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【連載休止】フェンリルは最強剣士の夢を見る  作者: 高橋
第一章 いつかの約束、彼女の笑顔
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20話 銀狼の想い

 ジークとリルは荷物を揃えて馬に跨がった。

 乗馬の経験は浅いが、昔父に教わったことがある。


「リル、ちゃんと捕まってろよ!」


「うん!」


 真夜中の空を思わせる黒鹿毛の馬は、自らに跨がる二人の様子を見ると、ゆっくりと走り出した。


 ジードフィルの西の草原をゆったりと、次第に加速して駆け抜ける。


「ジーク、馬に乗るの上手いね!」


「馬鹿言え! 手綱握ってしがみついてるだけだ!」


 馬にも性格の違いというものがあるが、この黒鹿毛(くろかげ)は相当賢い馬だ。


 ジークが乗り慣れていないことを把握してか、あまり激しい走り方をしない。

 それでいて、騎手の焦りを感じ取ってかスピードは出してくる。

 適切に急ぐ、といった慣れを感じさせる走りに、ジークは思わず息を飲んだ。


(心遣いはありがたいが、今は何よりも速く走ることが重要だ……)


 たとえどれだけ荒い走り方をされたとしても、「腕が散切れてでもしがみついてやる」という覚悟だけはある。


(だから、こんな生温い走り方じゃダメだ……)


 手綱を握り締め、馬の瞳を見つめる。

 ジークの瞳からその想いを汲み取ったのか、黒鹿毛の馬は駈足から徐々に襲歩へと移行していく。

 前傾に、まさしく飛ぶように跳ねる走り方。


 馬上の揺れは激しく、しっかりと掴まっていないと振り落とされそうなほどだ。


「リル、大丈夫か!?」


「大丈夫! もっとスピード出してもいいくらい!」


 その呼びかけに、馬はギュンッと加速する。

 さすがはクラウスの選んだ早馬だ。

 これなら目的地までもあっという間に着くだろう。


 ジークは水筒の酒を喉に流し込み、先を急ぐ。


「ぶっ飛ばしていくぞ! 黒鹿毛!」


 真夜中の暗闇を風のように駆ける。

 リルはジークに抱き着き、夜空の星と風に流れる鰯雲(いわしぐも)を仰ぎ見た。


 頬を、耳を通り過ぎていく冷たい風。

 それとは対照的なジークの体温。


 ごうごうと風の音が煩くて、馬に強く揺さぶられて。


 今までの旅の中で、もしかしたら今が一番"非日常"かもしれない。

 最悪の状況のはずなのに、リルはそんなことを考えて、少しだけ微笑んだ。


 真っ暗闇の中、星も、雲も、夜空も風も、全部追い抜いて、置き去りにして、大好きな人の背中に身を預ける。

 これから同じ神霊の敵、コカトリスと戦うというのに、なぜか胸の鼓動は踊っている。

 一緒に戦ってくれる相棒を肌で感じて、少し気分が高揚している。


(いけない……少し冷静じゃない)


 でも、その冷静じゃない感情が、今は前向きな力をくれる気がする。


「ジーク! ねえ!」


「なんだ!? 風の音が煩くて聞こえねえぞ!!」


「ふふっ! それでもいいよ! 私ね、初めてジークに会ったとき、今みたいな気持ちだった! あの時手を引いて走ってくれた時! 物凄く胸がドキドキした!」


「胸がなんだって!?」


 まるで聞こえていない相棒の様子にリルはアハハと笑う。

 聞こえていないのなら、何を言ってもいいや。

 風の音と、激しく揺れる馬の背に全部置いていくかのように。

 そんなことを考えると、なんだか胸の中がすっきりして、心の中のものを全部吐き出せた。


「一緒に戦ってくれてありがとう! 私、殺すのが怖いの! 人間も、神霊も、動物も、虫も、みんな命があって、どれも私個人の意思でどうにかしていいものだと思えなかったから!」


 だから、神霊の儀式には参加したくなかった。

 命を捨てて、捨てさせて、それで叶えるほど夢というものが大事なのか。

 願いというものはそれほど価値のあるものなのか。

 分からなかった。


「だけどね! 生き物って、みんな何かを殺して生きてる! 私も、ジークも、クラウスも、村のおばさんもエニーも、食べたり、気が付かないうちに踏みつぶしていたり、お金のためだったり、いろいろな理由でほかの生き物を殺してる!」


 それが嫌だった。

 ウォールシルトも、クロスライトも、マグネタイザーも、誰かを傷つけたりするための魔法じゃない。

 だからリルにも使えた。

 魔法の神髄は"自己暗示"だ。


「だけどね、私気付いたの! 私が何でウォールシルトとかクロスライトみたいな魔法しか使えないのか! それはね、たぶんジークを守りたいから! 私は、殺すために戦えない! だけど、守るためなら! ジークを支えるためならいくらでも戦える! だから!」


 暗闇の中、今まで逃げ続けてきた儀式に対する、自分なりの回答を導き出す。

 それを、精一杯の声で叫ぶ。

 魔法の神髄は"自己暗示"。

 だったら、こうして自分の心を口に出すのも、一つの魔法だ。

 それがジークに届くように。

 風の音に掻き消されないように。

 そう思いながら叫ぶ。


「絶対に勝とうね! 毒鳥なんかに、誰かを傷付ける願いなんかに、私たちの夢は絶対に負けないから! それを、二人で一緒に証明しよう!!」


 言い切った。

 自分の中で、儀式や神霊に対して思っていたこと。

 戦いに対して抱いていたこと。

 それを全部言葉に出した。


 たぶんジークには聞こえていなかったと思う。

 だけど、それでも今のリルは、自分の想いが、何者にも勝る魔法のように感じている。


「当たり前だろ。負けるわけがねえ!」


「聞こえてたの!?」


 風と揺れを理由に、聞かれないだろうとその場の勢いで言った言葉だ。

 勢い任せに、全部言い切って、全部聞かれてしまった。

 リルは思わず赤面し、ジークの背に顔を押し付けた。


「俺は神霊がどうだとか、儀式がどうだとかはよく分からねえ。それに、マルティナの町でもガサツで鈍感だってよく言われてた。狩人をやってたから、生き物を殺したり、殺されたり、そういうのも日常の一部に溶け込んでいて、たぶん感受性も鈍化してる。自分が熊やら狼やらに食い殺されても仕方ねえと思ってバランス取ってるだけだ。今回は俺の番じゃなくて、獲物の番だった。そう思って、今まで生きてきた」


 リルは静かに、ジークの声を聴く。

 風の中でも、不思議とジークの声はクリアに聞こえた。

 もしかしたら、これも魔法なのかもしれない。

 相手の答えを聞きたい、こんな状況でも、聞き取れる。

 そう思い込むことで生まれた魔法。


「たぶんだが、この世界は善悪で物事を語れるほど単純じゃない。だから俺たちは自分が生きるためにほかの何かを犠牲にして前に進む。だけど、お前の言うことも正しいと思う。俺はリルほど殺すことに潔癖ではないが、それでもお前の考えは肯定できる。俺の夢も、究極的にはそういうところに帰結するかもしれないから」


 自分の剣で、周りの人の悲しみや苦しみを減らす。

 そうしてみんなが笑顔でいられるようにする。

 それが最強の剣士。

 それがジークの夢。


「俺よりも俺の夢を理解してるのが、もしかしたらお前なのかもしれないな」


 そういうと、風の音が止んだ。


 リルがジークの背から顔を離すと、そこには小さな村があった。

 アクティスの村だ。


「とりあえず様子を見ていこう。明日の明朝には医者が来ることも知らせておいたほうがいい」


「そうだね」


 二人は馬を下りて、黒鹿毛を近くの柵に繋いだ。


 村のほうへと向かうジークの後について、あらためて夜空を眺めた。

 まだ、夢を誓いあってから一度も明けていない空。

 瞬く星々が、二人の姿を照らしている。


 神霊コカトリス。

 もしコカトリスがこの儀式で勝利することがあれば、世界のすべての生命が一匹残らず死滅すると言われている。

 その願いが何であるのか、フェンリルは知らない。

 だが、どうあったって勝たせるわけにはいかない。


 そう思い強く拳を握る。


(私たちは……絶対に負けない)

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