12話 ジードフィル
「せ、星鉄の打ち直しですって!?」
エニーは素っ頓狂な声をあげ、つられて馬が前脚を上げる。
「おっとと……急に驚かさないでください! 危ないじゃないですか!」
慣れた手つきで馬の興奮を収め、エニーは冷や汗を拭いながら言った。
「すまん……ただ、この剣はどうしても打ち直したいんだ」
これは亡き父の形見であり、何年も握り続けてきた使い慣れた剣であり、そして命と心を賭けた相棒でもある。
そう簡単に手放せるような代物ではない。
だから、正直この剣が"星鉄"で出来ていると聞いて、ジークはあまり素直に喜べなかった。
(もしも、この剣の打ち直しに星鉄相応の金がかかるってなら、むしろコイツはただの鉄で出来ていてくれたほうがよかった……)
ジークは剣を撫でる。
ボロボロに傷ついてはいるが、その輝きには確かに人を魅了するものがあるかもしれない。
それでも、ジークにとって、これは慣れ親しんだ"ただの剣"なのだ。
「そ、そうですね……。これほどの逸品を打ち直すとなると、やはり父さん本人に聞かなくちゃ分かりませんね……。簡単に一言にまとめて"打ち直す"と言っても、素材の性質によってその難易度も変わりますし、なにより星鉄を扱ったことなんて一度もありませんから……」
「そうか……」
「ジーク……」
リルは俯いて表情が見えないジークに、心配するような声を掛ける。
「心配すんな。たかが剣の一本だ。それに、案外どうにかなるかもしれねえしな」
クラウスとエニーの言葉に少し動揺してしまっていた。
ジークは剣を腰に佩き直し、深呼吸して頭を冷やした。
「悲観しても仕方がねえ! まずはジードフィルで朝飯を食う! その後のことは、また追々考える!」
「そうだね。出来るか出来ないかなんて、その時になってみないと分かんないからね!」
リルがそれらしいことを言ってくれたので、ジークもその考えかたを採用することにした。
「みなさん、関所を通りますよ!」
色々と話しているうちにすっかり時間が経っていて、ジークたちを乗せた荷馬車は既にジードフィルの城壁のすぐ近くまで来ていた。
四人は一度馬車から降りて、関門で通行証を見せて関所を通った。
「おお! おおお!」
リルは初めて見る都会の街に目を輝かせている。
マルティナとは違って、通りに食べ物を売っている露店が沢山並んでいて、美味しそうな匂いがこちらまで漂ってくる。
「関所の近くにはこうした露店が多いんだ。旅の終わりに訪れた冒険者によく売れるからね。でも、ここで買っているようじゃ冒険者としてはまだまだ未熟だ。本当に美味しいお店は街の住民が通いやすいような街の中心部にあることが多いからね」
クラウスが得意気にそんなことを言っていると、リルが牛肉の串を買ってきた。
「ジーク、これ美味しいよ! はい、あーん」
リルの差し出した串に齧りつき、肉をひとかけら引き抜く。
細切れにした肉厚のステーキのようで、噛むと口内に肉汁が弾け、多幸感に包まれる。
今まで食べてきた干し肉なんかとは比べものにならない満足感だ。
「うん、確かにこれは旨いな」
美味しそうに肉を頬張るジークと、それを見て嬉しそうに微笑みかけるリル。
クラウスは嫌な予感がしてエニーを流し見する。
「お、お二人はそういう関係なんですか……?」
「そういう関係?」
目を逸らすエニーにジークとリルは首を傾げる。
クラウスはなぜか「あーあ」「言わんこっちゃない」といった表情だ。
「い、いえ……いいカップルだなと思いまして……」
「は、はぁあ!? わ、私とジークがカップルぅう!?!?」
リルの叫びに通りの人々の視線が集まる。
「あ、あはは……なんでもないですよ~。おいリル、急に叫ぶな! 田舎者だと思われるだろ!」
「でも!でも!」
「でもも何も、そういうのはマルティナでも散々からかわれてきただろ」
二人の仲が良いことはジークも否定しない。
男と女が仲が良いというだけで、そういうことを言い出す輩は必ず出てくる。
だからこういったことには慣れっこだし、あまり気にしないようにしている。
こういうことを言うと、マルティナの住民は決まって「やっぱりジークはジークだな」とか「リルちゃん可哀想」だとか「剣馬鹿のジークはマジで馬鹿」やら言われたものだが、未だにジークはその言葉の意味するところをよく分かっていない。
「エ、エニーさんから見たら……やっぱり私たちって、その……付きあってるように、見えるんですか?」
リルは赤面しながらそんなことを聞き出す。
エニーは困ったような顔でジークとクラウスを交互に見ながら右往左往し、クラウスは頭を抱え溜息を吐く。
そんな中、ジークはいつもどおりの態度を崩さない。
「エニーさんが困ってるだろ。クラウスからも何か言ってやれ」
「ジーク、こういう話題で僕に助け船を乞われても困るよ……。エニーさん、この二人はいつもこんな感じですので、あまり気にしないでください」
「そ、そうですか……」
エニーは首を傾げるジークと赤面したリルに何も言えず、ただただ引き笑いをしているしかなかった。
それからクラウスの勧める店で四人で一緒に朝食を取ると、エニーは武器を売るため、一足先にギルドのほうへと向かっていった。
「エニーさんいい人だったね!」
「ああ、この街のこともよく聞けたしな」
ジークは店の窓ガラス越しに街の景色を眺めた。
この街は鉄鋼とガラス細工の盛んな街だ。
見える限り全ての家の窓にガラスが嵌め込まれ、凝ったものだとステンドガラスのようなものもある。
道路の舗装も丁寧で、全体的に、この街が栄えていることが見て分かる。
「ステンドガラスは綺麗だけど、この窓ガラスのほうがよほど高価なものだよ」
クラウスは店の窓ガラスをコツコツと指で突く。
透明な一枚板のガラスだ。
「確かにマルティナの町ではこんな一枚で構成された窓ガラスなんて見たこともなかったな」
「ガラスは金属の型の中に流し込んで作るんだけど、型から剥がす時にどうしても割れてしまうことが多いんだ。でも、ここでは門外不出の特殊な製法を使って作っているから、これだけ透明で、一枚の板のようなガラスを作れるんだ」
クラウスは楽しげに話をしている。
旅をしてこういうことを知るのが好きなのだろうか。
彼が神霊として人工的に作られた存在だと聞いた時、ジークはクラウスに何か申し訳のないような気持ちがあった。
申し訳がないといっても、ジーク自身が彼に何かをしたわけでは無いから、こういう感情を抱くこと自体がおかしな話なのだが……。
自分の父親が作ったからだろうか。
"誰とも違う生い立ちの生物"が、自分自身についてどう思うのか。
もしかしたら、人類に自分勝手な理由で作られたことに対して怒り、苦しんでいるのではないか、とあらぬ想像をしていた。
こんな心配は余計なお世話だということは分かっていた。
だから口には出さずにいた。
だけど、今の活き活きとした彼の様子を見ていると、そんな心配事も杞憂だったとよく分かる。
「ジーク、ちゃんと聞いているのかい?」
「え、ああ……」
「さては聞いてなかったな?」
この旅には疑問が沢山ある。
クラウス自身についてもそうだし、神霊の争いごとや神霊葬について、そしてマルティナを出なくてはならなかった理由も、まだ聞けていない。
それでも、今はこうして他愛のない話を三人でしている時間が、ジークには大切に感じられた。