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【連載休止】フェンリルは最強剣士の夢を見る  作者: 高橋
第一章 いつかの約束、彼女の笑顔
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1話 灰と剣と人喰い

「なあアンタ、一体ここで何をしてるんだ?」


 一人の冒険者が心配した様子で旅人風の男に声を掛けた。

 旅人は大木の根元に腰をあずけ、ずっと向こう側を眺めている。


「この辺りには人食いの化物が出るんだ。行商人なら早いとこ森を出たほうがいい。迷惑でなければ俺が案内してやるが……」


「ありがとう。でも大丈夫」


 冒険者の申し出に旅人は軽く会釈を返した。


 大丈夫とは言うものの、剣や弓を携えているわけでもない。

 端正な身なりをしているが格闘術を修めた者に特有の手指の頑丈さも見て取れず、かと言って行商人と呼べるほどの荷物もない。


 冒険者はこの男の素性について軽い好奇心を抱き、どっしりと隣に腰を下ろした。


「俺の名前はジークだ。この辺りで鳥獣の類を狩って生計を立てている。たまにギルドの依頼を受けて魔物を狩ることもあるもんだから、気取って"冒険者"なんて名乗ってみたりもするんだが、実際には狩人といったほうが実態に合ってるかもしれんな」


 自己紹介のつもりでちょっとした身の上話を振ってみたが、旅人の反応は薄い。てのひらに一つの小瓶を転がしながら、ずっと向こう側を眺めるだけだ。


「なあ、せっかく俺が自己紹介したんだ。アンタも何か言ってくれよ」


 ジークが肩をすくめると、旅人は視線をそのままに口を開いた。


「クラウス。旅のかたわら魔物を狩って暮らしています」


「冒険者か」


「そんなものです」


「でも肝心の武器がねえんじゃ仕方がねえだろ。もしかして"人食いの化物"と殺りあうとか考えてるんじゃねえだろうな?」


「そうです。この森へは魔物を狩りに来ました」


 それを聞いたジークはますますこの旅人、クラウスのことが分からなくなった。


 剣も弓もなしに魔物に挑むなど、魔法使いかよほどの馬鹿のどちらかだ。そしてこの男、クラウスは魔法使いではない。


 魔法使いが魔法を扱うためには杖が必要だ。

 魔法使いの杖というものは、神樹や聖樹と呼ばれる特別な木から、職人がひとつひとつオーダーメイドで作るものだ。いくら素質があったところで、それがないと話にならない。


 つまるところ、この徒手空拳の旅人は、剣士でなければ魔法使いでもない、ただの無防備な行商人か何かだということだ。そんな輩が"人食いの化物"に挑むなど無謀もいいところ。スライム一匹にすら勝てるかどうか分からない。


 そこまで分かっていて見捨てるのも寝覚めが悪い。

 とくに"人食いの化物"とくれば、この付近の住民にとっては気分の悪い話だ。


「なあクラウス、町に戻ろうぜ。そろそろ日が暮れちまう。夜になったらマジでシャレにならん。そうだ、俺がいい武器屋を紹介してやるよ! そこで一度しっかりした武器をそろえて、それからもう一度考えなおそうぜ? 魔物狩りだって別に今夜である必要はねえだろ?」


「心遣いありがとう。でも、今夜こそ魔物を狩らないと……」


 クラウスの表情に微かな陰が落ちる。


 ジークはそれを見て思い出した。この森の"人食いの化物"は三年前に付近の村を襲い、大量の村人を惨殺した。僅かに残された生き残りたちは家族の仇を討つため、みすぼらしい農具を片手に森の中へと踏み入り、そのまま帰ってくることはなかった。


「アンタまさか、あの化物に家族でも殺されたのか……?」


 ジークの問いに、クラウスは憂鬱な、暗い声で答える。


「ここ三日間、まったくご飯を食べてない。だからお金を稼がないと。今夜こそ、絶対に……」


 呆気に取られ思わず息が漏れた。

 クラウス本人は至って真面目な様子だが、"人食いの化物"はどう考えたって今晩の晩飯ごときのために挑む相手ではない。


「あ、あぁそうか……。でも晩飯くらいなら俺が奢るぞ? 今日は収穫で――」


「……来た」


 ジークの言葉など聞いてもいないという様子で、クラウスはすっと立ち上がる。


 首筋に冷たい物が走った。

 ジークは恐る恐る彼の視線の先へと視線を向ける。


 三メートルほどの巨躯。

 二本足に、奇妙に捻じれた四本の腕。

 人間を二人、無理やりくっつけて「失敗した」かのような奇怪な構造の魔物が、そこに立っていた。


「ひっ、"人食い"!!」


 ジークは悲鳴を上げたいのを必死に我慢し、咄嗟に腰から剣を抜き取った。


「クラウス気を付けろ……。コイツが"人食いの化物"だ。目はあまり見えていないが、そのぶん音に敏感だ。動くなよ。呼吸も我慢しろ。木とか、土とか、枯葉とか、とにかく"動かない物"になりきれ。真正面から挑んだら、間違いなく殺される!」


 自分は冷静だ。意地でもここから生き延びてやる。

 そう自分に言い聞かせるために、今までに聞きかじった知識を披露する。


 自分でも、こんな早口で相手の情報を語る姿はさぞやマヌケで滑稽だろうと想像が付く。

 腰は引けているし、剣を握る手もガタガタと震えている。


(何が動かないものになりきれだ! 震えがとまらねえ!)


 自分自身が情けない。

 今戦えるのは、剣を握っているのは自分だけだろうが!剣を抜いて、この無防備な旅人を守るんじゃないのか!?そう頭の中で喚くが、目の前の巨大な"異形"に立ち竦んで動けない。


 "人食い"は暫くはこちらを見つめて静止していたが、それが何なのか確かめるためにこちらへと一歩、また一歩と近寄ってくる。


(し、死ぬ……)


 怪物に踏みつけられボキボキと折れる枝の音が、妙に生々しく響いてくる。


 荒くなる呼吸。

 視界がぼやけ、まともに目を開いていられない。


(だが、俺がここで時間を稼げば、クラウスだけは逃がせるかもしれない……)


 剣を握る手に力が籠る。


(そうだ、俺がコイツを引き付けるんだ)


 そう思うと、ほんの少しだけ蛮勇が涌いた。


 スッと体中の硬直が弛緩し、剣の姿勢へと移行する。

 腰の引けた無様な姿ではない。

 彼の、十八年の人生で培ってきた、すべての"剣"を乗せた構え。


(俺がやるんだ)


 迫りくる異形に対し真っ直ぐな瞳で対峙する。

 剣に意思を託し、体を真空にする。

 そんなイメージで、ゆったりと、剣に意識を集中させ


「斬る!」


 刹那にして剣筋が閃く。

 一瞬のうちに四条の乱反射が周囲を照らし、血飛沫が舞う。


 斬り払われた異形とジークの視線が交叉し、三本の腕が宙を舞うのが見えた。


(斬り残したか!)


 異形はこの世のものとは思えぬ咆哮とともに、四本目の腕でジークの脇腹を薙ぎ払った。


 「があっ!」


 衝撃――、その巨躯の一撃にジークは巨木に叩きつけられ、地面に倒れ伏す。

 握っていた剣が無い。吹き飛ばされた衝撃で、どこかにいってしまった。


(言わんこっちゃない……。真正面から挑んで、勝てるわけがねえだろ……)


 ジークは何とか上体を起こし、迫りくる異形に顔を向けた。


(コイツは、俺の親父の仇だ……)


 八年前のことだ。ジークの父親はこの森に入ったきり戻って来ず、その数日後に首から上を食われて死んでいるのが発見された。死体はもはや誰なのかすら分からないほどにボロボロにされていたが、身に纏っていた衣服と剣で、これが自分の父親なんだと確信した。


 その仇が今、目の前にいる。


(だってのによ……。こんなところで終わるのかよ)


 "人食いの化物"は、しばらく吹き飛ばされたジークのほうを眺めると、思い出したかのように斬られた腕の断面を撫でた。断面からは新たな腕が生えてきて、ジークに斬り払われる前と寸分違わぬ姿へと戻って見せる。


 絶望した。

 この化物は、たとえ斬っても元に戻る。

 ジークは、ただそれだけの事実に戦慄した。


 異形は彼を見下ろし、嘲笑うかのように不気味に口を歪めた。

 その口で、その牙で、彼の父親は食い殺された。

 おそらく、彼自身も、すぐに父親と同じように殺される。


(だけど、俺は守ったぞ。あの旅人を、クラウスを……)


 ジークが異形の気を引いたお陰で、彼が逃げるのに十分な時間は稼げたはずだ。

 それだけで、ジークにとっては十分だった。仇は取れなかったが、これで天国の父親に顔向けができるだろう。そう思った矢先、ジークは信じられない……いや、信じたくもない光景を瞳に映した。


「お、オイてめぇ!! 何見てんだ!! 早く逃げろ!!」


 異形の背後、手を伸ばせば触れられるほどの距離に旅人(クラウス)が立っている。


「お、おお……俺が!! 死ぬ気で稼いだ時間を!! 無駄にしやがって!! クソがあぁああ!!!!」


 絶叫。

 人の努力を、人生を、コイツはすべて台無しにした。


 咄嗟に背中の弓に手を回すが、矢筒がないことに気付く。


(剣といっしょに飛ばされたか!)


 もはや間に合わない。

 この手に剣さえあればどうにかして見せもしたが、徒手空拳ではどうにもならない。

 目の前の怪物にくびり殺され、次はアイツの番だ。


「台無しだ! 全部!! 何もかも!!!」


 そう叫んだ時、思わず目を見張った。


 怪物の背後に立つクラウスが、異様な雰囲気を纏った剣を構えている。

 仰々しい飾り付けがあるわけでもなければ、黄金に光輝く剣でもない。

 だが、異様だ。ただの剣にしか見えないのに、その周囲には禍々しいまでの"何か"が渦巻いている。


白蓮(びゃくれん)――」


 そう呟くと、剣の周囲の"何か"が収束し


「真空断裂!」


 一瞬にして化物は袈裟斬りに両断され、断面から、焼けるようにして消滅していく。

 断末魔さえ許さない、刹那の斬撃。怪物の残骸はピクリピクリと僅かに痙攣し、やがて生命活動を停止した。


「"人食い"の心臓か。これは高く売れるな。今晩はごちそうだ」


 クラウスは拾った臓物を懐にしまうと、代わりに小瓶を取り出した。

 右手に握られていた剣が砂のように崩れ、取り出した小瓶の中へと入っていく。


「なんだよ、それ……」


 呆然とするジークに、クラウスは向き直る。


「ジーク、僕は、君の剣の師範の仲間だった」

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