二十七、呪われた旅路
俺は美しい妻を胸に掻き抱き、自分の野獣が暴れそうなぎりぎりで踏みとどまりながら、もう少しだと自分に言い聞かせながら宿への道を急いでいた。
実際に急いでいたのは俺の愛馬に他ならないが、彼女は確実に足が遅い。
牝馬とも思えない大きさと馬力でもあるのだが、彼女のおっとりとした性格によるものなのか、とてもとても足が遅いのである。
まぁ、仕方が無い。
彼女は軍馬として訓練された事など無い。
荷を引くだけの馬として市場でたたき売られていただけの馬であり、名も無き野良犬の俺に支給するには訓練された軍馬など勿体無いという理由で俺の元に来たという哀れな馬なのだ。
「ディモンに乗り換えますか?いいですよ。たまにはメリーアンでゆっくりも楽しそうですから。」
キリアムは俺とメリーアンの出会い云々を知るや、俺にメリーアンを与えて笑いものにした男の軍馬を奪い取り、そしてその馬を俺に差し出そうとするのだ。
俺はいつもその神々しいまでに美しい黒馬に乗りたいと思いながら、メリーアンの寂しそうな嘶きを想像してはキリアムに断っている。
だが、今日の俺は花嫁を抱いているではないか。
俺は俺の野獣を解き放ってはいけないと、美しい妻の唇に接吻する事を我慢し続けてもいるのだ。
あぁ、先程は妻の可愛らしさに飲まれてしまったが。
俺は妻を馬上で襲う事の無いように、今日はキリアムの甘言に乗ろうかと考えて「そうだな。」の「そ」を口元が形どったその時に、どうして俺は理性や優しさを大事にしすぎたのだろうかと後悔するべき事態が起きた。
昨夜のパーティで世話になった女性が物凄い勢いで馬を走らせて俺達の所に辿り着こうと近づいてきており、尚且つ、耳を塞ぎたくなる内容を大声で叫ぶという駄目押しもしてきたのである。
「まって!待ってください!姉さんと赤ちゃんが死んでしまう!」
俺の腕の中で半分溶けていた妻が硬化して俺の胸を突き飛ばし、俺の腕から身を乗り出してアリアへと叫び返した。
「どうしたの!何が起きたの!」
アリアの乗ってきた馬は俺達に追いつき、必死に馬を御していたアリアは大きく息を吐くと馬の背に崩れ落ちた様になり、そして、半分泣き出しながらも俺達の姉の様でもあるエーデンの危機を語り出した。
「ね、姉さんが、姉さんが、破水してしまったの!まだ一か月はあるのに。ひ、姫様はお産のスペシャリストなのでしょう!お願い!助けてください!」
俺は妻が何か言う前にメリーアンの向きを変えていた。
そして、そのまま王都に向けて馬を駆けだそうと。
「まって、待ってあなた。キリアム!あなたの馬に乗せて。私は先にエーデンの所に行っています。あなたには申し訳ないけれど、アレンを連れてきてちょうだい。彼こそお産のプロだもの。」
俺はわかったと言いながら妻をキリアムの鞍へと乗せ上げ、そして、彼女がお産に詳しいという事実に驚きながらも、いつもの癖で彼女に尋ねていた。
どんな戦場でも、正確な情報が勝敗を決するのである。
「君は何人今までに取り上げた?」
「子猫を六匹よ!あぁ、お願い。人間の子供なんて私には無理よ。準備だけは万端に整えておくから、お願い、アレンを連れてきて!」
キリアムはセレニアの言葉に顔を嫌そうにクシャっとさせたが、大きく馬を嘶かせると、弾丸のように俺の目の前から消え去った。
「あぁ、姫様!待って!私も!」
アリアも再び馬を駆けさせて俺の目の前から去り、一人残された俺は空を見上げて神様を罵ると、本当は二度と会いたくはない素っ頓狂な男のタウンハウスへと馬を向けた。




