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五、荒野にて立ち往生 其の二

 バルドゥクをいれて九人の男達は、逃げるでもなく、戦う準備をするでもなく、壊れた馬車と死んだ馬を解体して、大きな焚き木と肉の丸焼きを作り出した。

 数にも入っていない私などは、馬車から外したシートに座らされてのお人形様状態だ。

 全員の様子が見え、焚き木の火が熱くない最上の場所、とも言えなくはないが、私は全体を見渡せるからこそ男達の緊張感のない姿に不安だけが募っていったといってもよい。


 剣の素振りをしている人が一人いるが、あとは寛いでいるとしか見えないのだ。

 馬車の残骸を椅子にして本に読みふけっている銀髪の男。

 馬車から救出した毛布にくるまって眠っている黒髪。

 一人甲斐甲斐しく焚き木の薪を足したり、肉の焼き具合を確かめている大男。

 そして、大男に手伝うでもなく、大きな肉の前にしゃがんで肉の焼ける様子を心待ちにしているだけらしき栗色の髪の男。


「え、敵は?え、迎え撃つ準備は?」


 子供のようにしゃがんでいた青年がひょいと私に顔を向け、終わったという意味の単語を私に返した気がした。


「え?」


 しゃがんだままの青年は、さらに嬉しそうな顔を作った。

 彼はキリアムよりは年上のようだが、バルドゥクのように大人の男性とは言い難い雰囲気の青年である。彼はとてものんびりとした口調で、自慢そうに言い放った。


「全部団長の想定内ですから。多勢は小隊に別れているうちに各個撃破が鉄則です。」

「え?」

「六人ほどの隊が三つ。ぜーんぶ潰してきましたよ。まぁ、俺っちには軽いもんです。」

「お前は苦労していたようだけどな、セシル。」


 肉の様子を確かめていたバルドゥクぐらいの背にバルドゥクよりも筋肉質の男が、しゃがんでいる男の栗色の頭をぽんと軽く叩いた。


「うるさいよ。ダン。お前はいまや、ただの力自慢でしょうが。」

 青年は再び頭を大男にパシリと叩かれた。


 栗色の髪に栗色の瞳を持つこのひょろっとした青年はセシルと言う名らしく、そのセシルの頭を叩いた大男はダンと言うらしい。

 大男だが威圧感を私に感じさせないのは、しっかりした顔つきの中で輝く緑色の瞳が優しそうな輝きをしているからだろう。

 彼らがバルドゥクのもとにはせ参じてから、そういえば私は彼らに頭を下げられても自己紹介を受けていなかったと思い出した。


 そして自分も彼らに紹介をされていなかったと。


 自分で自分の価値を下げて置きながら、実際に紹介する価値のない女だと突き付けられて落ち込むなど、私はなんとくだらない自尊心を持っているのだろう。

 だが、私は自分で動く事が出来る女の筈だ。


「あの、セシルさん、それからダンさん、でよろしいのかしら。ご挨拶が遅れましたが、私はセレニアと申します。あの、……。」

「駄目、その先は言っちゃだめ!」

「そうそう。俺達はここを動かないから!」


 二人はなぜか真っ赤になっただけでなくあたふたと目に見えて動揺しており、私こそたかが挨拶で一体何を引き起こしてしまったのか不安になってしまった。


「いえ、あの、あなた方がどこにも行かなくとも、あの、ええと。」


 当たり前だが寄る辺のない私は茶色の髪の副官と歓談している最中の夫ではなく、足をプラプラさせながら荷物袋の上に座っていたキリアムへと目線を移した。

 目が合った彼は如才のなさを発揮してニコッと私に笑い、猫のようにひょひょいと私の元へと駆けて来た。


「この無作法どもが姫様に何かしましたか?とりあえず罰として馬で引き摺ってしまいましょうか。」


 キリアムの顔はネコ科の獰猛な方の笑顔を作っていた。

 私はその顔に、よく知っている見境が無い人物のイメージが重なった。


「ええ!待って、違うの。あの、いえ、紹介をされていないのに、勝手に挨拶をしてしまってごめんなさい。紹介も無く女の方から挨拶だなんて、私が無作法でしたわね。」


 社交界では、知り合いから紹介されなければ、女性は異性に自己紹介など出来ないのだ。


「えぇ!ここから逃げたい、とかではないの?」

 セシルが大声を上げた。

「そうですよ。王宮に帰りたいから俺達に声をかけたのだとばかり。」

 大男のダンも私に窺うように言い募った。


「え?なぜですの?」


「だって怖い思いをされたでしょう。」

「そうですよ。これからもう一戦だってあるのだし。」

「そうそうそうそう。団長が本気にするとは思わなかったけれど。」

「でもねぇ、ちょっと違うよね。セシル、お前の説明が悪かったんじゃないのか。」

「俺のせいかよ。あの人はちょっと世間知らずなだけだよ。」


 私はもう一戦あるというのに、恐れを感じるどころか世間話に脱線している彼らの呑気さに驚きあきれていたが、常識派らしきキリアムは真っ赤になって彼らに大声を上げた。


「いいから黙って!ほら、あっち。僕が姫様の相手をするから!」


 一番の年下であるはずのキリアムに素直に追い払われている二人の男の後ろ姿を見送りながら、私は彼らが言っていたもう一戦について首を傾げていた。

 セシルは襲い来る予定の人達を、すべて撃破してきたと豪語していた。

 それでももう一戦あるという。


「あ、そうか。」

 私は副官と相談中らしき自分の夫を見返した。


「すごいわ。見越していたのね。間抜けが結果を見に来るからに違いないって。闇夜は身を隠す道具となり、焚き木は敵の目を引くための目くらましでもあるのね。素晴らしいわ。」


「え、姫様、何を?」


「あら、キリアム、そうでしょう。馬車を横転させた狙いがバルドゥクの暗殺だったというのならばね、殺しの結果を見に来るに違いないのよ。だって、怖いでしょう。失敗していたら。バルドゥクが報復しに来るのよ。」

「はい?」


「すごいわね。でも、迎え撃つ状況を作っているのでしょうけど、それでもやっぱり無防備すぎないかしら。隠し玉でもあるのかしら。」


 乾燥してヒビが入った堅い地面が続く荒野は、全く何もないというものではない。

 一応風化しておかしな形になった岩山が木々のように点在しており、しかし、岩と岩の間隔が広く、多勢の敵への障壁には成り得ない。

 ではそこに身を隠すと考えれば、木のような岩山という事は大人の体を隠すような幅が無いという事だ。

 逆に隠れていると見做されやすい目印となり、敵にすぐに囲まれてしまうだろう。

 私は夫へと再び目線を動かし、副官と相談ではなく談笑になっている模様の彼のあまりの豪胆さに腹の底が冷えていくほどである。


「あの、姫様?」

「なあに?キリアム。」


「失敗しても報告が上がってそれだけでしょう。わざわざ失敗を見に敵の前に出て来る馬鹿はいませんよ。表に出たくないから人を雇っての暗殺でしょう。」


「あら、報告が来なければ結果を知るために自分で動くか、信用のおける部下を向かわせるものでしょう。あなた方は嘘の報告をする間者でも使ったの?」


「あぁ、そうだった。あぁ、しまった。団長!団長!」

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