遭遇、戦闘
宗太郎が教会を無事退院して数日。
クロージャの街の近くの森の中で、採集依頼中の宗太郎とソフィは首に白い模様のある熊の姿をしたモンスターと対峙していた。
「グルルルルゥ...!」
低い声で唸る熊のようなモンスター。その唸り声に宗太郎は思わずゴクリと唾を飲む。言うまでもないが宗太郎には熊と対峙した経験は前の世界を含めても無い。精々動物園で檻越しに見たことがあるくらいだ。目の前の熊のモンスターが発する迫力は動物園の熊とは比ぶべくもない。
「まずいよソータロー、ムーングリズリーだ。今のボクらのレベルじゃ強敵だよ。」
ソフィがそう忠告する。そこで宗太郎は査定眼を発動して、熊のモンスターのレベルを確認した。
ムーングリズリー:Lv10
相手はレベル10。こちらは宗太郎がレベル2でソフィがレベル4。確かに正面から戦えば大怪我は避けられないだろう。当たりどころが悪ければ死ぬ事だってあるはずだ。
「熊に会った時の対処法といえば死んだフリが有名だけど、そんなんが通じる感じじゃねぇな...そもそもその対処間違ってるらしいし。」
「ソータロー?」
「悪い、何でもない。って危ねぇっ!」
「ひゃっ!?」
「ガァッ!!」
ムーングリズリーが後ろ足で立ち上がり、左腕を振り下ろして攻撃してくる。
宗太郎は咄嗟にソフィを抱きかかえ、右に跳んで地面を転がった。
ガリガリィッ!と宗太郎達の後ろにあった木に爪の痕が刻まれる。
「っぶねぇ...大丈夫かソフィ?怪我は無いか?」
宗太郎が、地面に押し倒した状態になっているソフィにそう問う。
ソフィは赤面してあわあわと意味の無い言葉を紡いでいる。いきなり抱き締められて密着して押し倒されて顔が近くて、一瞬で頭が茹で上がってしまったのだ。
「なんか大丈夫じゃなさそう?...おいソフィ!とりあえず暗躍頼むわソフィ!」
ソフィの頬をペチペチと叩き、意識を戻す。
「はっ!...あぁ暗躍ね!了解!」
ソフィの意識がようやく戻ってきて、宗太郎を含めて暗躍を発動させる。
こちらに振り返っていたムーングリズリーは急に2人の姿が見えなくなり、キョロキョロと周囲を見渡す。
(そらっ!)
その隙をついて、宗太郎が地面に手を当てて等価変換を発動する。
ムーングリズリーの足元の地面が大量の小銭に変換され、ムーングリズリーの巨体が沈んでいく。
「戻れっ!」
ムーングリズリーの体が半分程まで沈んだ所で、宗太郎が小銭を元の地面に変換し直す。すると半身が地面に埋まった熊の出来上がりだ。
「よし、これでなんとか動きを止める事が出来たな。」
「凄いよソータロー!やっぱりユニークスキル持ちが居るとレベル差を覆せるもんなんだね!」
「やっぱり?」
「有名な格言があるんだ。『レベルの高さだけが強さではない、どういうスキルをどう使うか』って。実際、昔の戦争でたった1人のユニークスキル持ちが敵兵を千人倒した、なんて伝説もあるんだよ。」
「へぇー。こっちにも格言とかあるんだなぁ。」
宗太郎が頷く。
「さて、この熊もそのままって訳にはいかないな。止めを刺さないと。致命傷を受ければモンスターは消えてドロップ品を落とすんだよな?」
「うん、そうだよ。」
「よし、だったら剣を出して...」
そう言って金貨を剣に変換する宗太郎。
「すーっ、はーっ。」
剣を構えて深呼吸。そして一思いに振りかぶって、
「せいやっ!」
「あっソータローちょっと待っ」
ガギンッッ!!
振り下ろした宗太郎の剣はムーングリズリーの硬い毛皮と肉に阻まれ、刃が通ることは無かった。
「~~~~ッッ!!」
じ~~ん...と衝撃が手に響き、宗太郎は何とも言えない声を出す。
「アハハ、ダメだよソータロー。ムーングリズリーの毛皮は硬いから、そんな方向から斬り込んでも弾かれるよ、って言おうとしたんだけど...」
「っそれ、早く言って欲しかったなぁ...」
痺れた手を振りながら言う宗太郎。
「ムーングリズリーには弱点があるんだよ。ほら、ここの首の白い模様の所。ここだけは硬くないから狙うならここだよ。」
ソフィがムーングリズリーの首元を指差して教えてくれる。
「ソータロー、剣貸してくれる?」
「おぉ。ほい。」
柄の方をソフィに向けて手渡す。
「ありがと。この首の白い部分に狙いをつけて、えいっ!」
「ギャッ!」
ソフィがムーングリズリーの首に剣を突き立てる。剣は深々と突き刺さり、ムーングリズリーは短い断末魔を上げる。
「おぉ...」
宗太郎が感心するように声を出す。それと同時にムーングリズリーの体が虹色の泡となって消えていき、ドロップ品が残る。
ムーングリズリーの毛皮:80000G
査定眼で見ればそう出ていた。続いて目の前にディスプレイが現れ、レベルアップを知らせる。
レベルが上がりました
加地宗太郎
レベル:2→4
ソフィ
レベル:4→5
毛皮を回収した所で、ふと疑問が浮かびソフィに質問してみる。
「そういえばさぁ、モンスターからドロップ品って1つしか落ちないけど、他の肉とか牙とか爪とかの素材って取れないもんなのか?」
「いや、生きたまま捕獲した後に『活け締め』のスキルを持った職人が捌けば、沢山の素材を取れるよ。ただ、その場合経験値は倒した時より大幅に少なくなっちゃうけどね。」
「へぇ、そうなのか。」
「うん。ギルドに貼ってある依頼にも捕獲依頼って結構あるでしょ?あれは素材を多く欲しいから出てるんだと思うよ。」
「成る程なぁ。いやぁソフィは色々知ってて凄いな。よしよし。」
なでなで。そんな擬音が聞こえそうなくらいに優しくソフィの頭を撫でる。
「ひぇ?」
宗太郎の突然の暴挙に固まるソフィ。
「って、わ、悪いソフィ!」
「あ...」
バッ!と手を引っ込める宗太郎。その手をソフィは名残惜しそうに見つめる。
「ごめんな、昔妹にやってた癖が出ちまって...嫌だったろ?数年前から妹にもすげぇ嫌がられてたから。」
「え、あ、や、別に...嫌なんかじゃ...」
「ほら、採集の続きやろうぜ。」
「あっ、まっ待ってよソータロー!」
歩きだした宗太郎を慌てて追いかけるソフィ。
前を行く宗太郎はソフィを撫でた手を見つめ、考えを巡らせる。
(一人暮らし始めてからは出る相手も居なかった癖が今になって出るなんてな...それだけソフィを親しい相手と思ってんのかな俺?
でもそうだよな...妹みたいな存在のソフィになんでもかんでも頼ってたら格好がつかないよな。それに女の子よりレベルが低いってのもな。何とかしないと。)
そんな事を考えながら、2人は採集を続けるのだった。