幕間 裏路地の道具屋にて
宗太郎と別れたシーフは裏路地を通り、老婆ツルナの道具屋を訪れていた。
「ツルナばあちゃーん。」
気合いの入らない声でツルナを呼びながら、入り口の扉を開ける。
「おや、いらっしゃい。今日はここに泊まんのかい?」
ツルナがシーフにそう問う。シーフは時々この道具屋の二階に泊まらせて貰っていた。
「うん、そうしようかな。それと...」
シーフが懐から金貨袋を取り出す。するとツルナは顔をしかめてシーフに言う。
「おい、前にも言っただろう。道具屋として道具は買い取ってやるが、アタシはお前さんから金は受け取らない、ってな。」
「で、でも、凄い金額なんだよ?百五十万も稼げたんだよ!これを少しでもこの店に入れればもっと良い暮らしが...」
「百五十万!随分稼いだね。でも幾らでも受け取るつもりはないよ。お前さんに心配されて施される程あたしゃ落ちぶれちゃいないよ。その金は貯金するなり良いものを買うなり好きにしな。」
「でも...」
「でもじゃない。」
ピシャリとツルナが言い放つ。どうあっても受け取るつもりは無いようだ。
「...うん、わかった。」
「わかりゃ良いんだ。で?どうだったんだい今日は?昨日の坊主と話して来たんだろう?許して貰えたのかい?」
一転して穏やかな表情で問うツルナ。
「うん。許して貰えたよ。それに一緒にレアモンスターを見つけて、2人で捕まえたんだ。」
そうしてシーフは今日あった事を話し始めた。ツルナはそれに相槌を打ちながら耳を傾ける。
「それで報酬の分け前の交渉をしようと思ったら、いきなり半分投げて渡してくれたの。」
「へぇー。思ったより気前の良い奴だったんだねぇ。そんな大金手にいれたら少しは自分の取り分多くしようと思うだろうに。」
2人は宗太郎の評価を少し引き上げる。実際は度重なる課金で金銭感覚が狂っているだけということを2人はまだ知らない。
「うん、不思議な奴だよ。」
そう言って遠くを見るシーフ。その様子を見たツルナは、話を終えるように手を合わせた。
「さ、今日はもう疲れたろ。上行って休んだらどうだい?」
「うん、そうする。おやすみ、ツルナばあちゃん。」
「あぁ。おやすみ。」
そうしてシーフは二階に上がっていった。
その姿を目で追ったツルナは、1人となった店内でポツリと呟く。
「他人をスリのカモとしか思ってなかったあの子が、あんなに興味を示すなんてねぇ...」
そう言いながらツルナは数年前の事を思い出す。
店の前で、まだ幼かったシーフが空腹で行き倒れていたあの時。ツルナは気まぐれでシーフに飯を与えてやった。以降シーフはツルナに大層懐き、スリで得た金を持ってくるようになった。
流石に子供から金を貰うのは気が引けた為、金を受け取るのは拒否し続けている。すると今度は指輪などの宝石類や、魔道具を盗って持ってくるようになった。しょうがないのでそちらは買取という形で小遣いを与える様な状態になってしまっている。
今では人並みに親心も芽生え、出来ればシーフには自分の様に外れた道を生きて欲しくはないと考えている。
ツルナは昨日自分の店を訪れた宗太郎を思い浮かべた。
「叶うならあの坊主が、あの子を変えてくれると良いんだがねぇ...」
ツルナのそんな呟きは、静かな店内に消えていくのだった。