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七、友との再会

 宿屋に到着して驚いたのは、私の親友が私を待っていたという事だった。

 磨かれたマホガニーの輝きを持つ美しい髪に健康的な肌の色、そして、理知的な輝きに煌くヘイゼルの瞳を持った美女は、私の侍女の一人であった。

 話し上手で気さくな彼女は王宮内での人気者でもあり、年上の彼女は母を亡くしたばかりの私にはかけがえのない存在でもあった。


 過去形であるのは、彼女は並み居る結婚話を足蹴にして最愛の人との人生を選んだがために王宮を去らねばならず、私達は離れ離れとなることになったからである。


 彼女は紳士階級の次男坊でしかない当時は陸軍中尉様、今や少佐様と恋に落ち、周囲の反対を押し切って駆け落ちしてしまったのだ。

 子爵令嬢という身分だからこそ王家に仕えることが出来たのであり、そんな彼女と中尉の身分差は、貴族社会においては見過ごせない程のかなりのものだったのである。

 男は出自では無いの持論を彼女が持つに至ったのはそういう事だ。


「まぁ、エーデン、エーデンなの、本当に。うれしいわ。バルドゥク様は侍女に全部暇を出したと言っていましたが、本当はこんな隠し玉を用意していたのですね。」


 彼はきっと私を驚かせるつもりであのような嘘を言ったのに、私が本気にしてしまって大騒ぎしたから落ち込んだのだと、彼のあの不可解な行動にようやく合点がいった。

 しかし、エーデンはチっと私が不安になるほどの淑女らしからぬ舌打ちをした。


「えーでん?」


「まったくあの非常識は。」

 私は彼を見誤っていたのであろうか。

「えーでん?」


 芽生えた不安に慄きながらエーデンを見返せば、彼女の腹部はこんもりと膨らんでおり、いくらサプライズでも身重の女性を私の侍女にと考えたバルドゥクを責めるのは当たり前であろうと考え直した。

 さらに自分こそ、結婚して王家とのしがらみのなくなった女性を侍女扱いしたのである。

 親友だと自負しておきながら、自分はなんと傲慢なのであろうか。


「ごめんなさい。全部、私のせいね。私のせいで無理矢理連れてこられたのね。」


「何を言うの。あの馬鹿者が私を連れて来たのでは無いわ。わたしはね、セレニア様の侍女が全部暇を出されたと聞いて、それから、セレニア様付き小間使いも雇っていないと聞いて、私があなたを守らねばと止める夫を振り払って来たのよ。梃子でも帰りませんから気になさらないで。ごはんは食べたの?あぁ、それよりもまずは部屋に行って休まねば。さぁさぁさぁさぁ。」


 久しぶりの感動の邂逅どころか二年前のいつも通りに私はエーデンに追い立てられ、彼女が雇っていてくれた小間使いの手によって、昨夜からの逃避行の垢を全て落とす事が出来た。


 追い立てられるように部屋に入ったが、実は私の膀胱は限界で、そこも見越していたエーデンには一生頭が上がらないだろう。


「あ、そういえば。私はキリアムとアーニスに労いの一つも言っていないわ。」

 エーデンの姿を見た途端に、彼らは少女のようにきゃあっと悲鳴を上げ、まるで悪戯を叱られた猫のように逃げ去ったのでもあるが。


「そんなの気にする事ないわよ。」

「いいの?」

「いいの。大体あなた様を危険にさらしたのはあいつらでしょう。労う必要はありません。」

「まぁ。」


 大きなお腹をしているくせに、右へ左へときびきびと小間使いよりも動き回るエーデンに、私は懐かしさだけを感じていた。

 女性の嗜みなどが身についていない私の為に、彼女はドレスや持ち物を全て管理し、最高の私になるようにと常に心を砕いていてくれたのだ。


 私が頬に染料で痣を描いていると知っていながら。


「頬の染料は、もうやめられるのですよね。」

「……わからない。これはもう、なんていうか。」

「あの男は馬鹿者ですが、女子供を殴るような男では無いですよ。」

「ええ。あの方は優しいわね。」


 私が頬に痣の絵を描いているのは、母が病に倒れても、そして亡くなっても、父が母に無関心であったからではない。

 父に期待はしていない。

 私は結婚する相手、つまり男そのものが怖かったのだ。


 姉の婚約者である青鷺侯爵は傍目には理想的な好漢であったが、裏表のある男だった。


 馬車の事故の後、私の頬に痣が数年くらい残っていたのは事実であり、彼の私への振舞い方が事故前と痣が出来た後では明らかに違っていた。

 そして、彼が王宮の庭の片隅にて下働きの召使の少女に狼藉を働いていたことを知ったのは、男の二面性の恐ろしさを私に思い知らせた衝撃的な出来事だったのだ。


 乱暴された傷が元で死んでしまったその子は、下働きにしては目鼻立ちが整った、とても美しい少女だった。

 青鷺伯爵の私への振舞い方の違いから、私は美しさが男の暴力を呼ぶのだと脅え、自ら美を奪うことで身を守ろうとしたのである。


「あの糞侯爵様とは誓っても違います。」


「エーデン。解っているわよ。そんなこと。それに痣を付けているのは、かえってバルドゥク様の気を惹く行為になってしまうって事も。」


 ぷっと、私よりもバルドゥクを知っているエーデンは吹き出した。


 馬上でキリアムに聞いたのだが、キリアムには大きすぎる黒馬はバルドゥクの持ち物ではなく、昔からのキリアムの愛馬であり、バルドゥクの愛馬は黒いぶちのある駄馬なのだそうだ。

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