追跡
ギルドを飛び出した宗太郎は大通りで左右を見渡し、さっきの少年を探す。しかしその姿は影も形も無い。
(くそ、どこに行ったんだ?)
この広い街の中から手掛かりも無しに人一人探しだすのが無謀な事ぐらい、流石に宗太郎も分かっている。分かっているが、それでもここは無理を通してでもやらなくてはいけない時だ。
(何か、何か手掛かりになる物はないか?)
どうにか出来ないかと宗太郎は考えを巡らせる。と、そこで1つ方法を思い付く。
(そうだ、査定眼!)
査定眼は見ようと思った物に自動で照準が付く。それが視界の外で、今何処に在るかも分からず、かなり距離も開いている物にも適用されるかどうかは賭けだが、今は藁にもすがる思いだ。やれることは全部やっておきたい。
(査定眼発動!対象、俺のスマホ!)
頭の中でそう念じる。すると視界の端に照準が現れ、ゆっくりと移動しているのが見えた。
(っしゃぁあ!ビンゴぉ!)
現れた照準を目指して、またも全力で走り出す宗太郎であった。
◇
クロージャの街のとある裏路地。
建物と建物の間にある為に昼間でも薄暗いその場所で、通称シーフは歩いていた。
「今日も簡単だったなぁ。やっぱりボクの暗躍のスキルとスリ技術が合わされば盗れない相手は居ないな。」
上機嫌でそんな事を話すが、聞く相手はこの裏路地にはいない。いても酔っ払った浮浪者しかいないので聞かれても問題はない。
路地裏を歩くシーフの姿は、目立たないベストに何処にでもあるシャツ、なんの変哲もないズボンという、いかにも一般人といった風貌だ。しかしその上にある整った顔立ちと後ろで一纏めにした綺麗な金髪が、その格好のランクを「お忍びの貴族の坊っちゃん」レベルに引き上げている。
それだと路地裏ではめっぽう目立つと思うが、不思議な事に通りすぎる浮浪者達はシーフを全く気にする事無く通りすぎていく。それはひとえに、シーフが「暗躍」のスキルを持っているからだ。そのスキルの隠蔽効果と服装の相乗効果で、気配を消しているのだ。
しばらく歩いた後、シーフは1つの道具屋に辿り着いた。扉を開け、中に入る。
「ばあちゃん、ツルナばあちゃん!来たよ!」
カウンターに向けて声を掛けると、店の奥から魔女の様な姿をした老婆が現れた。
「はいはい、そんなデカイ声を出さんでも聞こえてるよ。」
ツルナと呼ばれた老婆がそう答える。年の頃は70歳といった所か。杖をついてはいるが、それに頼りきること無く立っている。
「で?今日は何を持ってきたんだい?」
「これこれ!中で小さい人が動く魔法の板!」
そう言ってシーフは宗太郎のスマホを取り出す。
しかし今はスリープ状態で画面は真っ暗だ。
「ただの黒い板じゃないか。」
「これからだよ!この板の、端っこのここを押せば、っと!」
シーフがスマホの電源ボタンを押す。すると画面が明るく光り始めた。
「おぉ!...お、お?」
「あれ?」
しかしスマホは待ち受け画面を数秒間映し出しただけで、またすぐ暗転してしまう。
なぜなら宗太郎はスマホに顔認証パスワードを設定していた。その為、宗太郎の居ないここでは開くことは出来ない。
「あれぇ?おかしいなぁ?ギルドで見た時は確かにここ押しただけで映ってたのに...」
「あんたこれ大丈夫なのかい?なんかヤバい奴から盗ったんじゃないだろうね?アタシもこんなアコギな商売やってるからスリをするななんて言えないけどさ、面倒事に巻き込まれるのは勘弁だよ。」
「違うよ!正真正銘新人冒険者のはずだよ!」
「ホントかい?大体アンタその格好も...」
「ここだぁッッッ!!!!」
バン!!と店の扉が乱暴に開かれた。
驚いて振り返る二人の正面。扉を開けた主、宗太郎はぜー、はー、と息を切らしながら二人を見据えた。
「スマホ...ゲホッゴホッ...返せ...!」
途中むせながらもそう言い放つ。
「そんな、どうやってここが...?」
突然の事に驚きを隠せないシーフ。
「スマホーッ!!」
そんな事は関係無いとばかりに、宗太郎が変な奇声を上げながら飛び掛かる。
「ひゃっ!?」
シーフがスマホを持ち、暗躍を発動させたのはほぼ反射だった。宗太郎の視界からシーフが掻き消え、宗太郎は飛び掛かった勢いのままカウンターに激突する。
「だ、大丈夫かいアンタ!?」
思わずツルナが宗太郎を心配する。
そんな中宗太郎はゆっくりと起き上がり、
「逃、が、す、かぁッ!!」
ギャルッ!!と効果音が出そうな勢いで振り返る。そこには今まさに扉に手を掛けていたシーフが。
「ひぃっ!」
小さく悲鳴を漏らすシーフ。
「待てやゴラぁぁぁぁああああ!!!」
「わぁあああああああ!!」
シーフが悲鳴を上げながら店から出ていき、その後を鬼の形相で猛追する宗太郎。こうして2人による壮絶な鬼ごっこが開始された。
一方、店に残されたツルナは。
「...まぁ、ある意味、ヤバい奴から盗っちまった訳か...」
そう1人ごちたのだった。