14話 プレゼント
穏やかな風が吹く心地良い時候。
人々が昼食を取り終え、ちょっとした眠気に誘われる時間帯。
春の陽気を一身に浴び、少女は走る。
市街の人々は、その少女の姿を見て嘆声を上げた。
中には、思わず買い物包みを落とした者もいた。
彼女は狼の獣人だ。
大粒のサファイアのような、透き通った青い瞳。
きめ細かく潤いを感じさせる透明感のある白い肌。
手脚はすらっとして、子供と大人の中間の、独特の色気を感じさせる。
銀の髪と尻尾をなびかせながら、太陽のような燦々とした笑顔を口元に湛えている。
純粋無垢で愛らしい顔に、どこか扇情的で艶っぽい体付き。
その両方が絶妙に混じり合った独特の存在感。
相反する二つの魅力が、通りの人々の視線を一身に集める。
彼女は通りの隅にある、小さな店の中へと吸い込まれるようにして消えていき、その店の看板を見た一人の男が小さな声で呟いた。
「嘘だろ……あんな子が"冒険者"だってのか……?」
しばらく足を止めていた何人かの市民たちは、まばらに散っていき、通りがいつものジードフィルへと戻っていく。
そんな市街での出来事など気に留める様子も、そもそも気付いた様子もなく、リルは店の中のいかつい剣をなめ回すように物色していた。
(剣って言っても種類が色々あるのね……でも何がどう違うのかよく分かんないな……)
リルは壁に飾られていた一本のショーテルを手に取った
「これも、剣……?」
ジークが使っているような直剣ではない。
丸みを帯びた、三日月のような形の剣だ。
「使いにくそうだな」
剣に対して失礼な一言とともに、ショーテルを元の場所に戻すと、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「リルさんじゃないですか!」
「エニーさん?」
声を掛けてきたのは、街まで荷馬車に乗せてくれた武器商人のエニーだった。
エニーは手に取った剣を拭きながら笑う。
「今朝ぶりですね」
「ここ、エニーさんのお店なんですか?」
「いや、店主は他にいるんだ。僕はここに武器を卸売りしている立場だね。今はちょっと留守番を任されてるけど……」
エニーは困ったように緑の頭髪を指で弄る。
「それにしても、リルさんが剣を見に来るなんて意外ですね。あなたはてっきり魔法使いかと思っていました」
リルの背負っている杖を見て、そう思ったのだろう。
事実、リルは魔法使いだから武器屋に立ち寄るのはこれが初めて。
そもそも魔法使いが武器を買うこと自体が相当稀なことだから、エニーの意外そうな反応も当然と言えば当然だ。
リルはここに来た理由を言葉にしようとして、少しだけ赤面する。
「ジークに、剣をプレゼントしようと思って……」
「あはは……彼氏さんへのプレゼントですか。ラブラブでしたもんね」
「は、はぁああ!? ラブラブじゃないから……っ!!」
分かりやすい反応のリルにエニーは「ははは……」と苦笑い。
リルは咳払いをしてエニーの苦笑いをやめさせる。
彼氏どうこうの誤解は一旦置いておくとして、掲示板を前に情報収集に勤しむジークとクラウスに、リルがわざわざ別行動したいと持ち込んだのは、ここに来るためだ。
ギルドへと向かう途中に偶然、視界の隅にこの店が映った。
武器屋であることはすぐに分かった。
今まで使ってきた剣が壊れて、ジークは少しだけ落ち込んでいるように見えた。
普段から暗い表情はあまり出さない彼だが、幼馴染みのリルには微妙な違和感がよく分かる。
だから、彼に新しい剣をプレゼントして、元気にしたいと思った。
リルは背後の杖をそっと愛おしむように撫でると、昔のことを思い返した。
(ジークがもう一度最強の剣士を目指すって言ってくれて、すごく嬉しかった)
杖を撫でながらそんなことを思う。
昔、彼と約束した。
ジークが憶えているかは分からないが、確かに、二人で誓い合った。
(ジークが最強の剣士になって、私はそれを支える最強の魔法使いになる。あの絵本の、世界を救う勇者の物語のように……)
懐かしい記憶だ。
リルが自らの生きる道を見つけた切っ掛けであり、今のように前向きになれたのもあの時の約束のお陰だ。
だから、リルは何があってもジークと共に前に進みたい。
その為にも、ジークの担う新しい剣が必要だ。
「リルさんは本当にジークさんが好きなんですね。剣をプレゼントする人なんて、冒険者の中にもそうそういませんからね」
エニーのそんな言葉に一気に現実へと引き戻され、リルは耳まで真っ赤にしてエニーに詰め寄った。
「ジークには言わないで! 言ったら食い殺す!」
「狼の娘さんが言うと説得力があるなあ……それで、どの剣を買うんです? うちの剣はプレゼントには向かないと思いますけど」
「プレゼントには向かない……?」
エニーの言葉に首を傾げる。
「ここの武器はさっきも言ったようにどれも高級品です。並みの冒険者ではなかなか手が出せる金額ではありませんし、プレゼントされたほうも、金額を聞いたら受け取るのを拒んでしまう可能性もありますから……」
「それじゃあ、ここの剣をプレゼントしてもジークは喜ばないかな……」
「あ、いやいや! あくまで一般論ですので! そんな気にすることじゃありませんよ! 僕もちょっと余計なこと言っちゃうことが多くて……。ジークさんほどの担い手ならどんな剣でも完璧に扱えると思います!」
リルは少し不安げな表情で辺りの武器を見渡す。
「でも、どれを選んだらいいんだろう?」
シャムシールとソードブレイカーを見比べなら、なぜこんな形状なんだろうと唸る。
「ジークさんの星鉄の剣の代わりということでしょうか。それならこれなんてどうでしょう?」
エニーが持ってきたのは、刃渡り七十センチほどのライディングソードだ。
白金のような煌びやかな白い装飾に包まれた真っ直ぐな剣で、豪奢な装飾とは裏腹に、見るからに扱いやすそうなシンプルな形状の剣だ。
「ジークさんの剣は片手で扱えるライディングソードでしたので、同じ型のものを選んでみました。こちらは軽量で切れ味重視の品物でして、剣と剣を打ち合うよりは、相手の剣戟を躱して、懐に飛び込んで戦うのに向いた商品なんですよ!」
「懐に飛び込む、か……」
今までのジークの戦いを鑑みるに、確かにこの剣はジーク向きだ。
人食いと戦う時も、積極的に相手の懐に飛び込んで斬り刻んでいた。
同じ剣士でも、クラウスは相手との間合いを取って攻防の切り替えで駆け引きに持ち込むタイプだが、ジークは勝負の駆け引きなどは行わず、純粋な剣捌きのみで敵を追い詰めるタイプだ。
リルはエニーから剣を受け取り、試しに自分で構えてみる。
「重い……けど、これでも軽いほうなんだよね?」
「そうですね、剣士の方々はやっぱり筋力がありますから!」
「それじゃあ、もう少し重めの剣のほうがいいかも。ジークの剣はもっと重かったから」
「確かに、ジークさんの筋力ならこの剣は少し軽いかもしれませんね……それならこれはどうです?」
「これは?」
エニーの差し出した剣は、先ほどのものより一回り大きなクレイモアだ。
刀身の長さだけでなく剣の幅も肉厚で、ライディングソードに比べると全体的に重厚感のある代物だ。
「これはさっきのとは違って両手持ちの剣ですね。ただ、両手持ちの中では軽い部類に入っていまして、片手持ち以上の重さに、両手持ち以上の素早さを兼ね備えたバランス感覚に優れた得物となっています。ジークさんの筋力であれば片手でも扱えるはずです!」
エニーの言葉は裏を返せば器用貧乏な印象を受けるものだが、リルはその剣に何かしっくりくるような感じがした。
片手でも両手でも扱えて、重量もあり一撃に確かな威力が期待出来る。
(大きさと重さの面でジークの剣技を制限するほどのピーキーさは無さそうだし……)
素人目にも「扱いやすそう」な剣だ。
豪奢な飾り付けなどはなく無骨な見た目の、"鉄の剣"であることもリル的にはポイントが高い。
なにせ、ここに買いに来たのはジークの新しい剣だ。
ジークらしく、無骨で、確実で、力強く、頑丈な剣が相応しい。
「この剣だ……この剣が欲しい!」
リルは何かを納得したように笑い、剣を抱えてエニーに言った。
エニーは少し困ったように頭の後ろに手をやり、いつものように苦笑いで応えた。
「いいけど、お金はあるのかな……? その剣は特に目立った特徴はないけど、曲がりなりにもうちの剣だからね……。この大陸で一番質の良い鋼を打って作った剣なんだ。普通の冒険者じゃ買いたくても買えない代物だから」
「これだけあれば足りるよね」
カウンターにドサッと小包みが置かれる。
エニーはまさかと思い中を覗き見る。
ダンジョンボスレベルを十体以上倒して、やっと手に入る量の金貨が詰め込まれている。
「お、お買い上げありがとうございます……」
リルは剣を抱えると、勢いよく店を飛び出した。
ダンジョンアタックしたときの山分けぶんでギリギリ買えた剣だ。
言い換えれば、リルとジークにとっては因縁の敵だった"人食い"を倒して得た金で買った剣だ。
「ジーク、喜んでくれるといいな!!」
銀髪の少女は街を駆ける。
西の空は赤く焦げて、東の空は紺碧に染まっている。
赤と紺の二つの空が混じり合う、たそがれ時の大通り。
少女は笑顔で剣を抱えて、宿のほうへと駆けていく。