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【連載休止】フェンリルは最強剣士の夢を見る  作者: 高橋
第二章 この墓地は見晴らしがいい
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49話 神霊ヨルムンガンド

「総本部長……聞きたいことは色々あるけど、今は二人の行方について思い当たる場所がないかを聞きたい」


 ソファに腰掛ける初老の男は、懐から葉巻を取り出し、魔力で火を点けて咥えた。


「さあな」


 煙を吐き、ガンドは窓の向こうに照らされたアウスレーゼの十字架を眺める。

 部屋中が嵐のあとのように荒れ果て、部屋の外に出れば民衆たちが大騒ぎ。

 とても一人の人間を相手にしているとは思えない有様だ。


「あなた、神霊だよね」


 ガンドが顔を向けると、リルは疑うような顔で彼をじっと見ていた。


「杖もなしに魔法を使った。しかも、首を斬られて生きていられるなんて、()()()()()()


「……だとしたら君はどうする? 神霊フェンリル」


 リルはガンドの蛇の眼をじっと見つめる。


 間違いない。

 神霊ヨルムンガンド――。


 どういうわけか彼からは神霊の気配が察知できないけれど、否定しないということは、つまりそういうことだろう。


 リルとガンドの一触即発の空気の中、クラウスはふたりの間に割って入った。


「リルさん、総本部長……今は儀式のことは一旦忘れよう。それより僕たちは黒薔薇の騎士とジークの行方を調べないと。ジークのこともそうだけど、オルフェリアが戦禍に呑まれるか否かがかかっているんだ。僕たちがどうにかしないと」


 クラウスの言葉に、ガンドはリルから視線を外し、煙を吐いた。


「だそうだ。殺し合いはお預けだな」


「……」


 リルは大きく息を吸い、それを吐き出した。


 この儀式は、もともとは自分一人で背負うべきものなのだ。

 それなのに、何も関係のないジークを巻き込んで、もしかしたら、彼は今頃死んでいるかもしれない。


 それを考えると、全身に悪寒が走った。


 自分のせいで、また大事な人を殺してしまうかもしれない。


 昔、自分のことを慕ってくれていた女の子の顔を思い出す。

 あの子は助けられなかった。


 自分のせいで死んだ。

 儀式のせいで死んだ。


「リルさん」


 ふと、その声に顔を上げる。

 クラウスは困ったような、だけど、胸に誓った決意を守る騎士ような、複雑な表情で彼女のことを見ている。


「今は僕たちに出来ることをするしかないよ。大変だけど、やっぱり、それしかない。僕たちは一人じゃないから。ジークだって、きっと大丈夫だよ。彼の剣の腕は僕が保証する。最初に会った時は型にはまったガチガチの剣だったけど、今は僕よりずっと強い。だから大丈夫」


 それに、と続ける。


「ジークの背にはあの時リルさんがプレゼントしたクレイモアがまだ残ってる。あの剣が、きっとジークを守ってくれるよ」


「そう……だね。ありがとうクラウス……今はジークの行方を捜すことだけを考えよう」


 リルは散らばった地図とペンを拾ってきて、床にそれを並べた。

 リーシアの半径50キロ圏内を示す円を描き、それをガンドに渡す。


「考えて。あなたの得意分野なんでしょ?」


「今考えている最中だ。しかし分かるものかね、あの者が何を考えているかなど」


「知らないし、知りたくもない。だけど今は知る必要がある」


 リルの真剣な表情に、ガンドはため息を吐いた。


「なぜ奴がここに乗り込んできたと思う」


「なぜって……アウスレーゼを見せしめにして、人々の混乱する様を見物したかったから……」


「違うな。確かにそういう意図もあっただろうが、奴がやることには常に何らかの意味があった。リーシアへの襲撃も、宮廷騎士への反逆も、ローガンの暗殺も、アウスレーゼの見せしめも……ただ自分が楽しいからやったというだけでは説明不足だ。偶然やったにしてはかみ合わせが良すぎる」


 じゃあどういう意味があるって言うの、とリルが問うと、ガンドは煙を吐いて言った。


「十中八九、時間稼ぎだろうな」


「時間稼ぎ……?」


 リルはクラウスの傷に回復を施しつつ、その続きに耳を傾ける。


「もし襲撃が目的ならもう一人の"転移能力者"は今どこにいる? ローガンを襲う時には一緒にいただろう? 万が一の事態を考えれば戦力は多いに越したことはないからな。ただでさえ二人しかいないのに戦力を分散する意味などどこにもないのだ。あるとすれば、分担作業をする時だけだな。一方が騒ぎを起こして攪乱すれば、必然的にもう一方は目立たなくなる」


「……じゃあ、もう一人が死体を運び出すのに時間を稼ぐ必要があったってこと?」


「それ以外に何かあるのかね、神霊フェンリル」


 ガンドの嫌味な言葉にリルはムッと眉根を寄せる。

 クラウスは地図を眺め、何かに気付いたように顔を上げた。


「まさか海路を……?」


「恐らくな」


 湾岸地帯に位置するリーシア。

 その半径50キロ以内は、必然的に、リーシア同様湾岸に位置する地域だ。


 船に積み荷を乗せ、出航する時間を稼いでいたとしたら辻褄は合う。


「海に国境は無いからな」


「そこまで分かっていて、なんでジークの居場所のこと分からないって言ったの?」


 責めるように問うリルに、ガンドが自嘲気味に答える。


「海に道はない。相手が海にいると分かったとて、その正確な位置が君には分かるのかね? 半径50キロ以内とは言え、その中にどれだけの町があると思っている? 最低限どの港から出航したのかくらいは分からなければ、位置の特定は不可能だ」


 瞬間、爆音と共に天井が砕け散り、壁が吹き飛び、三つほど部屋が繋がった。

 外から突入してきた"それ"は壁の破片を払いながら立ち上がり、仁王立ちで、呆然とするリルたちにこう言い放った。


「正義、執行ですわ!!」


『遅ぇぞ! 全部終わったあとじゃねえか!!』


 金髪を縦に巻いた青いドレスの女性が、胸元に貼り付けた札と何やら会話をしている。


「まあ! 最短ルートで馳せ参じたつもりなのですけれど……。ダリオ様が言うまで、ローガン様の家宅へと向かっておりましたので……」


『別に責めてるわけじゃねえが……なあ、総本部長よ。これはどういう状況だ?』


 お嬢様の胸元の札が淡く発光し、ガンドたちに状況の説明を仰ぐ。


「ダリオか……? お前そこの札で全て聞いていたのではないのか?」


 ガンドは元々札があった場所を指して、それから三人は気付いた。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「どういうわけだ? 札が消えただと……? いや、まさか……!!」


 ガンドがそう言うと、札は笑い交じりに答えた。


『へへへ……そのまさかだ。剣のあんちゃんがさっき持ってったぜ? 自分の居場所が分からなくなると誰も援護に来てくれねえからな』

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