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現代百物語

現代百物語 第12話 落とし物

作者: 河野章

「近くの稲荷神社へ取材へ行かないか」

 とある春の日曜日。

 藤崎柊輔に誘われて、谷本新也アラヤは近所の稲荷神社を訪れた。

 神社と言っても普段は無人で、赤い鳥居が連なる先にお稲荷様を祀った社がぽつんとあるだけだ。周囲は鎮守の森で、小鳥の鳴き声や若葉がみずみずしく輝いていた。

 暇で、嫌な予感もしなかったので、珍しく新也はご機嫌で藤崎に着いていった。

 神社にお参りし、周囲を散策し、藤崎が資料の写真を撮っている間も何も起こらない。木々の隙間からうららかな春の陽光が降り注ぐのみだ。

 藤崎はいつにもましてご機嫌で、2人で冗談などを言い合って笑い合う。

 さあ帰ろうと藤崎が言い、最初の鳥居を潜ったときだった。

 妙な感覚が新也を襲った。

 普段のゾクリとする感じではない。危険を感じる風でもない。

 ただ、忘れ物をしていて、それが何だか思い出せない……そんな気持ちだった。

 新也は藤崎に訊ねた。

「せんぱ、藤崎さん。何か忘れ物していませんか?」

 先を行こうとしていた藤崎はキョトンと新也を振り帰る。そして自分の衣服をパタパタと叩いたりして、一応と確認してみせる。

「いや、そもそもスマホと財布くらいしか持ってきてないしな」

 どうした、と聞いてくる藤崎に新也も何とは答えられない。ただ、妙な気持ちがするのだった。

 何かが足りない。

「いえ、何でもないです。……おかしいな」

 新也自身も周囲を見渡してみるも何もない。キョロキョロしたところで何も見つからないので、仕方なく二人して石段を降り、帰ることにした。

 最後の鳥居を抜ける間際、ふいに横の茂みから声を掛けられた。

「もし」

 ぎょっとして2人が振り返ると、何ということはない、草刈り作業真っ最中と言う姿の老人だった。汚れたシャツに作業服のズボンを履いて、鍔つき帽を被っている。首には手ぬぐいで、軍手をしていた。

 ほっとして、近くにいた新也が返事をした。

「はい、何でしょうか」

 老人も何故かほっとした様子で、2人に向けて破顔した。

「これを上で見つけてな。追いかけてきたんじゃ……ほれ、落とし物」

 老人が黒い、布のようなものを差し出した。思わず新也が受け取ると生暖かく、乾いていて今にも手から滑り落ちそうになるほどつるつるしていた。

「あんたじゃあないよ、ほれ、そっちの兄さんのだ」

 老人はニコニコと藤崎を指差す。新也は言われるまま、つい、

「はい、先輩」

 と、渡してしまった。老人の言うとおり、なぜだか自分のではないなあという思いがあった。怖い気持ちは湧いてこない。

 受け取った藤崎は最初、奇妙なものを見る目でその黒い布のようなものを見ていた。

 が、ふいに下を向き、ぽつりと呟いた。

「あ、俺の影か」

 それを聞いた老人はほほっと愉快そうに笑うと、ふわっとその場から消えた。

 後には、いつもどおりの2人がそこに。

「影、でしたか……」

 新也は感心したように言った。

 改めて、2人は自身の影を見た。そこには問題なく影が横たわっている。藤崎の手からも黒い布は消えていた。

「狐に化かされたかな」

 まばたきをした藤崎が、心底面白そうに笑った。



【end】

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