二十、ミッドナイトブルーの玩具
「すごいわね。完全に別人よ。」
エーデンよりも明るい茶色の髪をした少女は、鼻先にそばかすが少々散ることが物語る通り、エーデン以上のお転婆で、新しい物好きある。
そして、駆け落ちなどした姉の汚名をものともせずにアリアを侍女として王宮に召し上げた私に対して、彼女はかなりの恩義を抱いているのか姉顔負けの義侠心持ちだ。
子女が下男と駆け落ちなどすれば、その家は貴族社会から弾かれるのが貴族社会の掟だ。
ただし、白鳩子爵家を私が守るからと、エーデンに駆け落ちを焚きつけたのはそもそもこの私だ。
アリアが恩義を感じる必要は無いのである。
そんな彼女を利用した自分が何を言っているのかと思うが。
「ふふん。私の手腕は姉譲りです。」
アリアが連れてきたのは、ダリウス・マクレーンと言う名のバルドゥクだった。
彼は茶色で長髪のカツラを付け、副官から名前と一緒に借りた眼鏡迄着用していた。
私は彼との再会に心が弾み、だが、エスコートしているアリアが彼の腕にぶら下っている情景には、芝居だからと思っても胸がチクリと痛んだ。
私もあの腕にぶら下りたい。
「虫歯でも痛みますか?」
「はい?」
「いえ、包帯を右頬を隠すように巻いているから。」
「人は私の顔に余計な気を回しますから。」
「あ、すいません。あの、表情が一瞬曇って、その。」
彼は私の表情を気にかけているのだと知って、私の胸の中でわさわさと羽がある者が飛び立ち始めた。
「あ、もしかして足が痛みますか?左腕が開いています。姫様は如何ですか。」
「喜んで!」
久しぶりの深く滑らかな声の素晴らしい提案に私は喜びに震え、そして、はしたなく甲高い声で答えてしまっていた。
周囲の注目を浴びる程に。
「あ、いえ、いいえ。あとの楽しみにしているわ。」
「いや、今。」
扮装している癖に目立つ事など気にしない男は強引に私を左腕にぶら下げ、私は豪快な夫を倣って来訪者への挨拶なんて放り投げた。
なんて素敵だ。
今や広間の隅だが、夫と友人という気の置けない人達と楽しく笑っていられる。
広間の隅なのは、気の利きすぎる椅子取り名人の夫が私の為に座り心地の良さそうな椅子を確保し、私をそこに座らせたからである。
一つだけ不満を言ってもいいのならば、私は彼の腕にもっとぶら下っていたかった。
つまり、彼にそばにずっといて欲しかったのである。
そんな私の気は知らない彼は、私を放って私の為にあちらこちらへと動き、着ているジャケットの裾を羽のようにひらひらと舞わせている。
彼がアリアに無理矢理に着せられたドレススーツは、最近の若い紳士が好む紺色だった。
だが、ジャケットの形は未婚男性が好む最新流行の腰の部分を細く仕立てたものでは無く、ガウンのようにストンとした形のものだった。
けれど、そこが彼らしく、いや、彼を彼せしめていた。
そんな彼は会場でも目を引くらしく、次々と若い淑女達の誘いもかけられてもいるのだ。
「あの紺色の蝶々はなんなの。」
「すいません。あの、姉は今風にしろと煩かったのですけどね、私はこっちの方がって。」
私は誤解させてしまったと、慌てて隣に立つアリアの手を握った。
「もちろんよ。私が頭に来たのは彼がふらふらしているからで、彼の格好にではないわ。だって素敵じゃない。あなたのセンスはエーデン以上だと思うわ。いえ、この国ではきっと一番に違いないわ。」
「まあ。それは褒めすぎですよ。」
何でもできて人気者のエーデンは、当り前だが王宮でのファッションリーダーだった。
アリアは誰よりも素敵なコーディネートを考えるのだが、やっかむ人間はいつもエーデンを持ち出して彼女を貶めていた、と思い出す。
「ごめんなさいね、急に暇を出す事になってしまって。」
私がアリアに頭を下げると、アリアはうははと淑女らしくない笑い声をあげた。
「ありあ?」
「あはは。気になさらないでください。私はセレニア様以外の姫様に仕える気はないですし、それに、うちは出産を控えた姉が突然戻って来て大混乱中ですからね。私が家にいて良かったと大喜びですよ。」
「そう、それなら良かったわ。」
「お義兄様、という、おもちゃで遊べる良い機会ですし。」
白鳩子爵家の領地にイーオスの実家があるのだ。
彼が白鳩家の幼い長男に家庭教師をしていたことが、エーデンとのなれそめとなる。
まぁ、エーデンがその時にイーオスに照準を定めてしまった。が、正しいだろうが。
再会したエーデンは恋愛は駆け引きなどではなく、狩りそのものだったと豪語していた。
私もバルドゥクを狩る時が来るのだろうか。
「本当にうれしいわ。イーオスが本当のお兄さんになってくれたのだもの。」
「――でも、あなたには玩具なのね。」
「お兄様は妹の言うことは何でも聞いてくれるのよ。」
白鳩家において針のムシロではないようだが、快活なエーデン五姉妹には格好の獲物状態のイーオスの姿を知って、わたしは彼に同情を寄せた。
「ほどほどにしてあげてね。」
「あら、姫様もバルドゥク様を玩具にしているでは無いですか。ほら、犬のように姫様の命令を待っていますよ。ボールでも投げてあげます?」
アリアの言葉に我が夫を見返せば、発泡酒のグラスを両手に持った姿で彼は所在無げに私達をじっと見つめていた。
アリアの好ましい笑い声が弾けたのは言うまでも無い。
「あなた、ええと、ダリウス。こちらにいらして、一緒にお話をして下さらないかしら。」
バルドゥクはなぜか少々むっとした顔を見せ、しかし、子犬のように素直に私の隣にやって来た。
「どうかされまして、ダリウス様。」
「何がです。」
「なんだかむっとされた顔をしていましたよ。ほら、今だって。目元がぴくっとしました。」
彼は口元を抑えるや、私から顔を背けた。
真っ赤になって恥ずかしそうで、その表情が可愛いと思ってしまった。
一瞬だけ。
なぜならば、彼の表情が一瞬で恐ろしい無表情に変わったからだ。
「なにか?」
「何でも無いです、いえ、あぁ、本当に何でもないです。私は下がった方が良いですね。」
「何をおっしゃるの。」
「緑ケ原伯爵がこちらにいらっしゃいますよ。」
「それなら尚の事ここにいらして下さい。紹介したいもの、あなたを。」
そう言って彼が見ている方向を見たのだが、緑ケ原伯爵などどこにもいない。
「どこにいらっしゃるというのです。大体あなた、いつ緑ケ原伯爵にお会いになったの?」
私がバルドゥクを見返すと、彼はバツの悪そうな顔で私を見返してきていた。
「それは良いじゃないですか。それよりも人込みでわかりませんか、ほら、そこにいらっしゃるじゃないですか。」
バルドゥクは見目麗しい男性をそっと指さした。
「あら。」




