10話 魔力制御
呪文には二つの効力がある。
ひとつめは魔法を発動するためのトリガー。
ふたつめは自己暗示だ。
例えば、「クロスライト」と唱えるとする。
術者の体内から発する魔力に「クロスライト」という意味が付与される。
これがひとつめのトリガー。
そしてその魔法をどれだけの威力で発動するか。
これがふたつめの自己暗示だ。
クロスライトという言葉に対して、「語呂が良くて気持ちがいい。口に出して何度でも言っていたい」と感じる人は、クロスライトをより明るく、より長時間、より多くの回数発動することが出来る。
逆にクロスライトという言葉に不快感があれば、クロスライトの明かりは暗くなり、持続時間は短く、発動出来る回数も少なくなる。
あくまで、魔の力は不定形だ。
より大きな形を与えるには、その魔法を信じなければならない。
魔法を信じ、その存在を肯定するための自己暗示。
それがスペルの本質だ。
人によって得意魔法が違うのも、そういう理由からくるものらしい。
自分の使う言葉に違和感を感じているようでは、魔力への意味づけは上手くいかない。コップの底に穴が空いているようなものだ。
そういう背景があって、長文詠唱が必要な魔法ほど適性者は少なく、クロスライトのような単文詠唱は使える人が多い。
「ジーク、君からは恥じらいを感じる。自分の技に、自分が一番しっくりくる名前を付けるんだ。そうしないと白蓮は安定してくれない」
そういうわけでジークは今、自分の剣技に技名を付けることを強制されている。
「そうは言ってもだな……。剣なんて振るだけだろ。掛け声なんていらねえんじゃねえのか? 現に白蓮だって剣の形に出来てるし、ちゃんと物も切断出来るぜ?」
ジークはひらひらと舞ってきた青葉をすらりと切断してみせる。
クラウスは切り株の上で足を組みながら、首を横に振った。
「それくらいなら多少の剣の心得があれば誰にでも出来る。問題なのは、白蓮を最大出力で扱えるかどうかなんだ。魔力がしっかり収束した状態じゃないと、"人食い"のような"斬れない魔物"は斬ることができない」
「とは言ってもだな……」
自分の剣技に、自分で技名を付けるというのは少しだけ気恥ずかしいものがある。
ジークはずっと剣と狩りだけの生活に明け暮れていたから、良い名前を付けようにも、由来として納得出来るようなものがすぐには思い浮かばない。
「ちゃんと使えるのならスペルなしでも構わない。でも、初心者ほどキースペルが必要だ。歩きながらでも考えておいて欲しい」
どうやら休憩は終わりということらしく、クラウスは切り株から立ち上がり、リルは外套を羽織り直す。
人食いのダンジョンを攻略して、村を出てから一週間ほどが経った。
地図によると、ジードフィルまでの道のりは半分をとっくにすぎて、あと二日もすれば到着する見込みだ。
ここ一週間、ジークは普通の剣を握っていない。
魔物や獣が現れれば、神霊葬・白蓮を使って退ける。
最初の頃は剣の形にするのにも一苦労だったが、慣れてしまえばなんてことはない。普通の剣とそう大差ない使い心地だ。
だが技名を付けるとなると話は別だ。
普通、流派や技の名前は師範から伝授されるものだ。
自ら名付けるものではないし、戦闘中にわざわざ叫ぶものでもない。
戦いの中でいちいち技名など叫んでいたら次の動きを読まれるし、そのぶん戦術の幅も縮まってしまう。
魔法使いにも叫ぶタイプと呟くタイプがいる。
叫ぶタイプはそのほうが気分が乗って魔法の威力が上がるから、呟くタイプは戦術的に有利だったり、わざわざ叫ぶ必要性を感じない人が当てはまる。
リルは後者だが、特にこだわりがあるようにも見えない。
ジークもそうだ。
別に叫んだところで剣の腕は上がらない。
(俺にはどうも性に合わねえんだよな……)
ジークは昔、リルから杖を借りて魔法を使おうとしたことがあった。
どんな人間にも魔力というものは多少なりとも存在するもので、得手不得手を考慮するにしても、何かしらの低級魔法の一つくらいはヒットする。
だが、ジークは何一つとして魔法を扱うことは出来なかった。
生まれつき魔法の才能がなかったのか、それとも杖との相性が悪かったのか。
ジークにとってはどちらでもいい話だった。
剣士が握るのは剣であって杖じゃない。
だからとりあえずは深くは考えないようにして、スペルへの適性がなかった――つまり言語センスが皆無だったと思うことにした。
それが今になって、こんな形で尾を引くとは思ってもみなかった。
「なあリル、魔法ってどんな感じだ? なんか良い感じのスペルとかないのか?」
「どんな感じって言われても……私は自分の思うように使ってるだけだから、コツとかはよく分からないよ」
何かヒントが得られるかもと魔法の天才に聞いてみたが、どうやら天才はセンスだけでなんとかしてしまうらしい。
「魔法の剣ってのも難儀なもんだな」
俺には鉄の剣がしっくりくる、と呟くと、クラウスはジークのぼやきにも律儀に返事を返してくる。
「君がそれを使いこなしてくれれば、僕たちの戦力がかなり増強するんだ。それに、これから先の旅路で儀式に関わることもあるだろう。神霊を前にして神霊葬を扱えないのは丸腰と同じだ」
「俺はまだ儀式に参加するとは言ってないんだが…………なあ、クラウス」
ジークは儀式についてより、ふと思い出したことを訪ね始めた。
「マルティナの町で、『町の人たちに迷惑を掛けないためにも、君は早く旅に出るべきだ』って言ってなかったか? あれって結局何だったんだよ」
ジークたちが旅立つ前、説得の際にそんなことを言っていたのを思い出した。
マルティナのためにも、というのはジークにはよく分からない。
むしろ儀式に参加しないほうが町は安全ではないのか?
「儀式は神霊同士の戦いだろ? じゃあ、あの町も、俺も、みんな神霊とは無関係なんじゃないのか?」
クラウスの言葉はどこか核心を避けて通るところがある。
曖昧でつかみ所がなく、どこか秋風にさらわれる雲のような感じがある。
「その話はジードフィルに着いてからにしよう」
ジークはリルのほうを向き、リルは肩を竦めた。
「そんなことより、ジードフィルまではあとどれくらいなの? いい加減野営は飽きたんだけど」
懐から取り出した干し肉に囓り付きながら問いかけるリル。
最初のほうこそ野宿を楽しんでいたようだが、ここ数日は「干し肉飽きた」と言いつつ、それしかないので不満げにガジガジと囓る日々だ。
「今日の夜か、明日の朝には着く予定だよ。あそこに着きさえすれば、ひとまずはゆっくり出来るはずだから」
その言葉に、リルは「やっとか」と漏らし、ジークの事を見上げる。
「わたし、ジードフィルに着いたら熱々のピザが食べたい! ジークは何か食べたいものはある?」
「俺か? 俺は鶏肉のソテーかビーフシチューだな。クラウスは?」
「干し肉に不満はないけど、欲を言えば野菜がたっぷりと入ったスープが飲みたいかな」
「ここ最近のスープは質素だったからな」
ジークの質問を曖昧にぼかしたクラウスに、リルの食べ物の話題と来て、完全に儀式のことを聞くタイミングを失ってしまった。
しかしジードフィルに着けば話すとは言っていた。
クラウスは物事を話すタイミングを選ぶタイプだが、嘘は付かない。
初めて会ってから一ヶ月ほどが経ったが、それくらいのことは話していればよく分かる。
「ジードフィルに着いたら思いっきり暴食するぞー!」
リルはおもいっきり手を広げて、自分に言い聞かせるように大声を出した。
「あの青結晶、村の代行所では引き取って貰えなかったが、大体どれくらいの金額になるんだ?」
「人食いの心臓の二十倍くらいかな」
「は、はは……そりゃあいくら食っても食費には困らなさそうだな……」
ジークは背中のリュックと肩の荷物をそっと撫でた。
あのダンジョンで取れた五十個以上の心臓、それら全てを村の代行所に持って行ったが、ここではとても買い取れる金額ではないと、半分以上断られてしまった。
そういうわけで、ジークたちの荷物の中には大量の心臓が含まれている。
これだけでも充分な大金だというのに、青結晶は心臓の二十倍の金額だと言う。
もしも荷物を盗まれでもすれば大損だ。
(コイツだけは盗まれねえようにしないと……)




