仄かに漂う危険の香
翌日。
この日から部活の仮入部期間に入る。一週間、どこの部活でも出入り自由、というわけだ。
とはいえ、仮入部から本入部、って言う事の方が多いと思う。あんま仮入部を色んなところでする、なんていう方が少ないし。
ちなみに蒼は結局陸上部に行くらしい。ダメだったら来てね、などと言っていたが。
さて、俺の目的の部活筆頭の至上主義部は、と。
「ま、多いよねぇ」
案の定というか、予定調和というか、生徒でごった返してた。
会長目的が大半なんだろうなぁ、と考えるとなぜか溜息が出てくる。彼らの目に、信念があるようにも思えない。下心なら合格点だろうけどさ。
「...いや、俺もここにいるし同じ穴の狢か?」
「いや、君はいい信念を持っているよ、月見里少年」
突如として背後に現れた気配に振り向くと、昨日俺を見ていた女の教師が立っていた。
「えーと、どちら様で?」
「あぁ...初対面だったな。私は生徒会の顧問かつ現代文担当の飾向日葵。それに、ここ、至上主義部の顧問でもある」
「は、はぁ...」
向日葵と明るい名前と裏腹にダウナーな表情と覇気のない声で自己紹介をされたが、いきなりなんだこの人。
「少し、ついてきて貰おうか。何、ここに来た、ということは目的は部だろう?悪いようにはしないさ」
まぁ確かにこの部活がメインではあるけれど。
付いてきた所は生徒指導室。どうやら飾先生は生活指導の先生でもあるらしい。その表情で?ゴリラみたいな学年主任がやる訳ではなく?あそう。
「さて、今から面接を始める」
「いきなりですね」
「こういうのはスパッと終わらせるに限るからね。さて、月見里少年。君は至上主義部に入りたいかね?」
「いや、まぁ、入れるもんなら入りたいッスけど?」
「何故疑問形?まぁ良い。では、君を支える信念を教えてくれ」
信念。ま、聞かれるのは当たり前だ。なんせ入りたい部活は至上主義部。つまり己の信念を高め合う部活。高め合う。いい響きだとは思わないかね?
「俺は《リア充至上主義》。大事なティーンエイジャーの時期を暗く寂しく過ごすなんて真っ平だ。切磋琢磨するライバル、日々を過ごす友、生活を彩る青春。これが無い人生など空虚で非常につまらない。そして至上主義部なら、その項目に当てはまる人が集まると思った。だから入りたい。です」
ちょっとテンション上がってタメ口になってしまったが概ね大丈夫だろうか。今更ではあるけど。
「なるほど、リア充至上主義、か。その割には恋人は要らなそうな顔をしているね?」
鋭く、冷たい視線が俺を貫いた、ように見えた。この人、考えていることがわかるのでは?
「いや何、リア充と謳いながら君の言葉はただ友が欲しいとしか捉えられなくてね。恋人を作るという行動や存在こそ、ティーンエイジャーのリア充生活と呼べるものだろう。意図的に言葉にしてないと思えたまでさ。で、答え合わせはしてくれるかな?」
何という洞察力。確かに俺は、恋人という存在は要らない。むしろそれを作ることは絶対にしたくない。
「んまぁ...そうッスね、あぁいや、これも所謂主義なのかもしれないんスけど...俺は《アンチ恋愛至上主義》でもある、かな?」
飾先生は一層面白いといった顔で目を細くさせる。なんか面白いこと言ったか?
「差し支えなければ理由を聞かせてもらっても?」
「...大したことじゃないッスよ。ただ両親が恋愛結婚した割にはお互いを飽きて両方とも浮気してるもんで。なのに家では両方とも、バレてないと思って普通に接してる。勿論、俺にも。そんな汚い関係性をさせる恋愛なんて、下らないでしょう?やるだけ時間の無駄でしょ」
反吐が出るとはこの事だ。両親揃いも揃ってクズでしかない。その両親の血を色濃く継いでる俺もある意味クズのサラブレッドな訳で。恋愛しちゃいけないタイプの人類なんだよね俺って。多分神様がそう言ってるわ。
ならさっさと家を出ろとは思うが、学費その他諸々は払って貰ってる身としてはあまりそれも嫌なのだ。俺はまだ高校生な訳で、結局一人では生きていけない。あくまで誰かの庇護下に置かれてないと明日買う物すら困るだろう。それが毛嫌いする輩の庇護だとしても我慢して受け入れる。てか大学生になったら絶対に一人暮らししてそのままその地で就職して縁切りだわ。なんで不貞してるやつに金を送ったりせなならんのか。そもそも俺が居るからあくまで家族としての体裁を保ててるだけってのは子供ながらにしてわかるもんで。
...とまぁ滅茶苦茶に愚痴を先生に熱く語ってしまった気がする。ともすればリア充至上主義です!なんて言った時より熱く。
「成る程、成る程、成る程...フフッ、君は面白いね月見里少年。合格だ。君を歓迎しよう。今日は忙しいし帰るといい。明日の放課後、早速新入部員として歓迎会でも開こうか。今年はすでに何人か、目ぼしい生徒が居る。期待大、だ」
次の面接の子を見てくるから早く帰るといい、と指導室から追い出された。なんとまぁ呆気なく受かるものである。てかなんで受かったの。俺、両親の愚痴しか言ってなくねぇ?
「...ま、いいか。儲け儲け」
蒼にSNSで受かったとだけ送り下駄箱へと向かおうとすると、向かい角から女生徒が歩いてきた。
生徒会長、だ。
成る程近くで見れば確かに美人だな。まぁ顔だけなら両親ともに良いのでなんも感情は湧かないが。美人だな、と思うだけ。ただそれだけだ。腹の中で何考えてるかわかったもんじゃないしな。
生徒指導室から出てくる俺を見ていたようで、会長は声をかけてきた。
「やぁ、君が飾さんが言ってた今年の新入部員候補生だね」
「候補かどうかはわかんないスけど、まぁ明日からよろしくお願いします」
「ん、その様子だと受かったんだね。君もさぞいい信念を持っているんだろう。よろしく頼むよ」
ニコりと笑って手を差し出す。恋愛アンチといっても別に女性自体が嫌いなわけでないし、握手ぐらいならしていいか。
「これから色々よろしくお願いします」
「んっ」
ん?握手した瞬間会長なんか身震いした?なんか嫌な予感がするしさっさと帰るか。
「それじゃ、また明日」
「あぁ、うん、また明日。ところで、名前を聞いてもいいかな?」
「月見里柳です。月を見る里と書いて月見里と、柳の木です。それじゃ」
「そうか。これからよろしく、ね?」
その言葉を最後に俺は下駄箱に向かう訳だが、すれ違った時の何かしらの花の香りは、忘れることはないだろう。
警鐘が、頭に響いていた。
スマホでもタラタラやれる事に気付いたんで初投稿です。