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【連載休止】フェンリルは最強剣士の夢を見る  作者: 高橋
第二章 この墓地は見晴らしがいい
34/60

34話 次なる目的地へ

 リーシアへと向かう旅の最終日。

 と言っても、リーシアに到着して旅が終わるわけでもないが……。


 旅というものは、常に到着地点も旅路となる。

 次の村、次の町、次の国……。

 次を目指すたびに、その到着地点が中継地へと変わっていく。

 旅を続ける限り、それは終わらない。


 リーシアもそんな中継地点のひとつなのだと思う。

 色々な街を見て回って、他と違う部分を楽しむ。

 そう、今のジークたちのように。


「うわっは~!! すげええ!! 足元が揺れる!! すげえ!!」


「ジーク本当に楽しそうだね!」


 浮き桟橋(さんばし)ではしゃぐ二人をクラウスは微笑ましく見守る。


 ――リーシア南西部、小さな港の町

 ――午前八時頃


 早朝から歩き続け、ようやくこの港へとやってきた。

 ここから北に三十分ほど北上すれば今回の目的地、リーシアへと辿り着く。


 目的地まで目と鼻の先ほどの距離だと言うのに、何故ここで船での移動を要するのか。

 それはひとえに、港湾都市リーシアが天然の要塞であることに起因する。


 西部の港湾を除き、三方を山と森に覆われたリーシアは陸地からの移動が極めて困難である。

 そういうわけで、一度ここからリーシア行きの定期船に乗って、ぐるりと西から回り込まなければならないわけだ。 


 こう聞くと少し不都合な街のようにも聞こえるが、実際はその逆だ。


 西部に開けた港湾は大きな地形的アドバンテージを持っており、氷河期に海面の上昇によって生まれた沖の島々が天然の防波堤となり、リーシアに穏やかな海を作り出している。

 また、無数の島々が生み出す複雑な潮流は海底の養分を巻き上げ、この近辺に豊かな海の幸を育んでいる。


 まさに、海に愛されし貿易と海産物の都。


 そんなわけで、リーシアは国内でも最大規模の経済都市として成り立っている。

 それこそ、ジードフィル以上の貿易都市として。


 クラウスは岩場に腰を掛け、向こうのほうで珊瑚を運んでいる海人(あま)へと視線を移す。


 このあたりの村々は海綿と珊瑚の特産地だ。


 造礁性(ぞうしょうせい)の珊瑚は体内で藻類と共生しており、光合成によって多くのエネルギーを得て生きている。

 この辺り一帯はリーシアよりも浅い海となっており、太陽の光がよく届く。

 珊瑚の生息域としては非常によく条件が整っており、採られた珊瑚はアクセサリーなどの素材として多く輸出される。


 海綿のほうはと言うと、こちらは体の隙間に海水を通し、濾過して微生物を捕食する濾過摂食者だ。

 こちらについても、海底から栄養が巻き上げられるこの一帯の潮流の速さのおかげでよく育つ。

 この国の市場で出回っているスポンジの約半数がこの辺りで取れた海綿で作られていると聞く。


 リーシア付近の浅海域(せんかいいき)で採れるスポンジは大きく育つため、それだけで割と良い値で売れるのだ。


 このように条件の整った地域では、プロの海人が春から秋にかけて、一日に十回、三分間の素潜りを行って珊瑚と海綿の採取を行うらしい。

 潜る深さは三十メートルにも達し、その道に生きる者の力強さを感じさせる。


 その土地土地で様々な人の生き方があり、何を糧にするのかも変わってくる。

 それを……この世界の広さを、あの二人には知ってほしい。


 クラウスはそれを切に願っている。


 知るということには価値がある。

 意味のないことだと思えたものにも価値を見出し、視野を広げ、世界をより深く理解することに繋がる。

 閉ざされた故郷の知識だけでは見えなかった、多くの人々の生活。


 何がどこに影響するのか。

 何がその文化での幸福なのか。


 儀式――

 下手をすれば、それは世界そのものに影響を与えかねない代物だ。

 勝利者の願いを叶え世界の理を捻じ曲げる。


 その理が世界に、人々の暮らしにどのような影響を及ぼすのか。

 それを考慮に入れられる視界の広さを、この儀式に関わる彼らには持っていて欲しい。


 幸福にしようとして不幸を生むこともある。

 少なくとも、リルとコカトリスはそのことをよく知っているはずだ。

 恐らく、彼女らと関わったジークも理解していることだろう。


 あのような悲劇を二度と繰り返さないためにも、知るという行為は必ず通過しなければならない。

 二人が、本気で儀式に臨むというのなら。


「おーいクラウスー! 定期船来たぞー!!」


「とうとうリーシアに着くねー!! すっごく楽しみ!!」


 ジークとリルの呼びかけにクラウスは立ち上がり、尻を払った。


 まあ、あの二人なら問題はないだろう。

 それでも問題が起きそうな時は、


「僕がフォローすればいい」


 クラウスは二人に続いて定期船に乗り込んだ。


 僅かな船揺れに三半規管が少しだけびっくりする。

 この感覚も久しぶりだ。


「ずっと一人で何してたんだ?」


「考え事だよ。ほら、見てジーク。これ」


 クラウスは一枚の便せんをジークに見せる。

 ジークはそれをまじまじと見つめ、首を傾げた。


「なんだよそれ? 普通の手紙に見えるが……」


「うん。普通の手紙だよ。さっき僕が寄りかかっていた岩があるだろう? 船乗りは中継地の町の決まった石の下に手紙を置いていくんだ。別の船の船乗りがその下を確認して、自分たちの行き先と同じものがあればそれを持って行ってあげるんだよ。少し古い風習なんだけどね」


 クラウスの言葉にジークは納得したように頷く。


「その手紙はリーシア行きってわけだ」


「宛先は冒険者ギルドの横の民家みたいだね」


 クラウスは手紙をしまい、太陽の光を受けた青い海を眺める。


 人と人とが関わり合ってこの世界は出来ている。

 この手紙もそうだ。


 船乗りから船乗りへ。

 旅人から旅人へ。

 そして目的地へ。


 港湾都市リーシアには、もうすぐ到着する。

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