5.猫児妻を呼ぶ
○ 古駅三両家猫児妻を呼ぶ 妻来たらず
○ 呼雛籬外鶏 籬外草満地(親鶏が籬の外から雛を呼ぶの。籬の外は草でいっぱい)
雛飛欲越籬 籬高堕三四(雛は越えようとするの、籬を。でも、籬が高くて落ちるの、三回も四回も)
まず、漢詩の方ですが、これは親元に早く帰りたいのに思うにまかせない少女の心象風景であり、後述するような理由で雛は夢の中の彼女自身の姿なのでしょう。
籬の文字が各句に繰り返し現われ、遊郭の格子(あるいは垣根)によって隔絶されていることが音読みしただけでも伝わりますし、この文字の句での位置の変化が雛=少女にとっての心理的な高さを表しています。
こうした音楽的、絵画的な配慮のあることは、原文(白文)のままの方が書き下し分よりよくわかります。
その前の古駅で始まる一節は、茶店の点景とこの漢詩をつなぐだけのように見えますし、表現も漢文の書き下し文のようですが、不思議な印象があります。
古い宿場町をさかりのついた猫が雌を求めて、向こう三軒両隣をうろつきながら、ぎゃあぎゃあと赤ん坊のような声をあげるけれど、空しかったという内容と「猫児妻を呼ぶ」という表現は、老人が少女に想いを寄せるというこの詩全体の隠された、倒錯したモチーフと無関係ではないように思います。
少女は色街の女ではあるものの親を慕うふつうの少女に戻りつつあったのが、茶店の客とのやり取りで現実に引き戻されたとも取れます。
「古駅三両家」と五言絶句を言いかけて和文に崩れ、言いさしたままの半終止のような形は、猫の鳴き声を聴きながら眠ってしまった少女の寝姿を想像させるようでもあります。