46話 脳手術
アウスレーゼの突進にアアルは姿勢を落とし、レイピアでの迎撃を試みる。
瞬時に詰められた間合いに対し、適切なタイミングの刺突。
刹那、アアルは歯噛みした。
レイピアの刃が通らない
突き出された切っ先はアウスレーゼの心臓を貫かんとばかりに左胸に直撃したが、鋼鉄に叩きつけられたガラス細工かのように、刀身が先端のほうから砕けて割れていく。
瞬時、振るわれた拳を間一髪で避け、足元に発生させた障壁で後方へと跳ぶ。
行く先には槍――正確には先端に穂先を備えた護身杖――を構える双子の姉妹。
アアルは半分ほどの長さになったレイピアで双子姉妹の追撃を弾き、地面を転がって体勢を立て直した。
埃を払いながら三人を見据え、アアルは楽し気な笑みを浮かべる。
「究極硬化変質。物質の固さを変える固有魔法……思った以上だわ♪」
半ばで折れたレイピアを撫で率直な賛辞の言葉を贈る。
恐らく彼の魔法は魔力消費超軽減のお陰でほぼ消費ゼロの低燃費だ。
このまま戦いを続けていれば魔力消費で自滅するのはアアルのほうだろう。
「俺の固有魔法は肉体をダイヤモンドに、拳は鋼に、突きつけられた刃を脆いガラスに変えることが出来る。刀剣じゃあ俺は斬れない。さりとてウォーハンマ―で殴りつけようとも、殴りつけたほうのウォーハンマ―が砕け散ってしまうもんでね……言っちゃアレだが、俺は無敵ってわけ」
世界最強の冒険者は何ともない様子でそんなことを宣う。
それに対しアアルは恍惚の表情を浮かべ、呼吸を荒くする。
「素敵……やっぱり殺し合いはこうでなくっちゃ♪」
折れた刀身の先端を弄りながら蠱惑的な笑みを浮かべる。
「俺の最初の一撃を躱せたことだけは褒めてやるよ。身体能力も剣術も魔法もどれも水準以上だ。だが、結局はそれだけだ」
アウスレーゼは再度突撃の構えを取る。
「器用貧乏な奴は何でも出来るように見えて実は何も出来ない。欲を張るより、何か一つに特化した奴でなきゃ俺の前に立つ資格はないぜ。お前の手札じゃ俺は倒せねえ」
アアルはその語りに微笑み返す。
「ふーん♪ そういうあなたはただの才能頼りに見えるけど?」
「そういうあなただって固有能力者じゃない! 杖無しに魔法を使って!」
マナがそう言い返す。
「自分だけ棚に上げて、そういう態度が気に入らない!」
マヤも続く。
「所詮は気の狂った殺人鬼の戯言! 何もかも筋違いだよ!」
二人の言葉にアアルは笑顔のまま肩を竦めた。
「ええ? 才能頼りの人たちと一緒にされたくないなあ~。私は自力でこの力を得たんだけど……ま、いいや♪ ほら、早くかかっておいでよ♪ お口より手を動かして?」
アウスレーゼの突進を躱し、振り向きざまの打突に対し、後方へと跳ねながらウォールシルトを叩き込む。
光の壁は一度は打撃を防いだものの、二度目の打撃によって完全に粉砕される。
左右からの双子の横槍は適当にあしらい、片割れの横っ腹に蹴りを叩き込んだ。
地面を転がり咳き込むマナに合わせ、マヤは二人の間に立ち、槍を構え睨みを利かせる。
「あなたたちは食後のデザートなんだから、ちょっと大人しくしててよ♪ 後でたくさん遊んであげるから♪」
「いつまでも減らず口を!」
「マヤ、タイムリミットは?」
アウスレーゼの問いかけに、地面に転がっていたマヤは懐から懐中時計を取り出し、立ち上がりながら時刻を告げる。
「23時54分……。あと6分しかないよ!」
「転移されちまったら困るからな……そろそろカタをつけないとねえ……」
三人のやり取りにアアルは笑う。
「あと6分逃げ切れば勝ち? 余裕じゃん♪ ミュシィちゃん、小屋までダッシュ!」
「分かりました」
アアルはミュシィを連れて小屋へと走る。
アウスレーゼと双子姉妹はその背を追い、叫ぶ。
「勝てないって分かって逃げるんだ! この卑怯者!」
「やっぱり口先だけ! マナ! 師匠! こんな奴ちゃちゃっと倒しちゃお!」
アウスレーゼの追撃をウォールシルトを織り込んだ回避でやり過ごしつつ、懐から取り出したクナイを投げて、右翼からの挟撃を狙っていたマヤの足を裂く。
左翼からミュシィに対して槍を突き出したマナは、ミュシィが繰り出した杖による打突により杖を絡めとられ、手元から弾き落とされた。
「他愛ありません……」
「やるじゃん! さすがミュシィちゃん! ウォールシルト!!」
「くぅ……ッ!」
槍を落とされ怯んだマナの胸元に、光の壁を叩きつける。
吹き飛ばされたマナは全身を殴打しながら転がり、木の幹にぶつかって意識を失う。
残る追撃者はアウスレーゼただ一人。
「師匠! 私たちには構わず!」
「そのつもりだねえ!!」
マヤの呼びかけに、アウスレーゼは加速をかける。
実体化した魔力の奔流を纏った一撃は、ウォールシルトでさえただでは済まさない。
「オラぁッ!!」
アアルではなく、ミュシィに狙いを定めた一撃。
転移能力者さえ潰せば制限時間を気にしなくて済む。
しかし、アアルの横槍がそれを阻止する。
「ミュシィちゃん跳んで! ――ブラストウィンド!」
ミュシィが「たんっ」と地面を蹴って跳ねあがったと同時、突風による後押しで勢いよく前方へと吹き飛ばされる。
アウスレーゼの拳は空を薙ぎ、アアルのレイピアが彼の顔面に叩きつけられる。
レイピアはアウスレーゼの眼球にぶつかると同時、粉々に散って砕けた。
しかし、その散った破片がアウスレーゼの視界をほんの一瞬だけ奪ってくれた。
「ウォールシルト!」
背後からの衝撃。
光の壁に突き出され、扉を突き破って小屋の中へと押し込まれる。
「ミュシィちゃん! 魔石!!」
「ええ、事前の段取り通りに……」
小屋の二階へと駆けあがったミュシィは、予め開けておいた部屋の床から、ありったけの湯の魔石と水の魔石を階下へと雪崩れ込ませた。
「チェックメイト」
アアルが指を鳴らすと共に、小屋全体――正確には、小屋の一階部分の壁と天井と床――が光の壁によって多重に覆われる。
同時、魔石が発光し大量の水が光の箱の中を圧迫した。
「グっおお!?」
大量の水に押し付けられ、肺から空気が押し出される。
「溺れさせる……つもりか!!!」
最後の息を絞りそう叫んだ。
「物理で倒せないんだからこれしかないよねー。ねえ、ミュシィちゃん♪」
「そうですね。極めて妥当な解決策かと思われます」
「師匠ッ!!」
「黙っててね~♪」
追加のクナイによりもう一方の足も裂かれ、苦悶の表情を浮かべるマヤ。
アウスレーゼは光の水槽の中、なんとか地面に足を踏ん張り、ありったけの力を込めてウォールシルトを殴りつける。
光の壁に亀裂が入り、そこからちょろちょろと水が漏れた。
やれる。
アウスレーゼは確信した。
物質の固さを操る究極硬化変質は、物質ではなく魔力で構成されたウォールシルトには効力を持たない。しかし、自らの肉体を鋼と変え、そこへ三つの身体強化によって底上げされた劇的な破壊力を加味すれば、このような光の壁など恐るるに足りない。
アウスレーゼが全力で壁を殴りつけると、ウォールシルトは粉々に砕けて散った。
しかしそこにはまた新たな光の壁。
それも殴り壊す。
何度も、何度も、何度でも……。
こちらは息が続く限り。
あちらは魔力の続く限り。
創造と破壊が繰り返され、やがて最後の光の壁に亀裂が走った。
「これで、終わりだあッ!!!」
地面に足をねじ込み、全体重を乗せた一撃が、光の壁を破壊する。
大量の水が溢れだし、彼はびしょ濡れでその場に立ち尽くした。
「師匠――!!」
息が途切れる前に、何とかこの水槽を破壊出来た。
アウスレーゼは目の前の二人の少女を見据え口端を上げた。
「残念だったな。物理で殺せないなら溺死させようって考えまでは良かったが、嬢ちゃんの魔力量じゃあ実現するのにちと魔力量が足りんかったみたいだね」
「ええ、本当に残念ね」
アアルは微笑み、そして、最強の冒険者はふと自らの体に違和感を覚えた。
「これで勝てたと思ったなら、本当に残念♪」
全身の筋肉と関節が軋みを上げる。
胸の奥に、刺されるような痛みが暴れ出す。
息苦しくて呼吸も上手く出来ない。
「がっ……は!!! なんだ!? この痛み……!! 常時超回復状態付与でも治らない!!! なぜだ!!!!」
あまりの苦痛と全身のだるさに、思わず地面に膝を突き、倒れ込む。
アアルは彼の苦しむ姿に股間を抑え込みながら、恍惚の表情で身を震わせ、「最高……」と呟いた。
続いてミュシィが彼の前に立ち口を開いた。
「減圧症です。血液中に蓄積されていた窒素が、急激な減圧により血管内で気泡化し、全身の細胞や血管を傷付け、塞ぎ、血栓を作り出し、臓器や組織への酸素供給を断っているのです。これは傷や怪我ではないので、回復系統では解消不可能な状態です」
「最初からこれを狙っていたのか!!!」
密封状態の箱に水の魔石をぶち込んで加圧し、それを本人の手により破らせることで一気に減圧。加圧状態で体内に溶け込んでいた窒素が、減圧によって一気に気泡へと変わり、全身を破壊する。
アアルはアウスレーゼの前に立ち、にこりと笑う。
「すべての魔法に共通する弱点があるわ」
「すべての、魔法に……?」
「そう。すべての魔法に。魔法って言うのは、思い込み――つまり本人の意志や信念、願いを総括したものが生み出す奇跡。つまるところ、そこに意思が伴わなければ魔法は発動することが出来ず、全ての奇跡は失われる――」
「何を、言っている……」
アウスレーゼはぼんやりと薄れゆく意識の中で、彼女の声に耳を傾ける。
「意識を失った状態では、あなたの究極硬化変質も発動しないね♪」
それに続けて、ミュシィが告げる。
「言い忘れていました。減圧症の最後の症状は――意識障害、及び、死亡です」
アウスレーゼはそれを聞き届けることなく、意識を失った。
アアルは彼の閉じた瞼を開き覗き込むと、にっこりと微笑む。
黒いショートボブを揺らし、立ち上がり、マヤのほうへと歩いていく。
「さ、お楽しみの時間ね。脳みそ移植実験の始まり始まり♪」
マヤは目を見開き、ガタガタと震えながら声も出さずに泣いている。
「大丈夫、怖がらないで? お姉さんが優しく執刀してあげるから♪」
「やだ……助けてよ……師匠……」
「アウスレーゼは死んだ。いま、私が殺した」
にっこりと微笑み、助けは来ないと教えてやる。
アアルはミュシィに頼み、小屋の中から包みを持って来させる。
ミュシィが包みを広げると、中からはいくつかの道具が出てくる。
のこぎり
メス
手回しドリル
釘
ねじ
ハサミ
包丁
それらを見てさらに涙が込み上げてきた。
ぽろぽろと雫を溢し懇願する。
「お願い……やめて……。怖いの……」
「大丈夫。怖くないわ♪ 私はね、むかしゼーランディアのお医者さんだったの。北のゼーランディアではね、未だに医術で病気に対処しているんだよ? 私には沢山の手術経験があるし、幾つもの命をこの手で救ってきたわ。だから安心して? これでも優秀だったんだから♪」
ミュシィが気絶したマナを引きずってくる。
双子の片割れを横に、マヤは何も出来ず、ただ震えていることしか出来ない。
「うふふ、楽しみね……。次に目が覚めた時どんな反応をするのかしら……♪」
アアルはマヤを気絶させると、メスを手に、彼女の頭に左手を添えた。