3話 和解と前置き
そう言ったのを聞くと、リルはつられて吹き出した。
「ふふっ、アハハ! なにそれ! 人を笑顔にする剣って、フフッ!アハハハハハ!」
「なんだよ、おかしいかよ! 人が折角大まじめに話してたのによ」
リルがあまりに大笑いするものだから、ジークは却ってムスッとする。
それを見たリルは更に笑う。
「だって、ジークがみんなを笑顔にするって言ったんだ! 世界最強の剣士の、一番最初の仲間が最初に笑わなくてどうする! ジークが笑ったら私も笑う! ジークが泣いたら、私も泣く!」
リルの馬鹿笑いにつられて、クラウスも口元を綻ばせる。
「皆を笑顔に、皆を幸福に……たしかに、君の師範の言いそうなことだ」
「クラウスまで……」
なんだか真面目な話をしていたのに、一気に雰囲気がぶち壊されてしまった。
「でも、ジークのおかげで冷静になれた。ありがと。それと、クラウスさん……でしたよね? 急に突っかかるようなことを言ってごめんなさい。ちゃんと事情も知らないうちから、決めつけるようなことを言って」
リルは笑いすぎて出てきた涙を人差し指で拭い、クラウスに謝罪した。
彼女も決して悪意があってクラウスに敵意を向けたわけではない。
クラウスもそのことは初めから分かっていた。
ただ、話の中の"何か"の噛み合わせが悪かっただけなのだ。
「いや、こちらこそ心配をかけるようなことをして申し訳なかった。君にとって、ジークがそれほど大切なんだという気持ちは、よく伝わってきたよ」
「は、はあ!? なんでそうなるの!」
ひとまずリルとクラウスが和解したところで、話を本題に戻す。
「あ、あー。クラウス、リル……楽しそうに話しているところを悪いが、そろそろ代行所に行かないと時間がヤバい」
「楽しくない!」
「それは困る! 今日のうちに換金しないと断食四日目なんだ!」
別に換金出来なければ晩飯くらい奢るのだが、クラウスは真剣に餓死の危機を感じているらしい。
三人は大急ぎでギルドの代行所に滑り込み案内嬢を驚かせ、"人食いの心臓"を取り出して二度も彼女を驚かせた。
たかだか三人押し寄せた程度で驚くとは、流石は田舎のギルド代行だとは思ったが、心臓の換金は無事に終え、クラウスは大金を手に入れた。
「ジーク、これは君が受け取ってくれ」
クラウスは換金した額のちょうど半分を渡してきた。
「僕がトドメを刺したとはいえ、君も共に戦ったんだ。半分くらいは受け取るべきだろう」
もっともらしいことを言うが、ジークは少し遠慮がちに応えた。
「気持ちはありがたいんだが……いいのか? 確かに俺は金を稼ぐために狩人をやってるが、流石に生活が苦しいってほど金に困ってるわけじゃねえ。お前は冒険者なんだろ? 今回みたいに金に困ることもあるだろうし、全額お前が受け取っても俺は構わないんだが……」
ジークがそう言うと、リルはクラウスから包みを受け取った。
「もらい!」
「おい!」
ジークが叱ると、リルは逆にジークを叱り返す。
「こういうのは貰っておいたほうが後腐れがないの! クラウスのあの馬鹿真面目な性格を見て分からない? このクソマジメ冒険者、ここで貰っておかないと絶対に『この恩義は一生忘れない』とか言い出すから!」
「君は……読心術のスキルでも持っているのか?」
「ほら!」
「クラウス、この猫耳が変でごめんな。わざわざ合わせる必要はないんだぜ?」
「オイ、誰が『変』だって?」
二人のやりとりにクラウスはふと歩みを止めた。
「猫耳……それは狼耳じゃないのか?」
クラウスの疑問に、ジークとリルは一瞬固まった。
「お前、狼なのか!?」
「私って狼だったの!?」
「耳の形は猫と見分けが付かなくても、尻尾のほうはどう見ても猫じゃないと思うんだけど……」
クラウスは「もしかして自分がおかしいのか?」「気付いてないだけで、僕は気が狂っているのか?」と勘ぐった。
ジークが分からないのは仕方がないにしても、リル本人が知らないのは明らかにおかしい。
クラウスが知らないだけで、そういう種類の猫が居るのかもしれない。
「なんでリルさん本人が、自分の種属に疑問を持つんだ……」
何気なく率直な疑問を口にすると、ジークが、リルに関する事情を話し始めた。
「コイツは孤児だったんだ。俺が小さい頃、森で一人でいるのを偶然見つけて、それからこの町で暮らすようになったんだ。俺の家の隣のおばさんが引き取ってくれてな。それ以前の記憶が一切ない」
最後の一言に、クラウスは「そうか」と何か意味ありげに呟き、彼女の首に付けられた"魔力を帯びた枷"を流し見た。
「あの時のジーク凄くカッコ良かった! "人食い"から私を助けたんだから!」
「一目散に手を引いて逃げただけだけどな……」
何気ない様子で昔話に花を咲かせる二人に、クラウスは申し訳なさそうに頭を下げた。
「そんなこととは知らず不躾な質問をしてしまった。申し訳ない……」
クラウスの下げた頭を掴み、リルはワシャワシャとする。
「アンタ誰も気にしてないのに何謝ってんのよ」
「おい、やめてやれ。それ地味に嫌だと思うぞ」
「いや、僕は気が済むまでやってくれて構わない」
そんなこんなで、三人は歩いているうちにリルの家に着いた。
クラウスは遠慮していたが、リル(のおばさん)が作ってくれた料理が既に用意されているからと、無理矢理中へと通された。
「あらぁ~!あらあらまあまあ! ジークくんに、もう一人も新しいお友達ぃ~?」
「冒険者のクラウスです。諸事情あってジークとリルさんにお世話になっています」
「あら! 礼儀正しい! リル、あなたもクラウスさんを見習いなさい!」
「これはそういうのとは違うから」
慣れた様子でおばさんの質問攻めを躱し、三人は食卓についた。
リルのおばさんは美容のために夜は早く寝るため、食後の片付けはジークたちがやることになった。
クラウスは自分一人でやると申し出たが、別にその程度のことは気にしないとリルは取り合いもしなかった。
「で、本題を話してもらおうか」
「ジークのお父さんの話、わたしも気になる!」
リルはやけにキラキラとした瞳をしているが、クラウスは別に楽しい話ではないと前置きをして話始めた。