ。
それをジークは一瞬でやる。
彼は決して認めないが、基礎基本の動きと剣舞に限って言えば、ジークの動きはシンと寸分違わず同じものだ。
両者を別つものは、"実戦経験"と"野生の勘"のみ。
それだけは両方ともシンのほうが優れている。
ただ、それもこれから実戦経験を積むに従って変わってくるだろう。
現状ではクラウスのほうが経験にものを言わせて競り勝てているが、それもはじめのうちだけだろう。
彼が今の腕に落ち着いているのは、彼が見たことのある剣が、かつてのシンの剣舞だけだったからだ。おそらく、これから他の剣士を見ていくうちに、今より遥かに強くなる。
神霊葬を使わず真剣どうしで斬り合えば、そのうち強弱のバランスが崩れることもあるかもしれない。
「クラウス! 残った時間で稽古頼む!」
「ああ、出発前最後の稽古。この時間を大切に使おう」
それからしばらくの間、ジークとクラウスは模擬戦を行っていた。
今までの内容の総復習のようなもので、実戦に近い環境を想定し、森の中での戦闘、ジークは剣だけでなく弓やボウガンも含め、なんでもありの条件でクラウスと戦い、その訓練は夕方まで続いた。
「四勝十敗三引き分けか……。出発前夜だってのに、こりゃあ先が長いな」
「二週間でこれだけやれるなら上々だよ。森での戦闘では僕に分があるしね」
そうは言うものの、悔しいものは悔しい。
弓やボウガンで攻撃してもクラウスには剣で弾かれてしまう。
結局は剣同士でのせめぎ合いがメインになり、その上でこの勝率だ。
「木刀と真剣の違いというものもある。いくら実戦を想定した訓練をしても、それはあくまで訓練だ。実際の戦いには無数の不確定要素が絡んでくる。それを肌で感じられるようになるのが今後の課題だね」
「おうよ! 明日からは全部実戦だからな!」
二人は家に帰ると、リルの作った夕食を食べて明日に備えた。
バッグの中身を確認し、剣を研ぎ、ベッドの中に入る。
この二週間、色々なことがあった。
クラウスに会って、人食いを二人で倒して、自分の夢を再確認し、そのために一歩踏み出す覚悟をした。
明日からは狩人ではなく、冒険者だ。
正直クラウスの言っていた神霊の争いごとについては未だよく分かってない。
だから参加するのかどうかも今はまだ決められない。
――翌朝。
三人が朝食を済ませ町を後にしようと家から出ると、
「ジーク、リル! 冒険! 頑張れよぉおお!!」
町の人々が集まっていた。
「こりゃあ盛大な門出になっちまったな」
ジークは駆け寄ってきた子供の頭を撫でながら言う。
「ありがとー!! めっちゃ有名になって帰ってくるからねー!!」
リルはふふーんと胸を張り町民の声を一身に浴びている。
「良い町だね。シンがここで余生を過ごした気持ちがよく分かる」
クラウスは微笑みながら軽く手を振る。
「旅のお方、二人をよろしくお願いします」
「リルいなくなっちまうのか……俺アイツのこと好きだったんだけどな……」
「馬鹿だなーお前。アイツはもうジークのことしか眼中にないだろ」
などと色々な声が混じっているが、ジーク、リル、クラウスは三者三様にその声を受け取った。
ジークは豪快に笑いながら門出の言葉を背中に受ける。
クラウスは恭しく一礼し世話になった町を後にする。
リルはジークの腕に手を回しながら、最後まで笑顔で手を振っていた。
マルティナを後にして、道なりに森の中へと入っていく。
「いやー、盛大に見送ってもらったね! 頑張ろうねジーク!」
さっきの見送りがよっぽど嬉しかったのだろうか。
リルはぴょんぴょんと跳ねながらジークに話かけている。
「そうだな。だが次の目的地"ロンシャ村"までは半日以上歩くことになる。あんまりはしゃいでるとすぐに疲れちまうぞ」
「大丈夫だよ! わたし体力には自信あるし!」
言われてみればリルが疲れているところは初めて出会った"あの日"以来見たことがない。
そんなことを話していると、目の前に一匹のスライムが飛び出してきた。
と同時に、スライムは塵のように消失してしまった。
「剣を抜くまでもねえ」
ジークは折りたたみ式のボウガンをクルクルと回しながら呟くと、それをリュックのフックに吊るし直した。
「普段の狩りで慣れてるもんね」
「組立てと装填の練習にはなるがな」
「でも矢を買うにもお金は必要だ。次からは可能な限り剣で斬ろう」
クラウスの言うことも一理ある。
この程度の雑魚では練習にもならないだろうが、矢の節約を考えれば剣を抜くのが適切な判断だ。
「それはそうと、その白蓮とかいう剣は消耗しないのか?」
神樹を素材にしているのなら発動原理は魔法と同じはずだ。
持ち主の魔力を帯びさせ、それを射出して使用する。
喩えるなら魔力の弩弓だ。
矢の役割になる本人の魔力が切れてしまえば使えないはず。
クラウスはその疑問に「君が思っているのとは少し違うかな」と言った。
「これは他の杖と違って神樹の"核"を使ってる。だから使用者の魔力は必要無い」
「勝手に魔力が補充されるってことか」
「そういうことだね。使用者の魔力が必要無いし、使い方も"斬る"ことが前提だから、"杖と同じ素材を使った剣"くらいの認識が妥当かな」
つくづく不思議なものだとジークは思った。
神霊葬とクラウスは同じ"神樹"から造られたという。
それなのにクラウスは人間と全く同じ生き物のように振る舞い、白蓮は剣のような形を取る。
これが意思の有無の違いなのか、おそらくはクラウス本人にも分からないことだ。
そんなことを考えながら歩いているうちに、道に現れた下級の魔物を三匹も斬り刻んだ。
「角ウサギの角は解毒に仕えるからな。スライムと違って消えないから有難い」
「お肉も食べられるしね!」
「僕の大好物だ」
かくして三人の旅は始まった。
目指すは城下都市ジードフィル。
現在の旅程はその経由地点であるロンシャ村へと向かうこと。
パーティ結成届けはまだ出していないので、三人はまだ仮パーティだ。
最強剣士を目指す剣士・ジーク
神霊殺しの人造神霊・クラウス
自称最強の魔法使い・リル
三人はそれぞれの目的を胸に、次の目的地へと歩いて行く。