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【連載休止】フェンリルは最強剣士の夢を見る  作者: 高橋
第一章 いつかの約束、彼女の笑顔
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16話 真実

「ウォールシルト!!」


 銀髪が揺れ、少女は半透明の壁を作り出した。


 突然のことにジークは呆然とし、目の前の少女に何も言えず、ただそこに立ち尽くす。


 少女は荒い息を整えることもせず、呆然と自分を見つめる剣士に背を向けると、宿の外へと走って行った。


「お……おいリル!」


 ウォールシルトの半透明な壁を殴る。

 だがビクともしない。


 壁に立て掛けていた剣を握り、その柄で思いっきり壁を叩きつけるが、傷一つ付く様子はない。


 出入り口が塞がれているならと、部屋の壁その物を殴り怖そうとしたが、表面に半透明な膜があることに気付き、そのまま椅子に倒れるように腰を下ろした。


「どういうことなんだよ……」


「熱で五感が鈍っていた。まさか彼女がすぐそこまで来ているなんて思わなかったんだ。本当にすまないことをした……」


 クラウスは横になったまま力なく、椅子に体重を預けたジークにそう呟いた。


 リルのウォールシルトを物理的に破壊するのは不可能だ。

 この魔法の効力が切れるまでは、部屋から出ることは出来ない。


「おいクラウス、話を続けろよ……。なんだってリルが神霊なんて話になるんだ」


 ジークは冷静を装ってはいるが、走って行ったリルのことで頭の中がぐちゃぐちゃになっている。


 だが、ここで冷静さを欠いて壁を殴り続けていても事態は好転しないことくらいは分かる。

 クラウスの発言のせいでこんなことになった。

 だから、クラウスには説明の義務がある。


 思わず拳を握り締めた。


(アイツ……泣いてたな)


 リルが走り去る直前、彼女の目の端には、僅かに涙が浮かんでいたように見えた。


 落ち着かない様子で歯ぎしりをするジークを、クラウスは横目に見て、そして視線を天井に戻した。


「杖だよ」


 クラウスはジークのほうへと目を向ける。


「あの杖、君がリルさんと出会った頃から持っていたものなのかい?」


 質問の意図がよく分からないが、ジークは何も聞かず、素直に答えることにした。

 クラウスが回りくどい話し方をするときは、段取りを踏まないと理解出来ないような内容の時だけだ。


 だから、話の流れはクラウスのしたいようにさせたほうがいい。


「アイツと初めて会ったとき、あの杖はなかった。あったのは両手と首の枷だけだ。ぼろ切れみたいな服を着て、"人食い"の前で怯えていたな」


「じゃあ、あの杖はいつどこで、誰から貰ったものなの?」


「あれは……」


 ジークは思い出そうとして、ふと違和感に気付いた。


 あの杖は誰かからの貰いものじゃない。

 買った物でもない。


 だったら、あの杖は何だ?


「分からない。気付いた時にはアイツはあれを持っていた。いつだ……? どこで手に入れた……?」


 ジークは俯き、床を見ながら記憶を辿る。


 魔法使いは杖がなくては魔法が扱えない。

 魔法の杖は聖樹や神樹から切り出して、職人が手作業で作るものだ。

 そしてそれは市場で手に入れるか、誰かから譲り受けないと手に入らない。


 考え込むジークの様子を見ると、クラウスは額の汗を拭い、答え合わせをした。


「あれは魔法の杖じゃない。白藜(しろざ)の杖だ。少し植物に詳しければ一目で分かる」


 ジークはその答えに固まった。


 白藜ならジードフィルまでの道のりでも何度か見かけた。

 乾燥させると硬く頑丈な素材になる、どこにでもありふれた一年草だ。

 何も知らない人なら、雑草と見間違えるような普通の植物だ。


「なんの冗談だ? 白藜の杖じゃ魔法は使えない。魔法使いの杖は神樹か聖樹からじゃないと作れないんだ。白藜の杖なわけがない」


「だけど、あれは確かに白藜の杖だった。それに、さっきもリルさんは杖を構えずにウォールシルトを発動した」


 確かにそうだ。

 リルは背負った杖を手に持つこともなくウォールシルトを発動した。

 しかも、このウォールシルトは未だにここに残っている。


「人はその手に杖を持たないと魔法を使えない。だったら、杖を持たずに魔法を扱えるリルさんは……?」


 掠れた声が問う。


 あの杖は本当に魔法の杖なのか?

 どこでどのように手に入れたものなのか?

 なぜ杖を使わずに魔法を使えたのか?

 なぜあれほど強力な魔法を使えるのか?


 その疑問の全てが、彼女が"魔物"だからで説明が付く。

 付いてしまうのだ。


「君達がマルティナの町を旅立つべきだと言った理由、今まではぐらかし続けた理由。分かってくれたかな」


 クラウスは、ここまで言えば分かるだろうといった様子で瞼を閉じた。


 リルがフェンリルだとすれば、儀式に参加している神霊たちはフェンリルを探してマルティナまで来るかもしれない。


 もしもそうなれば、マルティナは戦場になる。火で焼かれるのか、水で流されるのか、雷撃に襲われるのか……それとも、アクティスの村のように毒に冒されるのか。

 いずれにせよ、ジークがこのことを知れば、確かにマルティナに留まることはなかった。


「リルは……本当にフェンリルなのか?」


「間違いない」


 神霊同士は互いに相手が何者なのかを察知出来る。

 クラウスはそう言った。


「僕がこのことを黙っていたのは、君とフェンリルがどういった関係なのかを量りかねていたからだ。黙っているぶんには僕のほうが有利だった。僕はフェンリルがどういった存在なのかを知っているけど、フェンリルは人工神霊(クラウス)がどういった存在なのか知らない。だから、気付いてないフリをしていれば騙し通せた」


「手練手管に長けた手慣れの冒険者だとは思っていたが、まさかそんな警戒をしながら一緒に旅をしていたとはな。神霊を狩るのが目的だと言っていたが、リルも狩るつもりでいたのか」


 ジークの声は震えている。

 信頼していた相手が、自分の幼馴染みの敵かもしれない。

 表面的に貼り付けた冷静さは、心の中、心臓の鼓動までは静めてくれない。


「最初に会った時には流石に警戒したよ。でも、彼女の言葉を聞いて、もしかしたら別の可能性があるのかもしれないと思った」


 ジークは顔を上げる。

 クラウスの表情は苦しげだが、瞳の奥には真っ直ぐな意思が感じられる。


「神霊は、たったひとつの夢のために、全てを賭けて殺しあう生き物だ。だけど、あの子は違うかもしれない。『ジークの夢が私の夢だ』彼女はそう言っていた。ずっとマルティナの町で君と暮らして、ここまで着いてきて、君がみんなを笑顔にしたいと言った時、真っ先に大笑いして……ああいう素直で優しい子は、人間でもあまり見かけない。リルさんは、()()()()()なんじゃないかって、僕は思ったんだ」


 神霊は夢を、願いを賭けて殺しあう生き物。

 だけどリルは誰かの幸せを願うジークの夢に同調した。

 その願いは誰かを殺して叶える夢じゃない。


 だとすれば、彼女は存在そのものが矛盾している。

 だってこの儀式は、相手を殺さないと勝てないのだから。


「彼女はこの儀式のルール……いや、神霊そのものの本能に対する反逆者なんだ。もしもこの仮説が正しければ、儀式での人類サイドの勝率はグッと上がる。僕か、リルさんか……そのどちらかが勝利すれば、人類の滅亡は免れ得る」


 リルが人類に仇成す存在でなければ、味方として共闘出来る可能性もあるかもしれない。

 その可能性を見定めるために一緒に旅をしてきたというわけか。


 ジークは頭の中で整理を付けた。


 要するに、クラウスはリルの敵ではない。

 仮にリルがフェンリルだとしても、彼女が人類の敵にならない限りこの共闘関係は変わらない。


「僕が今まで話さなかったのは、見定める時間が欲しかったからだ。それに、彼女の前で話せば面倒なことになるのは目に見えてた」


「現にこんなことになってるしな」


 ジークの冗談にクラウスはフッと笑った。


「それと彼女の枷……アレは魔力を封じ込めるためのものだ。本来なら、神霊フェンリルであろうと一切の魔法を扱えないほどの、高強度の呪縛魔法のはず……。どんな経緯で取り付けられたのかは分からないけど、今ああして魔法を使えているだけでも奇跡的だよ」


「そうすると、他の神霊はリルよりも強いということか?」


「彼女が枷でハンディを背負ってるから、相対的にそうなるね」


 リルが"人食い"相手に怯えていたのも、あの枷のせいだろう。

 神霊の力を完全に封じるだけの呪縛魔法……それが誰によって、何のために取り付けられたものなのかは分からない。


 今分かることは、彼女が"最強の魔法使い"を名乗り、ジークの隣に並び立ってくれること。

 それだけで充分だ。


「ウォールシルトが消えたね。リルさんを追ってあげてくれ」


「ああ。クラウスは大丈夫か? 欲しければ濡らしたタオルでも持ってくるが……」


「それくらい自分で出来るよ。僕だって、人工とはいえ神霊なんだ。それより君はリルさんのことを気に掛けたほうがいい。彼女は南の方角に走っていった。すぐ近くに森があるほうだ。夜になると魔物が出てくるから」


 神霊同士、一定の範囲内なら互いの位置が大まかに分かるらしい。


 ジークは扉を開き、クラウスに振り返る。


「それじゃあ、行ってくるぜ」


「うん。ああ、それと最後に」


 クラウスは上半身をベッドから起こすと、強がるように微笑を浮かべた。


「魔法の真髄は"自己暗示"だ」


「そうか」


 それを聞くと、ジークは剣を持って駆けていった。


 魔法の真髄は自己暗示。

 強力な呪縛の枷があっても彼女が魔法を使えるのは、たぶん、ジークの隣に立つ最強の魔法使いでいたいからなんじゃないかと、クラウスは考えている。


 これをクラウスの口から言うのは野暮というものだ。

 おそらくジークは察してくれただろう。


 あとのことは、二人だけで解決するはずだ。


「さて、僕には僕の、やることがあるってね……」


 全身が毒に冒され、気怠さと痛み、吐き気や頭痛に襲われる中、クラウスは最低限の荷物を持って、宿の部屋から出て行った。

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