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【連載休止】フェンリルは最強剣士の夢を見る  作者: 高橋
第一章 いつかの約束、彼女の笑顔
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19話 当事者たち

 ジークとリルが宿へと帰ってくると、部屋の前にクラウスが倒れていた。


「クラウス!?」


「おいしっかりしろ! なんで部屋から出てんだよ!」


 ジークはクラウスを抱き起こし、様子を確認する。

 どうやら意識はあるようで、瞼を開けてジークの顔をみた。


「ジーク……アレを部屋に運んでくれ……流石に病人が運ぶには重すぎた」


 クラウスの指すほうには、樽が一つ転がっている。

 脇に抱えられるほどの大きさのものが二つ。


「なんだこれ……」


「酒だ。ビールだよ」


「クラウスお前……」


 ジークは呆れてものも言えない。

 歩くのもやっとの病人が、わざわざ宿の外まで酒を買いに行っていたのだ。

 誰だって絶句するだろう。


 リルは状況をうまく飲み込めず怪訝な表情で樽をつついている。


「違うんだジーク……とりあえず、それを部屋に……」


「分かった分かった。今運んでやるから」


 ジークはクラウスをベッドへと運ぶと、次いで酒の入った樽を転がして部屋へと入れた。

 合計で四リットルほどだろうか?

 一人で飲むなら酒豪どころの話じゃない。


「で、このビールは何なんだ?」


「少し話が長くなる」


「言い訳なら聞かないぞ」


「違うんだ……本当に、この状況だからこそ必要な買い物だったんだ」


 クラウスはゴホゴホと咳き込む。


「ちょっと大丈夫なの? 青結晶は?」


「これはコカトリスの毒だ。青結晶は効かないらしい」


「コカ……トリス……」


 リルは青ざめた顔で、ジークの言葉に耳を疑った。


「コカトリスの毒は神霊をも殺す究極の毒……即効性はないけど摂取したらまず助からない……」


 クラウスがその毒を受けたことも衝撃だったが、なにより、他の神霊が近くに居るということが驚きだ。

 なにせ、この世界全体で四体しかいないのだ。

 鉢合わせる可能性は極めて少ない。


「治すには、この毒の大元であるコカトリスを撃破する必要がある」


 クラウスとリル、ジークは互いに顔を見合わせた。


「考えることは一緒みたいだな」


「僕は当事者だからね」


「私も、クラウスを放ってはおけない……」


 それを聞くと、クラウスはテーブルの上から地図を引っ張り寄せた。


「コカトリスはこの川の上流にいるはずだ。明日の明朝にギルドから魔法使いと医者の旅団が西の村に派遣されるが、これがコカトリスの毒によるものだとは誰も知らない。敢えて伝えなかった」


 魔物の中でも最高位の相手だ。

 下手に冒険者を向かわせても犠牲者が増えるだけで何も解決しない。

 それに、大規模な行軍はコカトリスに察知されて逃げられてしまう恐れもある。


 クラウスの説明を、二人は静かに聞いた。


「コカトリスを倒すのに有効な打撃は神霊葬による斬撃と、リルさんの魔法。あとはダンジョンでジークがやっていた"心喰の剣"だけだと思う。どれも神樹、もしくは神霊の力を宿した攻撃だ。だから、奴を倒すのは僕たちにしか出来ない」


「普通の剣は通用しないのか?」


「しないわけじゃない。霊核に直接斬り込むのが難しいだけだ。神霊も色々な方法で身を守るから。白蓮はそれをカバー出来る。不定形の剣だから、あらゆる状況に対処出来る。そのための武器だから……。それにシンは()()()()()()()()()()()()()()()()()だと言っていた」


 多少狙いがズレても白蓮がカバーしてくれるというわけか。

 ジークの父親の言葉からしても、白蓮が神霊を相手にする鍵となることは間違いない。


「それで、その酒はなんなんだよ」


 ジークはクラウスが酒を買ってきたことが気になってしょうがない。

 理由は単純に、"意味不明"だからだ。

 なんで病人がこの期に及んで酒を買うのか。

 そもそもコイツが普段酒を飲んでいるところなんて見たことがない。


 クラウスは辛そうに呟く。


「残念なことに、ジードフィルにも感染者が出てしまった。水門を閉じるのが遅すぎたんだ」


「な……」


 なんてことだ。

 その言葉すら出てこない。


 ジードフィルの水源まで汚染されたら、ここにいる住民はどうなってしまうのか。

 青結晶も効かず、治すことの出来ない病。

 それがこの規模の都市で蔓延しようとしている。


「幸いなことに、汚染区域は西の川を水源としているエリアだけだ。でも、そんなこと言われても住民の不安は休まらないだろう。直に水を求めた民衆たちが安全エリアの水源に殺到するはずだ。感染していることに気付かないひとが一人でもそこにいれば……」


 ジードフィル全域の水が汚染されてしまう。


「水源の水はもはや危険だ。次に価格が高騰するのは密封された酒。水分補給さえ出来れば、水じゃなくたってなんでもいいからね」


「確かに、喉を潤すためならえり好みしているヒマなんてねえか……」


「コカトリス討伐時には、当然水源から水を汲むことは出来ない。汚染されているから。だから水の代わりに酒が必要だった」


 これはコカトリスの討伐を見越して買った、旅の道具だったというわけだ。


「そこまで考えていてくれたとは、さすがはクラウスだな」


「残念ながら僕は同行出来そうにないからね。旅の準備くらい手を貸さないと、仲間として頼りにしてもらえないだろう?」


「お前は充分過ぎるくらい頼りがいのある先輩冒険者だがな。それで、コカトリスの討伐をするのに具体的な策はあるのか?」


「策と呼べるようなものはない。せいぜい進軍コースの助言くらいか……」


 地図に鉛筆を走らせる。


「今朝僕が使った早馬を宿の前に留めてある。何かあったときのために明日の明け方までの契約で借りておいたんだ。これから使うと契約期間を破ることになるけど、有事だから仕方がない。たぶん、半日も走らせれば水源に到達出来るだろう」


 道路上を走っていた鉛筆をくるりと回すと、それを別の森のほうへと向けた。


「第二のコースは安全重視だ。森の中を突っ切って、徒歩で丸一日進軍する。入り組んだ森の中を進めば、リルさんがコカトリスに察知される可能性が薄くなるし、明け方は足にタオルを巻いて歩くことで、朝露を集めることが出来る。一時間も歩けば安全な飲み水を充分な量確保出来るはずだ」


「スピードを取るか、万全を期すかの二択というわけか。クラウスならどちらを選ぶ?」


「僕なら前者を取るね。今回は飲み水の酒も用意出来たし、酔いに強い人なら朝露を集める必要はないから。ジークとリルさんは、お酒は強いほう?」


「まあ人並みよりは……。リルはどれだけ飲んでも酔わないが」


「それは神霊だからかな……? それならやっぱり、スピード重視の短期決戦がいいだろう。どうせ戦うことになるんだ。察知されたところで、それはそれで仕方がない」


「でも、コカトリスは逃げたりしないのか? 毒を撒き散らされた状態で逃げられたら、こちらからはどうにも出来ん」


 コカトリスからしたら、毒を撒いて獲物が弱るのを待ったほうが得策だ。

 もしも逃げられて姿を隠されでもしたら、こちらとしてはどうしようもない。


「普通なら逃げるだろうけど、フェンリルが近くにいるなら話は別だと思う。コカトリスにも叶えたい願いがある。その願いに少しでも近付けるチャンスがあるのなら、確実にそれに乗ってくるだろうと僕は思ってる。言い方は悪いけど、こっちにはリルさんという体の良い釣り餌があるから」


「本当に言い方悪いね……」


 リルは少し不機嫌そうにクラウスをたしなめた。


「なんにせよ、急いでコカトリスを撃破しないと大勢の人が死ぬ。速度重視の前者のルートで進軍だな」


 そう言い終えると、ジークは部屋の隅に見慣れない一本の剣を見つけた。

 星鉄の剣より一回り大きなクレイモア。

 見るからに頑丈そうな良い品だ。


「なあクラウス、あの剣はなんだ?」


「あれは部屋の前に落ちていたんだ。誰かの落とし物だと思って、あとで宿のマスターに届けようと思って、そこに置いておいたんだ」


「あ……あぁあああ!!! 忘れてた!!!」


 リルは唐突に跳び上がり、クレイモアの元に走り寄る。


「どうしたリル?」


「これ、私が買った剣……」


 ジークたちから逃げるとき、その場に落としたものだ。

 完全に存在を忘れていた。


「買ったって……なんでだよ。お前剣は使わないだろ?」


「これは……その……」


 クレイモアを抱き、もじもじとする。

 しばらく黙っていたが、リルは意を決したように、その剣をジークに差し出した。


「その……ジークにプレゼントしようと思って……。ギルドにいたとき一人で出ていったでしょ? あの時買ったの……。ジーク、剣が壊れちゃったから……」


「プレゼントって……これ相当高かっただろ」


「えへへ……私の全財産つぎ込んじゃった」


 とんでもないことを宣う銀狼に一瞬目眩がしたが、ジークはありがたくクレイモアを受け取った。

 いつもの剣は腰に佩くのに丁度いい普通の剣だが、こちらは少し大ぶりで背中に背負うのに丁度いい。

 初手の抜刀で上下の二択が選べるのは戦術的にも有効だ。

 おそらくリルはそこまで考えていなかっただろうが……。


「ありがとうな。凄く良い剣だ。大切にするよ」


「えへ、えへへ……」


 ジークはクレイモアを背中に背負い、リルの頭を撫でた。


 デレデレと気の抜けた笑顔で照れるリル。


 一方クラウスは、毒で息絶え絶えになりながら酒をあおっていた。

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