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【連載休止】フェンリルは最強剣士の夢を見る  作者: 高橋
第二章 この墓地は見晴らしがいい
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43話 考えうる最悪の事態

「これ以上ない程に悪い知らせだ。オルフェリアの国王が殺され、宮廷騎士が二人残して壊滅した」


 真夜中に呼び出されての第一声がそれだった。


「国王が殺された……? 一体誰に……?」


「言うまでもないことだろう。例によってあの宮廷騎士の仕業だよ。もっとも、こうなってしまっては宮廷騎士とは呼べないだろうがね……。同じ宮廷騎士の特異形質者を連れて主城から脱走。殺された四人の騎士の遺体は未だ見つかっていないそうだ」


 クラウスは口元に手をやり、疑いの眼をガンドに向ける。


「その情報は誰から?」


 ジークはクラウスのその質問にハッとする。

 ガンドは宮廷の最高機密情報である神霊クラウスを知っていた。

 そして今回も、知りうるはずのない情報を掴んでいる。

 しかもこの短時間で。


 ガンドは扉の前に立っているエリックに視線を向けた。

 エリックは胸元から札を取り出し、それをテーブルの上に乗せた。

 午前中ガンドが使っていた遠隔会話の札と同種のものだ。


 札が仄かに発光し、男の声が聞こえてきた。


『聞こえるかい……総本部長殿。それに、裏切り者の"元"宮廷騎士、神霊クラウス……』


「その声……まさかダリオか?」


 クラウスの問いに男のしゃがれた声が笑う。


『ヘッヘヘへ……。察しの通りだよクラウス、しばらくぶりだな』


 クラウスは冷めた声で答える。


「元気そうでなによりだよダリオ。それで、そっちの状況をギルドに流していたのは君というわけか。君にそんな陰謀趣味があるとは知らなかったよ。僕の情報を流していたのも君か?」


 へへへという笑い声が聞こえてくる。


『新しいアットホームな職場が欲しいもんでね。なにしろ、俺の今の雇い主は冷たいからな……。物理的に』


 クラウスはため息を吐き、それ以上は何も言わなかった。

 会話が途切れ、僅かな沈黙が部屋を満たす。


 その沈黙を破ったのはジークだった。


「で、アンタはその情報をギルドに売って、ここで雇ってもらう契約をしたわけだ。それで国のほうはどうする? アンタら宮廷騎士の実態は知ったこっちゃねえ。金が大事。自分の身が大事。結構なことだ。だが表向きには国を治めるためにアンタらがいるんだろ? これからオルフェリアはどうするつもりだ?」


 リルはジークの言葉に頷く。


「今が一番の踏ん張りどころでしょ? ……逃げるの?」


 世継ぎも決めずに国王が死んだとなれば、宮廷内で権力争いが起こる可能性は否定出来ない。

 宮廷騎士が壊滅しているともなれば尚更だ。


 ジークとリルの言葉に笑いが返ってくる。


『そいつァ俺には関係のない話だ。とはいえ時間稼ぎは必要だろうな。面倒事から逃げるのにも時間が無けりゃあ逃げ切れねえ……。そういうわけで、一時しのぎではあるが応急処置はさせてもらった。俺の知り合いに不動産詐欺師を生業にしている輩がいてね、そいつに金を積んで国王オルフェリアに成り代わってもらったよ』


「詐欺師に……? 正気かお前。そんな奴が国王の代わりだと?」


『もちろん政治ごっこは残ったもう一人の同業騎士が担っているさ。問題なのは国王オルフェリアの死亡を外部に悟らせないことだからな。ガワが似せられるなら誰だっていいんだよ』


 ジークがガンドのほうに視線を移すと、彼は厳かに頷いた。


「彼については問題ない。金で動く相手は金がある限りは味方でいてくれる。地面師についても腕前だけは確かだ。アレは小悪党だが、小悪党であるが故に小銭にしか興味がない。地位や名誉など二の次だ」


『書類偽造から始まって変装変声。とにかくガワだけは間違いない。宮廷騎士の俺が言うんだから信じろよ』


 札からの声にジークとリルは肩を竦めた。

 話のスケールが大きいのか小さいのか、なんだか頭が混乱してくる。


 二人に代わりクラウスが質問を投げかける。


「それで本題は何かな? 国王の身代わりが見つかったことを知らせるためだけに、わざわざこんな夜遅くに呼びつけたわけじゃないんだろう?」


 ガンドの合図に従者のエリックが地図を開いた。

 テーブル上のオルフェリア王国には、主城のある首都・アテネスに赤い丸が、国境線に青い線が引かれている。


「宮廷とリーシアを敵に回した黒薔薇は一刻も早くオルフェリアから脱出したいはずだ。首都アテネスから最も近い国は北のゼーランディア帝国。西方世界で唯一の"ギルド無き国家"だ」


 ジークは苦笑いしながら背もたれに体重を預けた。


「ギルドに追われる奴が逃げ込むには最高の場所だな」


 ダリオが続ける。


『奴が連れて逃げた転移能力者は日に三度の転移が可能だが、一度の転移で約50キロしか跳べない。しかも国境は越えられないという制約もある。だが、二回も転移すれば北の国境線までは半日もかからない』


「もちろんこれに気付いてからすぐに北の国境線を固めさせた。だが来るはずの時刻を超えても奴は一向に姿を見せずにいる。次いで我々はありったけのスレイブバードを放った。奴がどこにいるのか知る必要があったからな」


 聞き慣れない単語にジークが首を傾げると、ダリオが解説を始めた。


『奴隷鳩だよ。意志を奪われ術師の言いなりになった鳥類。視覚の共有が可能なもんで、諜報目的に国家間でかなりの量を飛ばし合ってるぜ。まあ操るつっても大まかな方向を指定するくらいのもんだけどな』


「それをありったけ放った。合計で千は越えるだろう」


鳥からすればたまったものではないが、今はそんな話をしている暇はない。

ダリオが続ける。


『奴隷鳩のお陰であのろくでなしの居場所は割り出せたわけなんだが……』


 ガンドは地図に記された一つのバツ印を指した。


 別に有名な何かがあるわけじゃない、ただの森だ。

 しかしそこには荒々しく掠れたインクで「Logan!!」と書き殴られている。


「千里眼のローガン……。千里の先を見通す瞳を持った一人の老人だ。かつては冒険者として英雄的活躍をしていた男だったのだが……特異形質ゆえの気苦労も多かったらしい。今はこの森の奥に妻と共に隠居しているらしいが、詳しい場所を知る者はごく一部だ。世界情勢に関わる能力だからな……それ故、この近辺はギルド特別警戒区域として指定してある」


 それを聞きクラウスはまさかと呟いた。

 ガンドが頷くと、エリックが一枚の紙をテーブルの中央に置いた。


 ブレた景色の中に一件の家屋が見える。

 割れた窓ガラスに、揺れるベージュ色のカーテン。

 その隙間から僅かに覗く、血溜まりに倒れる老人の姿と、それを傍目にソファに寛ぎ、()()をつまんで覗き込んでいる黒髪の女。


「ローガンは殺された」


 ガンドは奴隷鳩の視覚情報を焼き写した写真を、ガラス製の灰皿に捨て火を点けた。


「奴は千里眼を持っている」


『最高に最悪な展開だ』


「それで、どう対処するんだ? アイツのツレの転移能力とやらは日に三度しか使えないんだろ? あと三十分もしたら今日が終わる。この情報だって使えなくなっちまう。チャンスは今しかねえわけだが」


 ジークの言葉にガンドが答える。


「ギルドで雇っている傭兵を向かわせたよ。偶然にも近場に腕利きの特異形質者が一人いたものでね、彼なら奴とも渡り合えるはずだ」


 特異形質者……。

 先天的に特殊な魔法を身に着けて生まれた、神に愛されし者。


『世界に三人しか存在しない、ギルドランク"ミスリル"の怪物。アウスレーゼ・アルマース』


 ジークはその名前に息を呑んだ。

 それはあまり世間に詳しくないジークですら知っている伝説的人物の名だ。


 五百年ぶりに姿を見せた愚石龍をたった一人で葬り去り歴史上の人物たちの偉業に肩を並べた、まさしく生ける伝説と呼ぶに相応しい冒険者の男。


 聞いた話では、宮廷騎士の中にも彼に敵うものはいないと言われている。


『アウスレーゼだけじゃないがな。アイツの前じゃもはやオマケにしか思えないが、合計で三十人程度のシルバーからゴールドランクの傭兵たちが同時に向かっている。アアルの嬢ちゃんには同情するが、そこの総本部長はかなり本気らしくてね』


「奴に逃げられないかが唯一の懸念事項だが、奴隷鳩からの情報ではまだ動く様子はない。このままならあと五分もしないうちにアウスレーゼが接敵する」


「それじゃあ俺たちがここにいる意味って何なんだよ。アウスレーゼが始末してくれるんだから、俺たちの出る幕なんてはじめから無いだろ」


 わざわざこの夜中に呼び出された意味が分からない。

 勝手にやってろ。


 ジークがそう思っていると、ダリオが笑う。


『転移魔法は午前零時を回った瞬間に開放される。もしも……万が一にも奴が20分間アウスレーゼから逃げ切ることが出来れば……午前零時を超えれば、アアルは晴れて国境を越える……。北に三回飛んで終わりだ』


 クラウスはそれを聞いて、地図をなぞる。

 確かに、最短ルートで三回ぶんの転移を使えば北のゼーランディアに届く。


『それに、あの女がただ逃げてるだけだと思うか?』


 どういう意味だと問うと、ダリオは皆が忘れていた――というよりは、話の流れで重要視しなかった――事柄に触れる。

 

『アイツはなんで仲間の死体なんて持って行きやがった? そのまま放置でも困らんだろうに』


 ダリオの言うことは、ジークやクラウスたちも疑問に思っていたことだ。

 なぜ、死体など持って行ったのか。

 無駄な荷物になるし、時間が経てば腐ってしまう。

 わざわざ埋葬のために運び出したとも思えない。

 明らかに邪魔だ。


 ダリオの言葉を引き継ぎ、ガンドは地の底から響くような声で紡ぐ。


「黒薔薇は戦争を起こすつもりだ」


 その瞬間、執務室の空気が凍てつくような錯覚に襲われた。


 リルが思わず呟く。


「……どういうこと?」


 ガンドは続ける。


「この世界では三百年近く大きな戦争が起きていない。それは魔法とギルドが普及した結果だ。どれだけ攻撃しても敵の怪我はすぐに治る。呪文(スペル)の一言で堅牢な城壁が築かれる。同時に強力な攻撃も行えるが、兵站については、あまり便利な魔法が存在しない。移動系の魔法はどれも特異形質がないと使えない。軍事的な行動をとれば即座にギルドを通じて世界中に知れ渡る。魔法の普及とギルドのせいで、攻撃側が不利と分かって以来、侵略行為を行う国はただの一つも出ていない。割に合わないからな。だが……」


 ガンドの指はもう一度北上し、ゼーランディアに戻る。


『奴隷鳩は便利だが、二、三時間も飛ばせば術式が解けて使えなくなる。そもそも他者他種を操る魔法だからな、長持ちするわけがない。そういうわけで、現状他国を常時監視出来るような方法は存在しない。そのうえゼーランディアにはギルドの情報網が無いときた』


「もしオルフェリア王国への進軍を企てても、初動を察知するのはギルド発足以前と同じくらいの難度と時間がかかるわけだ。そんなゼーランディアが、オルフェリアの国王の死と宮廷騎士の壊滅を知れば、これをチャンスと取るかもしれない。しかもご丁寧なことに冒険者ギルドの総本山、南のリーシアは現在混乱状態にある。ギルドの情報網がパンクしている今なら、どさくさに紛れて領地の一部を掠め取ってやることも可能だろう。どうかね、いかにもあの帝国が考えそうなことではないか」


 ゼーランディアでは市民の杖の所持が認められていない。

 表向きには「魔法の普及による科学技術や医療技術の遺失を阻止するため」と公表しているが、実際には別の理由がある。


 例えば国が魔法を独占することによって市民への支配力を維持することだとか、あとは手術に扱うモルヒネを作るための原料であるケシを栽培するためだとか、色々だ。


 特にケシの温室栽培に関しては悪質だ。

 未だに病魔に対し手作業での手術を行うゼーランディアでは、手術のためのモルヒネが必須だ。だが、それも表の理由に過ぎない。ケシ栽培の本当の理由はアヘンの生産にある。


 アヘンの流通は古くからギルドが厳しく取り締まっているが、全てのルートを潰すことは未だに出来ていない。大陸一帯で流通しているアヘンの九割以上が、ゼーランディアで栽培されたものだと言われている。


 そういうわけで、あの帝国には常に「表の理由」と「裏の理由」が付きまとう。


 そんな国だからこそ、ガンドはさっきのようなことを懸念したわけだ。


「確かに国王やら騎士どもやらの死体を持っていけば説得力は高まるわな」


『そういうわけだ』


「現在、北方の各ギルド支部にも要請し冒険者を募りあらゆる町・道・森・川辺の警戒を強めている。所詮相手は二人だけだ。数で押せばどうとでもなる。それに実際の戦闘に持ち込まずとも、千里眼を持った相手ならわざわざ包囲の厚いほうへ向かおうとは思わんだろう」


 あくまで威嚇目的というわけだが、最悪数で圧し潰す算段もあるわけだ。


「至れり尽くせりだな。で、その上で俺たちにもやって欲しいことがあると」


 ガンドは頷くと、大きくため息を吐いた。


「あの女……国王以外の四つの死体を別の誰かに預けたようだ。しかも四人の騎士全員を別々の人間に託して運ばせている。二人は既に見つけたのだが、残りの二人は未だに見つかっていない。恐らく麻薬関連の組織だとは思うが」


「その運び屋の相手をしてほしいわけだ」


「ああ……奴が持っている国王の死体と合わせて、現状五つのルートでオルフェリアから死体が運び出されようとしている。君たちにはギルドの傭兵と協力し、現状見つかっている二つのルートで待ち伏せし、それを阻止して貰いたい」


 アヘン生産の九割を占めるゼーランディアがオルフェリアへと進行を開始すれば、自然と二国間の国境は混乱に陥り、アヘンの密輸入が今までよりも容易になる。

 敵国の兵力がアヘンによってズタズタになるならば、麻薬カルテルだけでなくゼーランディアからしてもこの一手はかなり魅力的な一撃だと言える。


 それをもくろむアアルが何を考えているのかは全くもって理解が出来ない。

 だが、とにかくこのまま戦争の火種をゼーランディアに運び込ませるわけにはいかない。


「やってくれるな」


 ジークはリルとクラウスに視線を向けた。

 二人はそれに頷き、ジークはガンドのほうへと視線を戻した。


「故郷のマルティナが焼かれるのは御免だからな」

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