29話 いつかの約束。彼女の笑顔
――城下都市ジードフィル
――時刻12:30
暖かな陽光差し込む窓際の二人席に、ジークと彼女は座っている。
丁度昼食時ということもあって店内は賑わっており、トレイの上に料理を乗せたウェイトレスが忙しなく客席の合間を行き来している。
ジークはそんな人々の様子から目の前に座る相席の少女に視線を移し、大きな溜息を吐いた。
「で、なんでお前がここにいるんだ?」
うっすらとウェーブのかかった長い金髪に、ガラス玉に閉じ込めた炎のような赤眼。
陽光に照らされた白い肌はどこか神聖ささえ感じさせるその少女は、テーブルに頬杖をつきこちらをにまにまと見つめている。
「なんとなく?」
そう言う少女は、かつてオレンジジュースが入っていたガラス製のコップをぐいっと煽り、残っていた氷を口に含んでガリガリと噛み砕いた。
神霊コカトリス。
一ヶ月ほど前、ジークとリルが死闘を繰り広げた敵で、この辺り一帯の住民を流行り病で苦しめた元凶だ。
幸いなことに早期の撃破に成功し街の住民達はみな完治。
重傷者は一人も出なかった。
もちろん、クラウスも健在だ。
と、毒鳥騒動は全て円満解決したと思われた矢先にこれだ。
「……まさかここで毒とか撒くつもりじゃねえだろうな?」
「人聞きが悪いわね。そのつもりならとっくにやってるわよ。それに……」
毒鳥はコップの表面に結露した滴を指先でなぞりながら続けた。
「今の私には出来ないのよ。こんな状況に陥るのは、生まれて初めてのことだけど」
くっついて大きくなった滴はコップの表面に筋を描き、底のほうへと流れていく。
ジークは彼女の言葉に首を傾げた。
「どういうことだ? 出来ないって」
コカトリスはコップをテーブルの端のほうに押し出した。
邪魔になった食器をウェイトレスが運んでいき、テーブルの上には水滴が作った円形のコップの痕だけが残っている。
「そのままの意味よ。私もびっくりしてるわ。あなたと……あの銀のオオカミ女に霊核をぶち抜かれて、生存限界ギリギリまで魔力を削られた結果がこれ。てかあのオオカミ女どこよ? あなたいつも一緒なんじゃないの?」
「明日にはジードフィルを旅立つ予定だからな。今日はそれぞれで行きたいところに行っておけって話しになってんだ。適当な店で雑貨でも見てんだろ。それより、今のお前には毒の力はないってことでいいんだな?」
「そういうこと」
コカトリスは髪を弄りながらそう頷いた。
とりあえず毒を撒かないというのなら彼女の危険度はいくらか下がる。
とはいえ、あの巨大な鳥のような姿になられたらこのレストランは一瞬で吹き飛ぶわけだが。
そんなことを考えていると、コカトリスは赤い瞳をこちらへと向けてきた。
「こっちのことは話したわ。次はこちらの質問に答えてくれるかしら?」
「この話、交換条件だったのか?」
少しコカトリスを茶化してみたが、大した反応もなく真っ直ぐに見つめられるだけ。
少女の真剣な表情に肩を竦め、大人しく質問とやらに答えることにした。
「で、何が聞きたい? フェンリルの話しなら生憎だが、俺はアイツの日常生活レベルの情報しか持ってないぜ。ちなみにアイツの苦手な食べ物はニンジンだ」
「あなた、わざと手を抜いたでしょ」
コカトリスの言葉にジークは黙ったまま彼女の瞳を見つめる。
どうせリルのことを聞かれるだろうと身構えていたところに、自分の話しを切り込まれ反応に困る。
「手を抜いたってのは何の話しだ? 言っとくが、あの戦いのことなら俺は死ぬ気でお前を斬りに行ったぜ。見りゃ分かるだろ」
「そういうことじゃない。最後の瞬間、私の霊核は薄皮一枚の本当にギリギリのところで切断を免れた。あの直後は実体化も出来ないほどに弱っていたけど、魔力を集めて体を再構築して、今こうして生きている。偶然の結果だとは思えないわ」
それに、と続ける。
「あの一瞬、あなたの剣から何かが聞こえてきたわ。……いや、聞こえたというより、見えた……のかしら。よく分からないけど、何かが伝わってきた。斬りたくないって」
それを聞き、ジークは息を詰まらせた。
コカトリスは顔を近付けてくる。
「あれはあなたの声だったの……? なんで私を斬りたくないって思ったの……?」
ジークはコップの水を乾いた喉に流し込むと、ふっと息をついた。
「一瞬だが、あの時お前の記憶が見えた」
コカトリスに刃を滑り込ませた時、その刃を伝ってコカトリスの声が聞こえてきた。
彼女がどんな経緯があってあのような夢を見るようになったのか。
かつて彼女がどんな道を歩んできたのか。
「悪い奴だとは思えなかった。だけど、俺には斬らなきゃならねえ理由があった。俺は俺の周りの大事な人たちを守りたい。俺の剣はそのための剣だから」
ジークはコカトリスから目を逸らしそうになった。
だが、意地で彼女の瞳を見た。
その炎のような赤い瞳に、真っ直ぐと目を向ける。
ここで目を背ければ、自分の言葉に自信が持てなくなる。
「俺は最強の剣士を目指しているんだ。少しでもみんなの不幸を減らして、笑顔になってもらえるように剣を振る。そのために斬らなきゃいけないものなら俺は何だって斬るつもりだ」
「でも、あなたの声は斬りたくないと言っていたわ。それに現に私を斬り逃してる。言動と行動が一致していないわ」
コカトリスの言葉に、ジークは自信ありげな表情で答えた。
「いいや、斬るべきものは斬ったぜ」
「斬るべきもの……? それは私じゃないの? 街の人々を苦しめる、諸悪の根源たる病の悪魔。多くの人を殺してきた毒の魔王。それが斬るべきものではないとでも言うの?」
「俺はみんなの不幸を減らして、笑顔になってもらえるように剣を振る。そのみんなの中に、お前は入らないなんていつ誰が言った? 助けたい相手を斬る馬鹿がどこにいる?」
コカトリスは大きく瞳を見開いた。
「俺は最強の剣士を目指している。勘違いするな。正義の味方でも勇者でもねえ。みんなを笑顔にする最強の剣士だ」
ジークは続ける。
自分が何者で、何がしたい人間なのか。
何を斬る剣士なのかを。
「お前は悪魔やら魔王やら諸悪の根源やら、そんな胡乱な存在なんかじゃ断じてねえ。ちょっと思い込みが激しくて面倒臭い性格をしていて、戦うのが得意だけど、実は誰よりも優しい心を持った、ただの女の子だ。本当の諸悪の根源はお前の中に巣食う莫大な毒の魔力だろが。それを斬るのが、最強の剣士の仕事だ」
言い終えると、ジークはコップの水を口に含んだ。
コカトリスは呆然と水を飲む彼の姿を眺めた。
「ただの女の子って……私、いちおう神霊序列二位の毒鳥なのよ?」
「ただの神霊の女の子だろ。魔王だとか悪魔だとか、自分のことをそうやって決めつけるのはやめろ。それはこの前俺が斬り捨てた」
自分の中に巣食う、毒の部分。
確かに、彼はそれを斬って捨てた。
「滅茶苦茶だわ……本当に、滅茶苦茶よ…………」
自分のことを、ただの女の子だなんて言ってくれる人に、初めて出会った。
ずっと、自分のことを世界の敵だと思っていた。
だけど、この人はそれは本当の私ではないと斬り捨ててくれた。
コカトリスがジークと顔を合わせると、彼はニッと笑った。
「滅茶苦茶だろうが何だろうが、みんなが楽しく笑って暮らせていりゃあ何だっていいんだよ。だろ?」
「みんなが楽しく、笑って……」
コカトリスはレストランの、他の席へと視線を移す。
穏やかな昼下がりに、楽しげに食事をしている人々。
それを見て、彼女は再びジークへと視線を戻した。
「そうね。少なくとも、骸の山よりはいい景色だわ」
穏やかな人々の笑顔を見たのは、あの村での惨事以来のことだろうか。
本当は、ずっとこの景色が見たかったのかもしれない。
ありがとう。
そう呟き、コカトリスはすっと立ち上がった。
「もう行くわ。儀式はまだ終わってないわけだし、次に会った時にはまた敵同士かもしれないわね」
「それは勘弁したいな。お前の羽、死ぬほど厄介だからな」
「お褒めに与り光栄ね」
コカトリスはジークに背を向け席を後にする。
「おい」
ジークの呼び止めに振り返る。
何か言い忘れたことでもあったのかとジークの言葉を待つ。
彼は彼女に向かって笑顔を見せ、言った。
「寂しくなったらまた会いに来いよ。神霊の友達が出来たらリルも喜ぶと思うぜ」
「友達……?」
「友達だろ。こうして一緒に飯食って、互いのことを話したんだから」
突拍子もないことを言う男にコカトリスは面喰らい、そして吹き出した。
「ふふっ……あはははは! あなたって面白いわね! 私たち、前会った時には本気で殺しあった仲なのよ?」
「関係ねえよ。俺が友達だと思ったら友達だ。文句あるか?」
「ふーん。いいわ。そういうことにしといてあげる」
コカトリスは口許が緩むのを感じた。
いつも通り適当に軽く流して去って行こうと思っていたのに、思わずニヤけてしまう。
そして気付いた。
そうか、自分は彼の言ってくれた言葉が嬉しいんだと。
毒のせいで誰とも関われずにずっと一人でいた。
やりたくもない悪役を演じてきた。
自らの毒で、自らの心を病んでいた。
だけど彼はそんな毒も孤独も斬り捨てて、初めての友達になってくれた。
それが堪らなく嬉しかった。
「最強の剣士の夢、絶対に叶えなさいよね! もっとも、あなたはこの神霊コカトリス様を笑顔にさせた剣士なんだから楽勝だろうけど!」
「言ってくれるぜ……。絶対にまた会いに来いよな! 約束だ!」
「ええ、約束!」
そう言って、彼女はにこりと笑った。
第一章完結です。
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