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【連載休止】フェンリルは最強剣士の夢を見る  作者: 高橋
第一章 いつかの約束、彼女の笑顔
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17話 逃げ出した先で

「ウォールシルトッ!」


 リルは思わず壁を作っていた。

 宿屋の部屋で、聞きたくもない言葉を耳にして、反射的に魔法を発動した。


「ぁ……」


 自分は、なんてことをしたのだろう。

 一瞬遅れてそんなことを思った。


(わたし……ジークに向けて魔法を…………)


 この魔法はジークのために使う魔法。

 そのはずだった。

 なのに、なぜ彼に向けて魔法を放っているのか。


 呆然とするジークの瞳。

 それを見て、途方もない罪悪感が湧き出してきた。


 神霊フェンリル――。

 自分があの忌々しい、殺しあいをする化物なのだと、自ら証明しているようなものだ。

 咄嗟の愚行に自分自身が嫌になる。


 ジークにも嫌われた。

 いや、嫌われるどころの話ではない。


(私は……今までジークを騙していた。それが、今バレたんだ……)


 そう思うと、喉の奥がつっかえて、言い訳の言葉すら発する事ができない。


「……っ!」


 リルは一歩退き、そのまま振り返って走り出した。


 宿屋を出て夜の通りを一目散に駆けていく。

 派手な化粧をした女とぶつかり何か言われたが、もはや聞こえていない。


 聞こえない。

 聞きたくない。

 見たくもない。


(何も感じたくない……!)


 心の奥から溢れ出るどす黒い感情にフタをするように、必死に走る。

 何度も人にぶつかっては何かを言われ、涙を拭いながら走る。


 通りを抜け、裏路地へと入っていき、捨てられたゴミに足を掬われる。


「あう……」


 派手に転んで擦り傷が出来たが、すぐに立ち上がって前を見た。


 壁だ。


 いつの間にかジードフィルの南端までやって来ていた。

 関所があるわけでもなく、ただ真っ白な壁が、藍色の空へと伸びている。


 背負っていた杖を握る。


「ウォールシルト……」


 壁のほうへ階段のように障壁を生やし、その上を歩いて行く。


 どこか遠くへ逃げよう。

 今はそうとしか考えられなかった。


 端から見れば馬鹿な考えだ。

 夜の危険な森へと一人で踏み入り、何の目的もなくただひたすら逃げ続ける。


 でも、そんなことを考えていられるほど冷静でいられない。


 リルは壁を越えると、森の方へと走った。

 このどす黒い感情を消し去るために。


 走って、走って、走って、走って、はしって――。


 気が付けば、彼女は森の奥深くまでやって来ていた。

 真っ暗闇の中に、僅かに月明かりが差し込んでいる。


 春の夜にはまだ冬の余韻が残っている。

 リルは寒さに両肩を抱き、その寒さからも逃げるようにして、歩いて行く。


 何も見えない中走ってきたから、枝葉に切られ身体中が傷だらけだ。

 ヒリヒリと痛むのを我慢して歩いていたが、寒さのせいもあり耐えられそうもない。

 リルは軽く溜息を吐くと、自分自身にヒールを発動した。


 ――はずだった。


「ヒール……ヒール、ヒール……、ヒールっ! ヒールヒールヒールヒールぅッ!! なんで……? なんで回復出来ないの……?」


 寒くて暗い森の中、傷だらけで、一人きり。


「ウォールシルト! クロスライト! トリガーイン! エンチャント! マグネタイザー! トリガーディレイ! なんで!? なんで何も使えないの!?」


 呆然とした。

 いくら杖を振っても何も発動しない。


 当たり前だ。

 魔法の力は自己暗示に依存する。

 それはつまり自分の言葉を、行動を信じる力。


 ()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()


 それがこの世界の絶対の理だ。

 今のリルには傷は癒えず、明かりも作れない。


 ただただ暗く、寒く、辛く、痛い……。


 リルはその場にへたり込むように座り、真っ暗闇のなか、木漏れ差す月明かりを眺めた。


「あ、はは……そうだよね。私みたいな嘘つきの怪物が、自分の傷を癒やす権利とかないよね」


 リルはふと右手に握る杖に目をやると、大粒の涙が溢れてきた。


「私、最低だ……約束したのに……」


 最強の剣士を支える、最強の魔法使いになる。

 自分を助けてくれた……一緒にいてくれた人とした、ただひとつの約束。

 ただひとつの願い。

 ただ一つの夢。

 それを全部ダメにした。


 リルは杖を抱きしめ、夜の寒さに震えた。


 思わず魔法を使って逃げ出し、ジークとの約束を反故にした。

 自分の正体を隠し通して、そのままでいいと思っていた。

 そしていざバレたら、なりふり構わずに逃げる?


 なぜ?


 なぜ逃げるのか?


 それは、心の奥底ではジークのことを信用していないから?

 あれだけジークのことを信用している風に振る舞いながら、いざ自分のことに踏み込まれたら、怖がって逃げる。ジークなら分かってくれる。ジークなら信頼出来る。そんな風に思うより、真っ先に出た言葉がウォールシルトだ。


 自分が嫌になる。


「ごめんね……」


 いくら拭いても、涙が止まらない。

 痛いからじゃない。寒いからじゃない。

 ジークを裏切るようなことをした。

 ジークを騙して、逃げた。

 それが悲しくて、情けなくて、辛かった。


 暫く膝を抱えて泣いていると、森の奥の方から何か、音が近付いてくる。

 森の茂みの奥のほうからガサガサと音が聞こえ、すぐ近くで音が止んだ。


「何……?」


 リルは咄嗟に杖を構えた。


 茂みの闇の中に、一対の瞳がこちらを睨むのが見えた。


 瞳の数は茂みの音と共に徐々に増えていき、月明かりを反射して黄金色に輝く眼球が、リルを真っ直ぐに見据えている。


 よだれを滴らせながら、鋭利な牙を見せ付けるようにして、数匹の獣が姿を現した。

 リルと同じような耳を持つ、灰色の獣……。


「あ……ぁ!」


 リルは立ち上がり逃げようとするが、腰が抜けて上手く立つことが出来ない。

 杖を構えて後退り、狼の群れを牽制する。


「ウォールシルト! ウォールシルト! なんで!? お願い!! お願いだからぁっ!! 壁を出して!!」


 狼は口端を歪め、牙を見せ付ける。


「ひっ……」


 獣の荒い息と、低い呻きが、闇夜に紛れて近付いてくる。


 リルは動けず、ただ獣の牙を見ていることしか出来ない。


(罰……なのかな…………ジークに壁を出しちゃったから、壁が出せないように、そういうふうになっちゃったのかな)


 近寄ってくる獣が、吠え、リルに飛びかかった。

 鋭い牙が腕に刺さり、爪が太腿に食い込む。


「やだ! 痛い! ジーク! 助けてっ!!」


 鮮血の滴り落ちる腕を必死に振って狼を振り払い、杖を構え、発動しない魔法を必死に叫び続ける。

 獣たちは目の前の滑稽に叫ぶ獲物を弄んで遊ぶと決めたのか、よだれを垂らしながら嘲笑うかのように遠目に睨む。


 一匹ずつ飛びかかっては、殺さないように少しずつ手脚の肉を噛んで、ちぎって、白く柔らかい肌に血が滲むのを楽しむ。


「痛い! 痛いよ! ジーク……!」


 また一匹の狼がリルに飛びかかり、リルは必死に抵抗する。

 しかし力の差は歴然。

 組み敷かれる形となったリルは、右腕を噛まれ、血の滴を受けながら耐えることしか出来ない。


「いや! やめて! 痛いの! 本当に痛いの! なんでこんなことするの! やだよ……もうやめてよ……」


 力なく涙を流し懇願する。


 それから何度も別の狼から噛みつかれ、その順番が一周ほどして、リルはもはや抵抗することを諦めた。

 目の前の獣は、悪意の塊だ。

 いくら懇願しても見逃しては貰えない。

 痛いのが長引くだけだ。


 それならいっそ、早く死ねたほうが幾分楽だろう。


 どうやって逃げるか。

 どうやって切り抜けるか。

 そういう状況はとっくに通り過ぎた。

 心も体も限界まで追い詰められて、もう折れてしまった。


(ジーク……ごめんね……)


 狼の群れは抵抗する気力を失った獲物に飽きたのか、互いの顔を見合わせる。

 この獲物を殺すと決めたのだろう。

 群れで一番大きな狼が、リルの元へと近寄ってくる。


(あぁ……私、こんなところで死ぬんだ)


 寒くて、暗くて、痛くて、辛い。

 真っ暗闇の森の奥で、ひとりぼっちで、たくさんの狼に嬲りものにされて、血だらけになって、動けないところを、泣きながら食い殺される。


(最後に、もういちどジークに会いたかったな……)


 狼がリルに飛びかかると同時、銀の閃光が弾けた。


「うぉらああああッ!!!!」


 飛び込んできた男はそのまま獣を引き裂き、横から飛びかかる別の狼の鼻先を殴りつけた。


「このクソッ垂れがッ!!!!」


 倒れた狼に馬乗りになって殴り、殴り、殴りつける。


 腕に噛みついた獣を木の幹に叩きつけ、顎を掴みバリバリと上下に裂く。

 後ろから飛びかかって来た狼には回し蹴りを叩き込み、怯んで動けないところに飛びかかり、次はお前だと言わんばかりの形相で脳天から剣を刺し込んでいく。脳を破壊され痙攣する獣から思いっきり剣を抜き取った。


 鮮血が舞い、他の狼たちは思わず距離を取る。


「よくも俺の相棒に手を出してくれやがったな……」


 男の鬼気迫る表情に気圧されたのか、狼たちはその場から動けず、ただ睨む。


「ジーク……?」


「リル、遅くなって悪かった。とりあえずこれを使ってくれ。俺はコイツらを片付ける」


 ジークは懐からありったけのポーションをボトボトと落とした。


「ジーク……っ! ごめんね! ごめんね……。私がウォールシルトなんてやったから!」


「今はいい。速く回復してくれ」


 そう言うと、ジークは残った狼たちに鉄剣を叩きつけ、斬り刻み、殴り飛ばし、蹴り上げ、突き刺し、引き千切り、あらかた全て片付けた。残った狼たちは情けない叫びを上げながら夜の闇の中へと消えていった。


 リルはその姿を泣きながら見ていた。


「ジーク……」


 ジークは剣から血糊を拭き取ると、リルのほうへ振り返った。


「リル、怖い思いをさせちまったな……」


「いいの……私が悪いの……私がジークを拒んだから……!」


 ジークはリルにポーションをかけ、優しく頭を撫でた。


「少し混乱して飛び出しちまっただけだろ。小さい頃も、喧嘩して森の中に一人で入って行ったことがあったしな」


「そんなこと、あったっけ……?」


「おいおい、忘れちまったのか? お前の好き嫌いがあまりに酷いから、おばさんに頼んでハンバーグの中に細かくしたニンジンを入れたら、怒り狂って町から出て行ったろ」


「あ、はは……そんなこともあったかな……」


 リルはまだ頭が回らないようだが、ひとまず目に見える傷は大体治った。

 狼の群れも全てジークが片付け、とりあえず危機は去った。


「リル、落ち着いたか?」


「うん……ごめんね、ジーク……」


「何回謝るんだ……てか、俺はお前が何で謝ってるのかすらよく分かってないんだぞ。一から十まで丸ごと全部、しっかりと説明してもらうからな」


「それは……うん。ちゃんと説明、するね……」

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