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三十三、さあ、はじめての触れ合いを

 一度私達の荷物を持っている団員の元へキリアムは戻っていたが、彼は一枚も私達の服は持ち帰って来なかった。

 それどころか、バルドゥクにはイーオスのものを、私には白鳩家の娘のものを使うようにと言い切ったのである。


「よっぽど思い入れのある服で無ければ、彼等は捨てるはずです。ドレスの襞の所のどれかどころか、虫の這いまわったドレスなど誰が着たいと思いますか?」


 私はそのとおりね、と、考えながらバスタブから出た。


 体が奇麗になると、今まで着ていた服は勿論、クローゼットにある誰の服も今は身に付けたくないと考えてしまっているのだ。

 とりあえずバスルームに置いておいた椅子に腰かけて、自分の体をふきながら自分の足元を見下ろした。

 足首から下が無い自分の足の状態は直視したいものでは無いが、ここに幾重にも布を巻いて再び義足を装着することを考えて、したくないと初めて思った。


 あの虫の感触を思い出すどころか、義足が汚れてしまって洗ったばかりという状態である事も理由の一つだが、私は義足を付ける事に疲れも持っていたと初めて気が付いたのだ。


 歩くことは、今の私には、頑張って、頑張って、ようやくのことなのだ。


――私があなたの面倒を見ます。


 私が歩けないと思い込んでいた彼は、常に私を抱きしめて、私の足になろうとしてくれていたのだ。

 なんてこと。

 私はたったあの日の一日で、彼に甘えることに慣れてしまっていたのか。

 彼は私を甘やかせたいとそればかりだった。


「うん。彼に全部見てもらおう。全部、知ってもらおう。」


 決まれば次はベッドへの移動だ。

 裸のままでは寒いから、ベッドの中で彼の到来を待つのだ。

 椅子から立ち上がるまでは上手く行ったが、義足を外しているので片足飛びの移動しかできない。

 けれど、重たい義足を外した足は解放感ばかりである。

 ぴょん、ぴょんと、バスルームを横切り、それからドアを、ドアを、ドアは既に開いていた。

 私は片足飛び姿の自分、それも布一つ身に着けていない自分をバルドゥクに見つめられていたことを知り、でも、恥ずかしくても隠す手もそんなことができる状態でもない。


 だが、案ずることは無い。


 彼は綺麗なタオルを手に持つと、たった二歩で私の前に立ち、私の身体をそのタオルで包んだ。

 彼の手はなんだか震えていて、私は彼の震えのお陰で自分の恥ずかしさが少し薄らいだのかもしれない。

 いや、気味の悪い足を段階を踏んでみてもらうはずが、完全に見られてしまったという落ち込みが今更湧いたからだ。


「思った以上に気味の悪い足でしょう。」


「あなたのどこも気味の悪いところなど無いですよ。」


 私はバルドゥクの静かな声の囁きを耳に受けて、ふわっと、心が浮き立った。


 心だけでなく、体も浮き上がった。


「きゃあ。」


 彼はタオルを体に巻いただけの私を抱き上げて、ああ、なんということ、私をベッドに運び始めたのである。

 義足も履いていないのに、ガッチュン、ガッチュン、ガッチュン、ガッチュンと擬音が付きそうなほどに、彼は人形のようなガクガクとした歩き方だ。

 まあ、彼は顔どころか首筋までも真っ赤だわ。

 ぎこちない歩き方をした男でありながら、私をベッドに降ろす動作は滑らかで、いや、滑らかどころか壊れやすいガラス細工のようにして私を優しく下ろしたのである。


 私は世界中で一番完全で、一番貴い存在なのだと錯覚してしまう程に彼の私を扱う手は優しく繊細で、そして、彼に触れられている事で、私は背中の腰の部分がざわざわと震え、そのざわざわを感じる度に、私は空気を求める様に彼を求めてしまっていた。


 ああ、もっと触れられていたい。


「あの、俺の首から手を離してください。」


「い、いやなのかしら。」


 私ははしたなさすぎたかしら。

 だから彼は私にキスもしてくれないのだろうか。


「全く嫌じゃありません。い、今すぐ俺も風呂に入ってきます。直ぐに戻って来ますから。」


 私は彼がなんて可愛いのだろうと、腕に力を込めて彼を抱き寄せた。


「あなたは全く臭くはなくてよ。」


 しかし彼は私の腕を優しく自分の首から外し、悲しそうな瞳で私を見下ろした。


「すいません。俺だってこのままあなたを抱きしめていたい。ですが、体のどこかに虫がついている気がして。すいません。急いで体を洗ってきますから。」


「ええ、行ってらして。ええ、ええ。待っているもの。あなたを待っているわ。」


 バルドゥクは子供のようなニカっとした笑顔になると、子供のようにバスルームへと駆け出して行った。


「はあ。」


 私はドキドキしている自分の胸を両手で押さえ、大きく空気を吸い込んだ。

 ああ、彼という男性に溺れて死んでしまいそうなのだ。


「ああ、あなた。早く戻って来て。」

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