31話 夕食
いつもより早めの夕飯。
テーブルの上には焼きたてのピザや肉汁溢れるステーキ、色とりどりの野菜を使った暖かいスープなど、豪勢な料理が並んでいる。
「おいしそ~っ!!」
リルが瞳をキラキラさせながら料理を前に騒いでいる。
まるでパーティーか何かのような品揃えだが、この際出費については目を瞑ろう。
長旅でまともな食事が出来なかった三人の、やっと辿り着いた人里での久々のちゃんとした夕飯だ。
欲に駆られて少しばかり散財したって誰も文句は言わない。
「さ、今日は心置きなく好きなだけ食べよう。これも旅の楽しみだ!」
クラウスがそういうと、三人は互いのグラスをぶつけあって乾杯した。
クラウスは昔から旅の道すがら各地の名産品を口にするのが大好きだった。
海の近いこの辺りの村では、とくに魚介類がとてもおいしく安く手に入る。
テーブルに並んだ料理にも、ピザにはエビや貝などがたっぷり使われているし、素揚げにした小魚は酒の肴にすると最高だ。
ジードフィルとは一味違う、この地方だからこその味わい。
旅の道中でのワンパターンなメニュー、パンや穀物、野菜とは無縁の生活……そんな日々を抜け出してようやく食べる手の込んだ料理は旅人たちの舌の慰めだ。
逆に言えば、旅での我慢は全て、この時のための調味料なのだ。
「おいしい~っ! ジークっ、これ私のおすすめだよっ!!」
「うん、確かに美味いな。似た料理はマルティナにもあったが、使ってるソースが少し違うのか」
これこそ旅の醍醐味というもの。
地域によって異なる気候風土や文化を愉しむこと。
その中には当然食文化も含まれている。
お酒なんかも、国によって違いがあって面白い。
楽しそうに食事をする二人を眺め、クラウスも軽く微笑んだ。
こんなふうに旅を続けられるのも、全てはこの二人が旅について来てくれたお陰だ。
神霊コカトリスとの闘い――。
あの時の自分は病に冒され倒れていた。
全身が痛む中でなんとか二人のために下準備はしたつもりだが、戦いのほとんど全てを彼らに任せてしまった。
儀式に勝利することをシンに約束した身としては少し苦い話だ。
ジークとリルがいなければ、きっとジードフィルは滅んでいた。
そしてクラウスも例に漏れず死んでいたことだろう。
だから、彼らが一緒に来てくれて本当に良かったと思う。
ジークは誰かの笑顔のために剣を振る。
殺すためではなく、守るために。
ジークとリルのその願い、その誓いは思わぬ形で実を結んだ。
ジークはコカトリスと友達になった。
今まで儀式に勝ち抜くことを……神霊を討ち滅ぼすことだけを考えてきたクラウスにとって、ジークの存在は何よりも異様なものに映った。
それは最初に出会った頃、フェンリルと共に暮らしている姿を見た時からそうだった。
世界を滅ぼしうる力を持った神霊フェンリルを唯一無二の幼馴染として、相棒として受け入れている。
そしてコカトリスでさえ彼と戦い、その戦いを通じて互いに理解し友達になった。
神霊だからとか、人間だからとか、そういう固定観念が彼には無い。
相手の本質を理解し、その苦しみを理解し、寄り添う力が彼にはある。
クラウスは正しい道を歩んでいるつもりだった。
人々の暮らしを守るために儀式に勝ち残り、悪しき神霊を葬り去る。
だけど、その神霊だって生きているのだ。
悪しき願いを持つことにも何かしらの理由があるのかもしれない。
今までの自分は前だけを見て生きてきた。
だけどジークが見ているのは前だけじゃない。
何かを理解するためには、時には立ち止まって、振り返ることだって必要なのかもしれない。
それを彼は気付かせてくれた。
人を救うことと神霊を殺すことはイコールではないと。
「どうしたクラウス? ぼーっとして」
「折角の御馳走なんだからいっぱい食べなきゃ! クラウスのぶんもよそってあげるね!!」
手の止まっていたクラウスに気付き、リルが小皿に料理をよそっていく。
それに対してジークは目を細めてリルの持つ小皿に対して鋭い言及を加えた。
「おいリル、クラウスに食わせる前にお前が野菜食え」
「やだ! オオカミは野菜食べないもーん! 肉だけでいいんだもーん!」
「お前はオオカミじゃなくて神霊だろ……」
リルの屁理屈にジークは呆れかえる。
二人の様子にクラウスはふふと笑う。
こうした会話を聞いていると、二人が別種であるという事実も忘れてしまう。
それくらい二人が一緒にいることは当然のことで、普通のことで、日常なのだ。
「リルさんありがとう。だけどジークの言う通りだよ。野菜はちゃんと食べないと」
「クラウスまでそんなこと言う! 私はこれで健康なんだからいいの!!」
骨付きの鶏肉を頬張り、リルは幸せそうにしている。
「確かに、健康ならいいのかな……」
「流されるなクラウス。どちらにせよ好き嫌いはよくないぞ」
ジークとリルが騒ぐ中で、クラウスは笑い、改めて思う。
この二人と一緒に旅が出来てよかったと。