二、私の結婚までのながれとはこんな感じ
私の結婚が急に決まった。
七歳の馬車の事故によって美貌の姫から醜女に転落したと評判の私には、男性からの求婚など一生無いだろうと考えていたから驚きだ。
しかし、父が結婚相手の名前まで言ったのだから、これは間違いはないだろう。
結婚相手は、陸兵団長のバルドゥク・ローウェンという男だった。
我が国が信奉する治癒神の御使いと同じ名の有名人だと知ってはいるが、彼とは私は一切面識が無い。
が、彼の概要について、実は父よりも知っている。
軍人の夫を持つ親友の手紙の中に、彼の名前と軍功が頻繁に現れるのである。
彼女は男の価値に出自など関係無いとまで主張しており、彼女の最たる例えがバルドゥクという男だ。
彼女がここまでバルドゥクという男を称賛するのはどういうことかと言うと、紳士階級以上の領地を持たない次男以下が階級を金品で売り買いして上官に納まっているのが軍隊の実際だと知れば、軍隊に入った平民下民が用兵を知らない上官の下で戦死しないでいること自体が奇跡だからであり、そこを考えれば、バルドゥクが戦果迄あげて出世している事実など神か悪魔の仕業かぐらいの驚きの出来事となるのである。
これを英雄としないでなんとするのか。
しかし、前述の通りの軍部の仕組みであれば、そんな勇猛果敢な男が陸兵団長となったとしても、彼の階級は大尉どまりであり、まぁ、大尉になれたことこそ驚きだが、彼はそれ以上には成り上がる事など出来はしない。
佐官以上の階級は値段も高いが、爵位のある貴族階級の持ち物となるからだ。
王族や貴族達が、同じ人間と見做してもいない下民と肩を並べたいと思うわけが無い。
たとえ官位を買える金があっても、買いたくとも、下民に官位を売る貴族などいないのである。
褒美によって財を得ても、貴族の血が一滴も入っていない彼は、絶対に貴族社会に入り込むことは許されず、彼らからそれ以上の位も買い取る事も出来ないのだ。
そこで彼は私との婚姻を了承したのだろうか。
私とバルドゥクの婚姻は、我が父上の戯言に発する。
難攻不落の砦を取り返した将官には娘を与える。
父は突然そんな戯言のお触れを出したのである。
お触れを知った者は、全員が全員、私の一つ下の妹である美しきセシリアだと考えた。
私の上には四人の美しき姫達がいるが、美しい彼女達は既に全員既婚者であり、独身の姫は私以下の三人しかいない。
一番下の姫はまだ十歳の子供なのだから、結婚に適した年齢の姫は十八歳のセシリアしかいないのだ。
その上彼女は蜂蜜色に輝く金色の髪と空を映したような水色の瞳を持つという、誰もが欲しがるだろう絶世の美女でもある。
褒美というものは最上のものでなければならないとすれば、美しき彼女こそ最適であろう。
さて、父がそんなことをしたのは、王座に就いてから次々と領土を隣国のロンディス共和国に奪われており、巷で彼が失地王と呼ばれていると知ったからだ。
誰が教えたかは、ここでは良いだろう。
それよりも、次の言葉を父に夢見がちに語るという、体中が痒くなりそうな難行を私が成し遂げた事こそ称賛して欲しい。
「先々代の時代にカルヴァーン砦を攻略したリカルト将軍は、美しきシエラ姫との結婚を王に許して貰うためだけに死地に向かわれたのよね。あぁ、私が美しいままであれば、私はシエラのように将軍達を砦攻略へ駆り立てられたものを。あぁ、ごめんなさい。お父様。」
なぜ私がここまでして父親にくだらないお触れを出させたのかというと、奪われたカルヴァーン砦において、日々、若き青年達が無駄な死を強要されていると聞いたからだ。
素晴らしき無能の将官達は、カルヴァーン砦を奪取された事に対して対面を保たねばという知恵は回ったらしいが、彼らがする事と言えば、自分が前線に立つどころか時々一個小隊を無策に砦に向かわせて、カルヴァーン砦の砲台の的にしているだけだ。
そこで私は思ったのだ。
ここは、自ら戦地に赴いて、己が砲弾の的になって貰ってはどうだろうか、と。
唆した時点で確信はしていたが、結果は誰一人として名乗りを上げなかった。
当たり前だろう。
父のお触れで姫の婿になると名乗りを上げれば、リカルトのように自らが砦に向かわねばならず、また、そのようなお触れがあった以上、小隊を砦の攻略への向かわせた時点でその者が名乗りを上げた事になり、その者が失敗の責任も負わねばならないのだ。
私の目論見通り、死体の山を築く行為はピタッと納まり、私も親友も親友の夫も心の平安が訪れた。
失地王以外。
納まらない彼は、弱虫はいらないと無能な将官達を辞職させたのである。
まぁ、これに関しては結果オーライだ。
上が空けば下が昇れる。
特別特進だってありえるのだ。
私は親友から、お陰様で夫が少佐になりましたと、お礼の手紙を受け取っている。
そこで終わってくれれば無駄な戦死の停止と軍部の膿出し成功で終わったものを、失地王は意固地になったのか、新たなお触れを出してしまった。
「砦を攻略する者には姫を与えるが、一人も名乗りがいなければ、朕が全軍を指揮してカルヴァーン砦を攻める。」
バルドゥクはそのお触れによって動いたのだと聞く。
そして私は自分が引き起こしてしまったバルドゥク以下大勢の死に対して王宮で慄いている中、なんと、彼が兵を一人も失わずにあっさりと砦を落としたという情報が流れた。
私は結果に驚き喜び、民衆も彼を讃えて歓喜した。
このような素晴らしき男、あとは美しき姫を手に入れて幸せになればよい。
ところが、自分の戯言を執行しなければならなくなった王が、最後のあがきを試みた。
つまり父王は、誰も欲しがらない姫を彼という英雄に押し付けたのだ。
あぁ、どうしよう。
私は期せずして一人の男を不幸にしてしまったかもしれない。




