蛇足 野苺子爵様の帰還 その2
「おかえりなさいませ!キリアム様!」
キリアムはうんざりしながら領地に馬を乗り入れた。
そこはまだ門も屋敷も無い領地の境界でしかなく、そんなところに兄の執事のジュードが真っ黒なお仕着せを着て立っているのである。
「屋敷で待ってなさいよ。」
「いえ。ここまで来られただけ、なんて悲しい事は我慢できませんから。」
キリアムは今すぐそれをやってやりたい気がしたが、目的は兄への嫌がらせでは無いからと領地内へと馬を進めた。
それもギャロップで。
ぐんと遠ざかるジュードにざまあ見ろと笑いながら、真後ろにジュードの馬がキリアムを煽るように迫ってくる所で、キリアムは大きく舌打ちをした。
あの兄の執事だったと。
「ようございました!これならばアフタヌーンティにも間に合います!」
「ここで飯を喰うくらいならば、僕は今すぐ帰ります!」
「ケーキはアレン様アレンジではございません!本日の夕べもキリアム様仕様にいたしますから、どうぞ、ご滞在を!」
一応は虫入りの食事は免れたとほっとしながら、自分はここに何日滞在させられるのだろうとキリアムはウンザリと考えた。
兄に問いただしてもどうなるのかと。
そして、倒れたバルドゥクを目にしただけで、どうして馬を走らせてしまったのだろうかと、衝動的な自分の行動にも答えが出なかった。
あの日、キリアムは牢の鍵を簡単に開けたが、領主一家が閉じ込められている筈の牢の中には誰もいなかった。
戻ってからバルドゥクを問いただせば、彼らは既に処刑されていたのだと彼は答えた。
「では、何のために。」
「魂の解放だよ。次は霊廟を頼めるかな。領主一家は先祖代々の霊廟に入れなかったんだ。遺体は門の前に捨てられていてね。可哀想でしょう。だから、ご先祖さまも怒っていると思うんだ。」
「あぁ、何がしたいのかわかりましたよ。」
次の日、今度は閉じられた治癒神ラグ―の守る霊廟の扉を開けさせられた。
勿論、内側から開けられたと見えるような小細工まで施した。
そして三日目はキリアムは何もする必要は無かった。
何匹もの毛皮を繋いで作った着ぐるみを着たバルドゥクが、獣の咆哮をあげながら真夜中の村の中を走り回ったのである。
彼は散々に村人達を恐怖に落とし込むと、本当の幽霊のように、誰にも見とがめられずに村の外へと姿を消した。
キリアムはキリアムがいなくともバルドゥクはキリアムの仕事は出来たなと思ったが、確かに誰かに見咎められたら、あるいは隊の人間の口からバルドゥクの行動が漏れたら台無しになる計画だと呆れかえっていた。
言葉通り村を奪還はする気は無いが、村人に村の放棄をさせるつもりだったのかと。
四日目の早朝に閉じられていた村の門が勝手に開き、恐怖に陥った村人達が村の外へと、一人、また一人と家財道具を持って逃げ出し始めた。
村民を捕虜にしていた敵兵が、それを黙って見送る筈は無い。
彼等は逃げ出そうとする村民を追いかけてきて剣を振るい、それを守る形でバルドゥクの隊が村の中へとなだれ込み、敵兵と交戦し始めたのである。
キリアムはその子供だましの戦術に、木の上から眺めて腹を抱えて笑っていた。
バルドゥクは村民が敵兵を受け入れる時に殺した領主一家への罪悪感を村民に植え付けて脅えさせ、もう一度の裏切り行為を彼らに行わせたのである。
「殺すには惜しいね。面白過ぎる。そうだよ。僕が彼を殺したくないと動く事は間違いではない。」
自分の行動に答えの出たキリアムは、面倒な領地滞在も仕方が無いと受け入れていた。




