魔法使いの卵達
湖のほとりにぽつんと寂しそうに建っている家がある。古くからある家なのだろう。電気やガスは通っていない。近くにはこの家以外、家は建っておらず、今は子ども達が秘密基地として使っている。
今日も遊びたい盛りの子ども達が家を訪れた。
「この家、不思議だよな。」
最近引っ越してきたティモが、出来たばかりの友人達と家を探索している。
「何が?」
ティモの隣の家に住んでいるニーナは、いつも抱いている茶色のクマのぬいぐるみで遊びながら聞いた。
「俺たち以外、使ってるやついないっぽいのに、机も椅子も綺麗に掃除されてる。蜘蛛の巣とかどこ探しても見つかんない。」
ティモが優しくない継母のように机や床を拭いてみるが、少しも埃が溜まっていない。すると、台所で火がつくか確かめているシャルルが口を開いた。
「本当だね。でも、夜は他の人が使ってるかもしれないよ。その人が掃除してるんじゃない?」
ティモは覚悟を決めたように手をパンと叩いた。
「よし! 今日はここに泊まろう! 正体を確かめてやるんだ!」
「えぇ! 私は嫌だよ! 門限あるし!」
「ぼ、僕だって、帰らないとママもパパも心配するもん!」
ニーナとシャルルは絶対に行きたくないと首を横にぶんぶん降っている。
「お前ら怖がりだなぁ。そんなんじゃ、立派な軍隊に入れないぞ。」
「別に入ろうと思ってないよ。」
「私は将来、お菓子屋さんになるの。」
2人から断られたティモは、渋々1人で残ることにした。
「わかったよ。俺だけ残る。可愛い女の子かもしれないのになぁ。」
「危険を冒してまで知りたくない。」
「私は将来、お菓子屋さんになるの。」
「わかったわかった。」
そして、日が暮れてもティモは家に残っていた。明かりもつけずに机の下に隠れていると、ガチャリと扉が開いて誰かが入ってきた。
息を止めて、ゆっくりと何者かを確かめる。扉から入るわずかな月明かりに照らされた人物は、黄金色の絹のような髪の毛で、整った顔をした若い男だった。ティモは生まれて初めて、見惚れるという言葉の意味がわかった。
男は明かりをつけずにティモが隠れている机に近づいた。下を覗き込み、柔らかな笑みを浮かべる。
「何しているんだい。」
ティモは叫ぶこともできないほど驚いた。
「子どもはもう寝る時間だよ。こんなところに1人でいるなんて危ないよ。送ってあげるから帰った帰った。」
男がロウソクに明かりを灯すと部屋が明るくなり、その姿が鮮明になる。綺麗、この言葉はこの男のためにあるものだとティモは思った。まるで人形のようだ。
机に頭をぶつけながらゆっくりと後退り、机を挟んで男と向かい合う形をとった。
「な、なんでいるってわかったんだ……?」
家の中は真っ暗で、ティモは息を潜めて隠れていた。見つかったとしても驚くのが普通の反応だ。だが、この男は驚くことはなく、まるでティモがそこにいたことを知っていたかのように机の下を覗き込んだ。
疑問を抱いていると、男は笑顔を貼り付けたまま答えた。
「勘だよ、勘。今日は誰かいるんじゃないかなって思ったんだ。」
そう言って、掃除用具を持ってきて掃除をし始めた。力が強いのか、1人で掃除しているはずなのに、何人も一緒に掃除しているかのように音がこだましている。
「こ、この家を掃除してたのは、あんたか?」
「そうだよ。大切な家だからね。」
「あんたの家なのか?」
「違うよ。親友の大切な家なんだ。」
掃除の手が少しの間止まった。一点を見つめている。その視線の先にあるのは、20歳ほどの男とその母親らしき女性が写っている、かなり昔の白黒写真だった。
ティモはこれまで自分達が勝手にこの家で遊んでいたことを悔いた。
「……俺たち勝手に使ってる……ごめんなさい。」
ティモが謝ると、男は再び手を動かし始めた。
「別にいいよ。むしろ、使ってくれている方がこの家も嬉しいだろうから。これまで通り、秘密基地として使ってあげてほしい。」
優しい声音だったが、淡々とした口調が威圧的に感じた。
「わ、わかった……」
「ありがとう。」
パチンと音が鳴り、部屋に響いていた音が止まった。
「掃除は終わり。さぁ、行こうか。」
「え、早くない?」
ほんの1分足らずで終わった掃除に驚きつつ、促されるままに外へ出ると、ティモの腰の高さあたりで宙に浮いてる箒が一本あった。今まで生きてきて見たことがないものを目の前にし、思考が停止した。
「……なにこれ……」
「箒だよ。きみの家までざっと1分だ。」
「夢、だよな?だって、箒が浮いてる……」
「そう思ってくれて構わないよ。」
半分強制的に箒に乗せられ、空を飛んで家まで帰った。男はティモに話しかけてくれていたが、それでところではないティモは会話の1つもできなかった。
親に見つからないように2階の部屋の窓を開けようとすると、鍵が閉まっていた。
「ちょっと待って。」
男が鍵に手をかざすと、カチッと音がして窓が開いた。
「はい、お疲れ様でした。どうだった?空の旅は。」
のそりのそりと部屋に入って深呼吸した。
「……なぁんにも覚えてない。」
男は楽しそうに笑った。
「きみは魔法使いを見るのは初めてかい。このあたりじゃあ珍しいね。」
「へぇ……え? み、みんな見たことあるのか?」
「うん、だいたいね。あぁ、そうか。きみは引っ越してきたばかりなんだ。友達に聞いてごらん。魔法使いの卵もいるかもしれないよ。」
じゃあね、と男は箒に跨ったまま暗闇に消えていった。
翌日、ティモは友人達といつもの家に集まり、昨夜の出来事を話した。
「ま、魔法使いってマジな話?」
今まで魔法を知らなかったティモにとっては信じられない出来事だった。だが、シャルルは当然のことのように魔法の存在を認めた。
「うん。学校もあるよ。僕、高校は魔法学校に行くつもり。」
おまけに学校まであるらしい。
「お前、魔法使いになんの?」
そう聞くと、シャルルの目が輝き出した。声のトーンもかなり明るくなった。
「なるよ。魔法使いの方が給料高いもん。」
「へー、そうなんだー。」
今まで生きてきた世界と違いすぎて、ティモの頭は混乱してきた。
2人の話を聞いていたニーナが、相変わらずぬいぐるみを触りながらため息をついた。
「私は魔力がないから、入りたくても入れないなぁ。シャルルが羨ましい。」
「誰でもなれるわけじゃないのか?」
「魔力を持ってる人だけだよ。見ててね。」
シャルルは水が入ったバケツを足元に置き、ティモに見せるように人差し指を立てた。
「はぁっ!」
すると、人差し指に小さなロウソクに灯ったような火がついた。
「今はこれくらいしか出来ないけどね。おまけに、まだ自分の力だけじゃ火を消せないんだ。」
そう言いながら、シャルルはバケツに指を入れて火を消した。
「でもね、魔力を持ってるか持ってないかはすごくわかるんだよ。ティモはね……」
じーっとシャルルに見つめられ、ティモは見透かされているような嫌な心地になり、待ちきれずに体を動かし始めた。
「待って待って……よし、わかったよ。」
試験結果を告げられる時のように緊張している。喉が乾いてつばを飲み込んだ。
「全然ない。」
期待外れの言葉にティモはガクッと肩を落とし、ニーナはお腹を抱えて大笑いしている。
「なんだそれ!」
「あはは! 残念!」
少しだけでも期待していただけに、ティモの気分は沈んでしまった。
すると、シャルルは真面目な顔をした。
「でも、ティモは軍隊になるんだよね?じゃあ、魔法は使っちゃダメだよ。ない方がいいよ。」
「なんでだ?」
「魔法があると、関係ないところで人を傷つけちゃうかもしれないじゃん。守るための軍隊が傷つけちゃあダメだよ。」
シャルルの言葉に、残念がっていたティモは調子を取り戻した。
「そうだな! 俺は魔力がなくても夢を叶えるんだ!」
ニーナもティモに続いて拳を振り上げた。
「私は将来、お菓子屋さんになるの!」
「それはもう十分わかった。」
ティモには他にも気になることがあった。
「俺が会った、金髪の魔法使いって誰?」
シャルルとニーナは首をかしげた。
「金髪?」
「シャルルが知らないんじゃ、私は絶対知らないよ。金髪って染めてるの?」
「いや、たぶん地毛。めっちゃ綺麗な人だった。」
昨夜のことを思い出すと、夢だったのではないかと思えてくる。
「うーん……誰だろう。金髪の地毛って目立つからわかりやすそうなんだけどね。」
2人とも知らないようだった。
「だよなぁ。」
ふと、ニーナが思いついたように人差し指を立てた。怖がりのシャルルにぴったりな言葉だ。
「幽霊だったりして。」
「こ、怖いこと言わないでよ!」
ドシンと音がして、シャルルとニーナが音のした方を見ると、ティモが白目をむいて倒れていた。どうやら1番の怖がりはティモだったようだ。
「……あれ? ティモ?」
「失神しちゃったね。」
シャルルは慌てて水を汲みに行き、ニーナはぬいぐるみでティモの顔をつついていた。
運命の歯車は、また、回り出したようだ。
今書いてる物語がありまして、その物語は、1章2章3章が前半、4章が後半という風に考えております。その4章の前座です。
実は半年くらい前から考えて書き始めていたのですが、このまま出さなくてもいっか~と、思ってしまう可能性があるため、出さざるを得ない状況にさせました。
4章まではかなりの時間がかかります。何年もかかります。でも頑張ります。絶対終わらせます。
金髪の綺麗な魔法使いは最重要人物です。