病室にて
その後、スキンヘッドのボスとゴロツキ3人組は騒ぎを聞きつけて到着した衛兵達に取り押さえられた。
フードの傭兵達はいつの間にか全員姿を眩ませており、捕らえることは出来なかった。
殴られて全身アザだらけの宗太郎と、治ったとはいえ致命傷を受けたシーフは、この世界における病院に値する教会に入院することになった。
ここは教会の病室。並べられたベッドの1つに、宗太郎は横になっていた。
体のあちこちに包帯が巻かれているが、見た目ほど怪我は酷くない。教会に所属する治癒系のスキルを持つ修道士達の手によって施された治療のお陰で、全治1、2ヶ月はかかる筈だった怪我はものの数日で回復に向かっている。明日には退院出来る予定だ。
とはいえ明日の退院までは絶対安静と言われている。もう痛みも引いて、宗太郎は正直暇をもて余していた。
「こういう時はスマホゲームするに限るね。」
そう言ってスマホを取りだし、お気に入りのゲーム、SGGoのプレイ画面を開く。
いつものようにデイリーミッションをクリアし、素材集めやクエスト攻略等を進める。
しかししばらく進めた所で、ゲームをする手が止まってしまう。
「うーん、いまいち集中出来ねぇな...」
頭を掻いてそう愚痴を溢す。
宗太郎が大好きなスマホゲームにさえ集中出来ない理由は1つ。シーフの事である。
シーフが女だと判明した後、宗太郎が教会の修道士達に保護されたように、彼女も修道女達に保護されて女性用病棟の方へ入院した。
それ以来宗太郎はシーフと顔を合わせていない。風の噂でシーフは致命傷が完全に治っており、入院した次の日に退院したと聞いたが、今はどうしているのだろうか?
「シーフ...」
病室で1人呟く。すると。
「失礼しまーす...」
まるで図ったかの様に、病室に人が訪れる。シーフである。
「あ、起きてたんだねソータロー。」
「おぉ、今丁度お前の事考えてたよ。」
「んむぐッ、ゲホッゴホッ!」
タイミングバッチリだな、と続けようとした宗太郎の言葉はシーフのむせる声で掻き消された。
「きゅ、急にそういう事言うのやめてくれないかな?ビックリするから。」
「お?おお、何かよくわからんが分かった。」
シーフが何に怒ったのか分からないまま了承する宗太郎。
全くもう、と赤くなった顔を手で扇いで落ち着かせるシーフ。
「ともあれ、久しぶりだなシーフ。背中はまだ痛むか?」
「いや、全然。修道女の人達も驚いてたよ。まるで怪我なんて最初からしてなかったみたいだって。」
シーフがそう告げる。その言葉に、宗太郎は思う所があった。
この教会では、基本的に男の患者の治療は男の修道士が、女の患者は修道女が担当している。つまり、昨日の出来事を疑うわけでは無いが、シーフは正真正銘女性だという事だ。
「そう...だよな。本当に、女の子、なんだよな...」
そう言ってシーフの姿を観察する宗太郎。
シーフの姿は、いつものシャツにいつものベスト、いつものズボンを履いているが、今日は服の下にサラシを巻いていないのか、胸元は女性的な膨らみを帯びている。
「うん、今日はその事について話しに来たんだ。...っていうか、胸見すぎ。」
シーフが胸元を手で隠して、ジト目で抗議する。
「わ、悪い。まだ慣れなくて...」
慌てて目をそらす。
「ゴホン、それで、なんで男の格好なんてしてたんだ?」
1つ咳払いをして空気を変え、宗太郎が当然の疑問をシーフにぶつける。
「簡単だよ。そっちの方が都合が良かったからさ。
女の格好ってのは何かと目立つものだから、スリをするには向かないんだ。ヒラヒラしてて動きにくいから、いざという時逃げられないしね。」
シーフがそう答える。
確かに胸を隠していない今のシーフは、サラサラの金髪や整った顔立ちもあって、男装していても隠しきれない目を見張る美少女であると言える。
もしかしたらシーフの暗躍は、自分の存在感を隠す為にスリをする中で目覚めたスキルなのかも知れない。
「じゃあ、一人称がボクっていうのも?」
「うん、形から入ろうと思って。そしたら染み着いちゃったんだ。」
頭を掻いてそう言うシーフ。
「女だってこと、黙っててゴメン。」
「いや、俺が勝手に勘違いしてたんだから、シーフが謝るようなことじゃねぇよ。」
「でも...」
「...だったら、謝る代わりに1つ、俺のお願いを聞いてくれないか?」
「お願い?」
「あぁ。...名前、教えてくれないか?」
「名前...?そんな事でいいの?」
シーフがキョトンとする。
「ああ。今回の事で負い目とか感じて、シーフと距離が出来るのが一番嫌なんだよ。お前とは今後も一緒に依頼をこなす親しい仲で居たい。だから、そんな仲なら名前くらい知っておきてぇなって思って。」
宗太郎は素直な本心を語る。
「...うん。距離が出来るのが嫌っていうのは、ボクも賛成。ソータローとは仲良くなりたいからね。」
シーフもそんな事を言ってくれる。
「嬉しい事言ってくれるじゃん。」
「えへへ。...ボクの、ううん、わたしの名前は、ソフィ。ソフィって言うんだ。」
「ソフィ...」
宗太郎は口の中でその名前を反芻する。
「ソフィ、ソフィ...うん、良い名前じゃねぇか。じゃあ、今後とも宜しくな。ソフィ。」
「ありがと、ソータロー。こちらこそ宜しく。」
2人は固く手を握り合うのだった。